第12話:水底のバグ・フィックス
浅草寺の本堂地下。そこは隅田川から引き込まれた濁流が唸りを上げる、巨大な水力機関室だった。 「いいかい、ジャンク屋。この『雷神』が止まれば、要塞中の熱気が抜けず、植物どもを呼び寄せるフェロモンを撒き散らすことになる。制限時間は三十分だ」 お登勢の言葉を背に、理久は命綱一本で激流のピットへと降りた。
ピットの最深部には、巨大な真鍮製のインペラ(羽根車)が鎮座している。だが、その軸受けには、地上では見られない**「半透明の青い藻」**がびっしりと絡みついていた。
「……水中型変異体。光ファイバーを鱗代わりにしやがったか」 理久はバールを構えた。この藻は、水の流れから運動エネルギーを直接「電気」として吸い上げている。まさに生きた発電機だ。
理久が藻を剥がそうとした瞬間、水面が爆発した。 藻の塊の中から、人間の背骨を模したような節を持つ、蛇状の植物が飛び出す。その先端には、かつての水中カメラがレンズを血走らせた「眼」として埋め込まれていた。
「リリカ! 上のバルブを締めろ! 水位を下げないとこいつに食われる!」
「む、無理だよ! これ、めちゃくちゃ重いもん! ……あ、でも、これって回せばいいだけだよね?」 リリカがハンドルに手をかける。本来、大人三人でも動かない錆びついたバルブが、なぜか彼女が触れた瞬間、抵抗を失ったかのように滑らかに回転し始めた。
「……リリカ?」 理久が驚愕する間もなく、水位が下がり、水中型変異体がコンクリートの底に叩きつけられる。 「シャアアア!」と電子ノイズの悲鳴を上げる怪物に対し、理久は迷わず予備工具の「高圧グリスガン」を向けた。
「デジタルに強いなら、物理的な『粘度』はどうだ!」 超高粘度の工業用グリスが、怪物のレンズと節々に叩き込まれる。微細な隙間を埋められた変異体は、放熱ができずに内部回路がショート。青い火花を散らして沈黙した。
「ふぅ……。お登勢さん、軸受けの清掃完了だ。これでもう一度回るぜ」
理久が地上へ戻ると、お登勢はインペラではなく、リリカの手を凝視していた。 「……あんた。今、バルブの『固着データ』を無効化したね?」
「え? 私はただ、回しただけだけど……」 リリカは不思議そうに首を傾げる。だが理久には分かった。 デジタルを拒絶するリリカの体質は、逆説的に「物体に付着したデジタルの呪縛」をリセットしているのではないか。
「……九条理久。この娘はあんたが思っている以上に、スカイツリーを落とすための『特効薬』になるかもしれないよ」 お登勢の目が、初めて理久を「取引相手」として認めた。
「合格だ。約束通り、スカイツリーへの最短ルートを教えよう。だが、そこを通るには、うちの『馬』以上の脚――**蒸気駆動の鉄馬**が必要になる」
お登勢が指差した先。そこには、ガソリンを一切使わず、石炭と水で走るよう改造された、無骨なスチームパンク・バイクが置かれていた。
(第12話 完)




