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第六局 クレイジーティーチャー

 時は30時間前に遡る・・・・・・


 柊生学園の昼休み、藤野(うらら)は、同じチェス部員の塚原健、川西凪とともに階段の踊り場にいた。


 「翼っち目当てが多すぎるよーでも人数合わせでいいから入部してくれないかなー」


 「あの一年生たちを逃すわけにはいかないな」


 「でも、あの人の本性がバレたらどうする?」


 「いずれはばれるだろうが、なんとか入部には漕ぎ着けたいな」


 「やるしかないね」


 KKK作戦を!!!


 三人の意見が合致した瞬間だった。


 「つか、KKK作戦ってなんの略なんだよ」

 凪が聞く。名前のせいで女子に間違われやすい凪だが、口調と態度はかなり悪い。


 「もう、凪まーた忘れたのー?言ったじゃん。教師の、狂気を、隠す作戦だよー」


 麗は何度も念を押したはずだ。全く、この学年順位の底辺を彷徨っているガサツな凪が、チェスを嗜んでいるなど誰も信じないだろう。


 「どうでもいい。とにかく早鳥がやらかしそうになったら俺らで止めようって話だろ?」


 「だいせーかーい!凪はすごいなあ」


 健が凪の頭を撫でるのを麗は珍獣を見るような目で見る。高校生の男同士が戯れているのを見るのは毎度毎度複雑な気持ちだ。


 「頭撫でんな」

 と言いつつ凪が満更でもなさそうな顔をしているのは微笑ましい。


 「さて、じゃあかいさーん!それぞれの教室に戻ってよし!」


 「ったく、なんだったんだよ」

 「まあまあ」


 「そもそも前の高一が一斉にやめたのが悪いんだろ。なんで俺たちがやんなきゃなんねえんだ」


 そう、麗たちが新入生を引き入れる役割をするのは本来なら来年のはずだった。


 しかし、去年の冬に高一の先輩の一人がサッカー部に引き抜かれ、そこから一人ずつサッカー部に引き抜かれ、そして、誰もいなくなった。


 一番驚いたのは、ザ・オタクと言った感じの先輩がボール蹴って駆け回っているのを見た時だ。人は見た目じゃわからんもんだね。


 本来なら同好会に格下げされるはずのチェス部を部に留めているのは翼の校長への懇願と言う名のハニートラップのおかげだ。


 とはいえ翼のハニートラップもいつまで持つかわからない。しかし翼は気づいていないようだ。部員が来ない原因が自分にあることを!


 「厄介な顧問だなあー」

 麗がため息混じりに、少し楽しそうに言う。人気のない校舎の廊下には、麗のひとりごとが響き渡った。



 「なんとかなってよかったねー、健、凪」

 麗は伸びをする。今さっきチェス部の体験が終わったところだ。一度翼が危うかった時があったが、麗が全力で止めたので事なきを得た。


 「そうだな。早鳥、今日は落ち着いてたな」

 「意外にあの人も緊張してたりして」


 「そうかもねー」


 たわいもない会話が繰り広げられ、時間は過ぎていく。麗は、二人と話しながらチェスをする時間が一番好きだ。幸せだと感じている。



 翌日。

 「ふんふんふふーん」


 一人の美青年が放課後の廊下をへたくそなスキップをしながら歩いている。ほくほくした表情の彼の顔はとても幸せそうだ。彼の手には彼の肩幅くらいの大きさの薄い箱のようなものがあった。



 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン


 二人の少年が、終礼終了の合図とともに教室から飛び出していく。


 「丈ちゃん丈ちゃん!早く早く!」

 「おうよ!」


 ああ、早くチェスがしたい!昨日に続いて悠と丈はチェス部を体験することになっているが、本当なら今すぐにでも入部したい。とはいえ、翼が「最低でも三回は体験してから入部すること」と言っていたのでできない。


 やった!一番乗りだ!と思ったら、パーテーションの向こうのチェス部の縄張りから「ぐふっ、ぐふっ」といういう変な声が聞こえてくる。


 なんだ変質者か?と思ったら机の上に置かれた何かを抱き抱えている翼だった。美青年で天才チェスプレイヤーの翼の異常な姿に、悠も丈も呆然とする。そういえば今日、翼は用事があるとかで終礼に出ていなかった。こんなところで何をやってるんだ。


 悠と丈に続いて他の体験者、主に女子もゾロゾロと集まっては翼を奇異の目で見ているが、当の本人は全く気づいていないようだ。


 そこに藤野先輩たちが駆けてきた。先輩ならこの状況をなんとかしてくれるだろうか。悠は目を輝かせる。



 「終わった・・・・・・」

 麗は膝から崩れ落ちる。なんだが嫌な予感がして、終礼中に眠っている健と凪を叩き起こして活動場所の多目的室に急いだが、時すでに遅し。体験に来た女子たちも、翼を幻滅したような目で見ている。


 「せ、せんせー・・・・・・」


 普段は翼のことは「翼っち」と舐め腐った名前で呼んでいる麗だが、流石にこの異常な生き物に対して発するのは憚られる。しかし翼は全く気づかず、「ぐふっ、でゅふ」といういやーな声を発している。こうなったら強硬手段だ。


 「は・や・と・り・つばさああああーーーー!!!!!!」

 麗は翼の背中を思いっきり引っ叩く。翼の背中がピクッと動く。やっと気付いたみたいだ。


 「あっ!藤野さん!さっきエジプト旅行の時に買ったチェス盤が届いて・・・・・・あれ、みんなもう来たんですか?」

 「このバッカもーーーーん!!!!!!」


 麗がもう一度翼の背中を引っ叩く。

 「あ、痛!」


 「藤野さんにはこのチェス盤の素晴らしさがわからないんですか!?せっかくチェス部の皆さんに見せようと職場にわざわざ持ってきたのに・・・・・・」


 翼は口を尖らせるが、そんなの知ったことではない。そう、「盤上の魔術師」こと早鳥翼の裏の顔は、狂気的なチェス盤オタクだ。


 去年も、自分の気に入ったチェス盤を教員の安月給で買ってきては度々興奮していた。チェスプレイヤーに対して狂気的な愛を持つ人や、チェスそのものに異常な執着のある人間は何人も見たことがあるが、チェス盤に関してこれほどまでに執着する人間を、麗は翼以外見たことがない。


 「見てください!この駒の造形を!」

 確かに彼が持ってきた盤と駒は美しかった。エジプト旅行の土産というだけあって、キングがエジプトのファラオ、ビショップは神官など、駒がエジプト風で、盤も螺鈿細工で丁寧に作られた逸品だ。


 麗や悠、丈の関心とは裏腹に、体験に来た女子たちは、翼をさめた目で見ている。そうだった・・・・・・。彼の本性がバレてしまったからには入部は期待できないだろう。麗は肩を落とす。


 「せんせー、自覚持ちましょうね」

 麗の意図は全く伝わっておらず、翼は整った顔で怪訝な表情をするだけだった。


 



 


 



 




 




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