第11話:雷門の鉄馬兵団
秋葉原から浅草へ続く江戸通り。そこはもはやアスファルトの道ではなく、巨大な蓮の葉のような植物が幾重にも重なる「緑の鱗道」と化していた。
「ねえ、りくさん。さっきから視線を感じるんだけど……気のせい?」 リリカが身を縮め、理久の背中に隠れる。理久も無言で頷き、腰の工具カバンからバールを引き抜いた。
その瞬間、周囲のビル影から「ヒヒィーン!」という高い嘶きが響き渡る。 現れたのは、植物ではない。本物の**『馬』**だ。 だが、その馬に跨る男たちは、中世の騎士とも現代の兵士とも違う異様な格好をしていた。野球のプロテクターを鎧にし、手にはデジタル制御を一切排した「和弓」と、鋭く研ぎ澄まされた「日本刀」を携えている。
「止まれ、余所者。ここは雷門自警団の管轄だ。体にチップや端末を埋め込んでいないか、検品させてもらう」
先頭の男が、馬を巧みに操りながら理久の鼻先に弓を突きつけた。 「……検品だと? 俺たちはただ、スカイツリーへ行きたいだけだ」 「スカイツリーだと? あの呪われた大樹に近寄る奴は、例外なく『あちら側』の回し者だ。大人しく縛り上げろ!」
男たちが馬を加速させ、二人の周囲を円陣で囲む。 「ちょっと待って! 私はインフルエンサーのリリカだよ!? 敵じゃないし、てか馬とかマジ怖すぎなんだけど!」 リリカが必死に手を振るが、男たちの目は冷徹だ。彼らにとって、デジタル社会の象徴だった「インフルエンサー」という言葉は、今や忌むべき「汚染」の同義語でしかない。
「リリカ、黙ってろ……。おい、あんたらのリーダーに合わせろ。俺は九条理久。デジタル植物を黙らせる『パッチ(修正プログラム)』を持ってる」
「パッチだと? そんな呪文、信じられるか。……だが、面白い。浅草の『棟梁』が、お前のような不届き者をどう裁くか見ものだ」
理久とリリカは、目隠しをされ、馬の背に荷物のように積まれた。揺られること数分。 目隠しを外されたそこは、かつての浅草寺・本堂だった。
本堂の周囲には、巨大な**「水車」**がいくつも設置され、ゴトゴトと音を立てて回っている。その水車から伸びる長い「革ベルト」が、堂内の何かを駆動させているようだった。
「……水力発電、いや、水力による直接駆動か。徹底してんな」 理久は感心した。ここは電磁波を嫌い、運動エネルギーをそのまま機械に伝える「超アナログ工業地帯」だったのだ。
「歓迎するよ、ジャンク屋の九条理久。……そして、デジタルを受け付けない『空白の少女』さん」
本堂の奥から現れたのは、着物を改造した作業服を着た、大柄な女性だった。彼女の手は機械油で汚れ、腰には巨大なモンキーレンチをぶら下げている。
「私はお登勢。この浅草アナログ要塞の棟梁だ。……あんたが持ってるその軍用チップ、うちの『からくり』を動かす予備パーツに丁度良さそうだねえ」
お登勢の鋭い視線が、理久のポケットにあるチップを射抜く。 スカイツリーを目指す理久にとって、ここは最後の補給路か、あるいはチップを奪い合う戦場か。
「……悪いが、これはパーツじゃない。世界を書き換えるためのメインキーだ。……協力してくれるか、それとも奪い合うか。選んでくれ」
理久の不敵な笑みに、お登勢は豪快に笑い飛ばした。
「気に入った! だがね、タダじゃあ助けないよ。あんたの腕で、うちの『雷神』――巨大水力冷却ポンプを直してみな。それができなきゃ、お前らをスカイツリーの餌に放り込んでやる!」
(第11話 完)




