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定説  作者: ハクノチチ
2/2

叔母のお年玉

 突然に世界中で同時多発した、実に3500万人(200人に1人の割合である)と統計されている「鏡化」は、やはり突然に終焉し期間で言えば二年と三カ月だった。



 あの日から毎朝、洗面所の鏡に手の指を入れてみようと試みた両親も「河」を渡って久しい。私も去年、五十を過ぎてしまった・・・・・・そんな日々に突然現れた「ミラーボール彗星」。

 家族や恋人を見送らざるを得なかった「鏡」の遺族たちは、異口同音の遺言を忘れるわけがなく世界中で歓喜したのだった。


 三年前に「ミラーボール彗星」が発見されると、こちら発のあちらの「定説」に、羞恥心やひきめを感じた(こちらの)世界は劇的なほど変化した。エネルギーを求め戦車で国境を跨ごうとしていた兵隊は引き返し、荒波を渡った連中や、先祖から続く皮膚の色や、あるいは出自、または性の不一致などによってなされてきた理不尽な投石はすっかり止んだのだ。


 ともすれば本能的なのかもしれない、弱者を攻撃する火を消して静まり返った水の惑星。


 私たちの世代の人類は有史以来の静寂を得て、じりじりと頭の上に近づく「ミラーボール」で、ピースフルでサイレントなパーティーを続けた。



 私は祖母の、つまりそれは幼い妹が向こうの世界の「扉」を開いた桜材の姿見を、妻と一緒に磨いた。ちなみにだが、妻は中学生のときに片思いをしていた先輩がやはり「扉」を開いて行ってしまった、という失恋を経験している。

 「ぼくの叔母さんなんでしょ」と高校生の息子が言った。

 「かなり裕福だって話だから、正月になったらとんでもないくらいのお年玉をくれるかもな」私は何十年振りの冗談を言った・・・・・・すると涙が出た。



 ・・・・・・ひと月前のことだ。世界中で生中継した南極大陸上空の天体ショーは衝撃波の一つもなく大気圏で静かに砕け、あるいは溶けるかのように発光した。

 一瞬のことだったが太陽が二つになり、直ぐに消えた方の太陽は直径17㎞ほどの大きな穴を開け、遥か上空から飛沫の様な光を乱反射させて流れ落ちる巨大な銀色の滝を出現させた。誰もが初めて目にする、真新しい極めて幻想的な神話そのものだった。

 そんな瀑布は、氷の地面に滝つぼをつくることをしなかった。白い氷上が青みかがるだけで、跳ね返った光る飛沫はぞくぞくと舞い上がり、やがて世界の空という空に広がった・・・・・・そして世界中で3500万枚の鏡が順次ひび割れたのだ。もちろん我が家の姿見も。



 今夜も私は、日課となった姿見の前で妻と正座して待っている。高校生の息子は「叔母」のお年玉をあてにしてバイクの免許を取るべく教習所に通い始めた。正月になれば(最低でもこの世界の誰よりも)裕福な「叔母」から中型の新車を買えるくらいのお年玉をもらえると思っているのだ。たぶん冗談だろうけれど、半分は本気な気がする。


 妹は、ひび割れた鏡の中からも、フレームの一部が欠けてしまった茶色い隙間からも未だ戻って来てはいない。しかしこの世界も未だ争いを再開せず、またどんな差別も起きていない。


 おそらく我々人類は「愛」を知っていて「望み」を捨ててはいないからだろうと、私は推察する・・・・・・。

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