第四局 再会と出会い
柊生学園の昼休み、階段の踊り場に、三人の高校生が立っていた。
「翼っち目当てが多すぎるよーでも人数合わせでいいから入部してくれないかなー」
「あの一年生たちを逃すわけにはいかないな」
「でも、あの人の素性がバレたらどうする?」
「いずれはばれるだろうが、なんとか入部には漕ぎ着けたいな」
「やるしかないね」
KKK作戦を!!!
三人の意見が合致した瞬間だった。
「な、なんで」
悠は口をパクパクと動かした。待ちに待ったチェス部の体験入部。期待していた悠は、今目の前の光景が信じられなかった。
悠は慌てて藤野先輩に聞く。
「なんで将棋部と相部屋なんですか!?」
「もう、相部屋だなんてそんなそんな。一応パーテーションはあるでしょー」
チェス部の活動場所だという多目的室Aは想像より大きな部屋だったが、その4分の3は将棋部の縄張りになっていた。チェス部と将棋部の境目には申し訳程度に、運動部が使うようなパーテーションが数枚並んでいるだけだった。
「うちは新しい部活だから活動できる場所が見つから無かったの。そんな時に、翼っちが校長にハニートラップ•••じゃなかった。たくさんお願いして、『将棋とチェスは似てるから、お互い高めあうように』っていうお言葉をいただけたから、もともと将棋部の活動場所だったところを少しお借りしてるの」
チェス部というのは、想像よりも小さな部活のようだった。先輩は藤野先輩と二人の男子の先輩しかいない部活だ。本来ならこの人数では部活どころか同好会の条件も満たしていのだが、そこも早鳥先生がなんとかしてくれたらしい。
悠はパーテーションの向こうの将棋部に目をやる。強豪ということもあってか、体験人数も多く、そのうちの何人かは大会で見たことがある者だった。
その時、悠はある人物に気づいた。入部希望者の群れから少し離れたところに一人で立っている少年だった。雨宮秀悟。小学校最後の大会で悠を圧倒した天才がいた。
「おい、悠、あれ、」
「うん。秀悟くんがいること自体は何も不思議じゃないよ」
悠は黒目がちの目を少し伏せる。そうだ。雨宮秀悟が入学していること自体は何も不思議ではないのだ。でも、彼とパーテーション越しに同じ空間にいなければいけないのはあまりにも辛い。将棋をやっている彼を見たら、自分は彼に負けて将棋を辞めたのだと、突きつけられるだろう。
幸い、彼は悠に気づいていないようだった。当然だろう。天才の彼からしたら、悠など負かした相手の一人にすぎないのだから。
その時、幾つもの黄色い悲鳴が聞こえた。
「きゃー!!!翼先生ー!!!」
藤野先輩の言う通り、早鳥先生目当てで体験にくる生徒が後を立たないのだろう。しかし、その中で一人、奇声を上げず、ずっと俯いていた少女がいた。
彼女は儚げな雰囲気を持った少女で、けばけばしい雰囲気の女子たちとは一線を画していたが、同時に地味という言葉で処理されてしまう人なのだともわかった。彼女は引き攣った作り物の笑顔で、周りに合わせていたのがみてとれた。
当の本人、早鳥先生は苦笑いして、「みんなありがとう」と言った。
「皆さん今日は来てくれてありがとう。チェスとは、」
「翼っち、ストーーーップ!!!」
藤野先輩が早鳥先生の口を塞ぎかけると、先生の口の動きは静止した。
「なんですか、藤野さん、今いいところだったのに」
先生は年甲斐もなく頬をぷくっと膨らませる。こんな表情でも様になってしまうのだから怖い。
「いえ、なんでもないですよー。続きは私と部長から言いますね」
なんだろう、藤野先輩と他の先輩の様子がおかしい。
そんなこんなで軽いルールの説明は終わり、先輩たちのアシスト付きで二人一組でチェスの試合をやってみる、と言うのがあった。
悠自身、まだそこまでチェスが強いわけではない。ルールと、基本的な戦術を知っているくらいだ。悠はあの大人しい少女と試合をすることになった。
「悠くーん。チェスは先攻が有利だから、君は黒で戦いましょうねー。レディーファースト、レディーファースト!」
「あ、わかりました」
悠は彼女と「お願いします」と挨拶をする。試合が始まった。
彼女はチェスが初めてらしく、どうにも動きがぎこちない。h4、と打ってきた。その手は知っている。丈が、初心者がやりがちなミスだと教えてくれた。強い駒のルークを前面に出そうとして、駒の展開という目的とずれてしまっている。
チェスを始めたばかりの素人が言うのもなんだが、センスを感じる子だった。たまに、十手に一つくらい、ハッとするような手がある。
試合はあっけなく終わった。悠の勝利だ。彼女は序盤に、ピンされたクイーンを取られてしまい、なすすべなく投了した。
悠のところが一番早く試合が終わったので、なんとなく周りの試合を眺めていると、丈と女子が試合しているのが見えた。
丈がニヤニヤしながら女子の顔を見ているが、相手は対局に夢中で気づいていないらしい。気持ち悪り。
藤野先輩が駒を動かす。e4、と指してきた。序盤によくあるイタリアンゲームだろうか。悠もe5とポーンを動かす。もしイタリアンなら次はナイトが動くはずだけど・・・・・・。
藤野先輩はビショップを動かした。丈からは教わっていない形だ。悠もビショップを動かして応じる。
次に、クイーンが動いた。まずい!このままQf7と指されれば、ビショップがクイーンを守っているからチェックメイトになる。じゃあポーンを動かして道を塞ぐか?悠はポーンを動かす。
「もう、つまんないなあ。まあ、メイトにならなくても、フォークが完成しちゃうんですけどねー」
藤野先輩はクイーンを動かし、悠のキングをチェックする。悠の心臓が一拍早く打たれた。そういうことか。ポーンを動かしてしまうとクイーンからルークへの斜めの道を自ら開いたも同然だ。悠のルークは一度も動くことなく、敵に取られてしまった。
その後も不利な状態で試合は進行し、逆転することも叶わず終了した。
「悠君すごいねえ。私スカラーズメイト狙ってたんだけど、気付かれちゃったのには驚いたよお」
「スカラーズメイトってなんですか?」
「チェスで最も早く、四手でチェックメイトすることができる定石だよ。まあ、ある程度チェスを知っている人ならまず引っかからないし、超初心者にしか使えないんだけどね」
藤野先輩がイタズラっぽい笑みを浮かべる。




