第十二局 大会参加
「よく頑張ったね、永澤くん」
問題集七冊とノート二冊を提出すると、翼が微笑む。
「さて、君のレーティングはいくつになったかな?」
翼が組んだ両手に顎を乗せる。悠の顔にも緊張が走る。
レーティングとは、チェスプレイヤーの強さを表す数字のことだ。数字が大きければ大きいほど強い証になる。正式なレーティングは公式戦に参加しないと得られないので、多くのチェス初心者はインターネットなどを利用して自分のおおまかなレーティングを測っている。レーティング1800以上が上級者と呼ばれ、世界最強クラスのレーティングは2800をこえる。
「1865です」
凛とした表情だった翼は目を見開く。
「・・・・・・それは、本当なのか?」
信じられない、とでも言いたげな表情だ。
「はい」
「君はチェスを初めて一ヶ月くらいだろう。なぜ・・・・・・」
「将棋を・・・・・・やってましたから」
悠は黒目がちの目を伏せる。あまり言いたくない記憶であることに違いはない。それでも、必死に取り組んできた将棋が、今の悠のチェスの実力の土台になっているのは確かだ。
「そうか、そういうことだったのか。なら君は、これから私が勧める大会に参加してみてほしい」
「なんですか?」
「ゴールデンウィークオープンだよ。場所は品川区で近いし、何より初対面の人間と対面で試合をするのはいい経験になると思う。ただ、この大会、申し込み締め切りが明日なんだ。参加するなら、申し込みは急いだほうがいい」
「わかりました」
悠はうなづく。
「この大会は、かなりレベルの高い大会だ。だが、君はそこで戦うにふさわしい実力があると、私は信じている」
そして、翼の眼光がきっ、と鋭くなる。
「そして私も、この大会に出場予定だ」
悠の背筋に、ゾクッとした感覚があった。早鳥翼と、公式戦で対戦する・・・・・・!すごく怖い、でも!恐怖の感情よりも、ワクワクした感情が込み上げてくる!
「頑張ります!だから、だから、もっと強くなる方法を教えてください!」
「いや、大会が近い今、私は君に何かを新しく教えるつもりはない。自分で考えて、練習しなさい。今、私と君はライバルなのだから」
自分は、早鳥翼とライバルなんだ!その事実が、悠を奮い立たせた。憧れてきた舞台に、今自分は経とうとしている!
下校後、とにかく試合をした。母に頼み、申し込みも済ませてもらえた。翼の指示通り、ノートは続けている。少しずつ、少しずつ、相手の傾向を分析しながら、何手も先を読めるようになってきた。悠のレーティングは1900に到達した。
ひたすら、ひたすら練習し、チェスに大半の時間を費やす日々が、一週間ほど続いた。
そして今日、ゴールデンウィークの初日、悠は大会の会場に向かっていた。駅から少し歩いたところで、大きな建物が見えてくる。興奮した悠は、小走りしながら建物の入り口に入った。
会場の人々の視線が、一人の少女に集中しているのがわかった。悠は彼女の顔を見ると、驚きで目を見開く。
彼女の歳は悠と同じ十二、三歳くらいだった。何よりも目を引いたのは、彼女の独特な色彩だった。彼女の髪は絹布のように艶やかで、白い髪を腰まで伸ばしていた。彼女の双眸はわずかに赤味がかり、人々の視線を釘付けにした。
悠は数秒彼女を見つめた後、理解した。彼女はアルビノだ。しかし、彼女は独特の色彩がなくても、ものすごく美しいことを、通った鼻筋と凛とした眉が物語っていた。
彼女が悠の視界から通り過ぎていったあと、翼や、同じく大会に参加予定の丈、藤野先輩を探したが、見当たらなかった。仕方ないので、会場のある階までエレベーターで上がる。エレベーターの中でも、先ほどの少女の話題ばかりが聞こえてきた。
「みたか?あの子」
「ああ」
「あの姿、まるで小さい頃のあの人そのものじゃないか」
「あの人の目はどちらかというと青色だけどな」
あの人って誰だろう。アルビノの大人がチェス界にはいるのか。目的の階にエレベーターが止まると、そこには多くの人がいた。その時、見知った顔が近づいてくる。
「おーい、悠!」
「丈ちゃん!」
「迷わなかったか?」
「もう中学生だよ、迷わないよ」
丈に一緒に会場まで行こうと誘ったら、「大会前に近くの流行のクレープ屋に行きたいから」と断られた。クレープは満喫しただろうか。
「ねえ、丈ちゃん、緊張・・・・・・してない?」
「ん?何回かここで大会に出たことあるからそこまで緊張とかはしてないけど」
この程度で何を言っているんだ、という顔をしている。確かに丈は本番には強いやつだ。
練習では散々ビリだったくせに、小学校の運動会では本番にやっと本領を発揮してアンカーとして前の三人を追い抜き、見事クラスを優勝に導いた男だ。
「僕、お腹痛い・・・・・・」
「おいおい、大丈夫かよ!とりあえずお手洗い行こうぜ」
「うん・・・・・・」
ああ、緊張する。先行きが不安だーーーー。




