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「月が綺麗ですね」はプロポーズの言葉じゃねぇっつってんだろ!

作者: 鈴谷
掲載日:2025/09/30

 月が綺麗ですね。

 この言葉にプロポーズの意味が付いたのは夏目漱石の逸話からだ。ある学生が「I LOVE YOU」を「我君を愛す」と訳したところ、夏目漱石が「日本人はそんなことは言わない。月が綺麗ですね、とでも訳しておけば足りる」と言ったというものだ。しかし、疑問に思ったことはないだろうか。「月が綺麗ですね」のどこにプロポーズ要素があんねん、と。


 伊勢物語にこんなプロポーズの歌がある。


筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに


 それの返歌がこちら。


くらべこし 振分髪も 肩すぎぬ 君ならずして 誰かあぐべき


 これらを超ラフに訳すると、最初の歌は「お前と会わない間に背もすっかり伸び切って立派な大人の男になったぜ」である。つまり、年齢は逆転しているが「教え子くんとはデキません(著:成家 慎一郎)」である。詳しくは調べて読んでほしい。吾輩こういうの大好き。

 さて、返歌の方をこれまた超ラフに訳すると「私も髪の毛がすっかり伸びて大人になったよ。お兄ちゃん以外に櫛を入れて欲しくないなぁ」である。ちょっとピンと来ないかもしれないが、これまた超ラフに現代風の軽いストーリーにすると『留学していた2歳年上の幼馴染が電撃帰国して同じ学校に編入!? 再会して早々、みんなの目の前で頭を撫でながら「大人の男になって帰って来たぜ」だって。もう、バカ! 私だって大人になったし、髪を触らせて上げるのなんかお兄ちゃんだけなんだからね!』である。そう、平安時代に書かれた伊勢物語に載っているプロポーズの短歌と返歌は何と現代の日本でも通用する価値観なのである!1000年以上経っても、日本で培われて来た文化的価値観を通して現代の表現にも対応するものがあるのだ。しかし、しかしだ。じゃあ何故、たった百数十年前の「月が綺麗ですね」はどうしてそうなるんだよ、と言われるのか。そこで、私は一つの説を唱えたい。


「月が綺麗ですね」の意味は「月が綺麗ですね」である。


 なんだ、頭がイカれたのか。と思う方もいるかもしれないが待って欲しい。これは極めて真面目な話なのだ。と言うか、夏目漱石に聞いても「月が綺麗ですね、の意味は月が綺麗ですね、だろう」と答えると思っている。そう、そもそも夏目漱石はプロポーズの訳として「月が綺麗ですね」を出したのではない筈だから。

 では、何故「月が綺麗ですね」がプロポーズの訳として広まってしまったのか。それは、単に当時の英語圏との文化的価値観の違いである。

 「I LOVE YOU」という言葉を英語圏の人はどの様なシチュエーションで使うのか。勿論、プロポーズでも使うだろう。だが、それだけではない。家族間でも使うだろう。親から子、子から親に「I LOVE YOU」というのは何ら違和感がない。親しい仲間同士でも使うだろうし、指導者が教え子に言ったりもするだろう。そもそも、英語圏というかキリスト教圏はアガペーの文化なわけで、割とカジュアルに「I LOVE YOU」を使う。

 当時の日本はどうだったか、と言えば欧米の様に気軽に愛してるなんて言わ無かっただろう。そもそも、愛してる、という言葉が明治時代に西欧から宣教師によって持ち込まれたキリスト教文化の翻訳であり、馴染みのない概念に当時の文化人も大分苦労して翻訳した様である。また、啓蒙思想家が恋愛を広めようと精力的に活動していたのも影響が大きいだろう。彼らは恋愛と性愛は同じではなく、男女の人間的平等によって成立し、婚姻の前提であるものだ、と広めた。明治時代の後半には結婚したら一生という価値観も広まったし、特に英語を習うような家格の人は自由恋愛も出来ない訳で、「愛してる」という言葉に感じる重さは現代の感覚とは隔絶しているはずだ。

 じゃあ、夏目漱石はなんなのよ、といえば、あいつ留学してんのよ。だから、「I LOVE YOU」にも軽い重いがあるのを分かっていたのだろう。でなければ「月が綺麗ですね」なんて訳は出て来ない。

 しかし、ここで不幸な事にスレ違いが起きたのだ。おそらく、夏目漱石の逸話が広まる元となった人物にとっては「I LOVE YOU」=プロポーズなのである。そう、「我君を愛す」くんには夏目漱石の意図は伝わっていなかったのだ! なんなら、当時の人達にも夏目漱石の意図は伝わらなかっただろう。

 よって


「我君を愛す」くん:I LOVE YOU=我君を愛す=プロポーズ


夏目漱石:I LOVE YOU=月が綺麗ですね


A.月が綺麗ですね=プロポーズ


という間違った答えが世に広まったまま現代に至るのである。


 じゃあ、夏目漱石が「I LOVE YOU」を何故「月が綺麗ですね」と訳すに至ったのかの推察について話そう。まず、「I LOVE YOU」という言葉を訳すシチュエーションだ。「I LOVE YOU」単体で訳す事は無いだろう。学校の授業やテストを思い出して欲しい。高校生になる頃には教科書に載っている文章は海外の小説や論評であったはずだ。この「I LOVE YOU」も恐らく何らかの小説を教材として取り扱っていた際に出て来たものだろう。

 たとえばこんなシチュエーションがありうる。舞踏会で想い人と出会った若い男女がダンスを一通り楽しんだ後、ひっそりと会場を離れ、月明かりに照らされるバルコニーでお互いに身を寄せ合い逢瀬を楽しむ―――さて、この時に男女が言い合う言葉と言えば?


「I LOVE YOU」しかねぇだろ!


という訳である。意味?プロポーズじゃなくてイチャラブチュッチュしてるだけだろ!ここで空かさず次の問題です。この「I LOVE YOU」を日本語に翻訳するとどうなるでしょうか? 勿論、現代では「愛してる」で十分だと思います。でも、それは現代が「愛してる」だけでプロポーズと捉えられてしまう世の中ではないからですね。当時はどうかというと、「I LOVE YOU」と言い合っているのを素直に「愛してる」「私も」って訳しちゃうとプロポーズされてそれを受け入れた、となっちゃう訳ですね。だから夏目漱石くんは「日本人はこういうシチュエーションではこうイチャ付くんだ!」って完璧な訳として「月が綺麗ですね」を出したんだと思います。想像して見て下さい。若い男女が満月の夜に縁側で心地よい秋風を感じながら肩を寄せ合い仲睦まじくしている様子を。そしてどちらからともなく「月が綺麗ですね」と言葉が漏れる。要は海外のイチャイチャを日本のイチャイチャに置き換えた訳ですね。

 さて、現代語訳です。最近の日本人はスマホとかいう文明の利器を手に入れてから月を眺めなくなったので「月が綺麗ですね」だとちょっと分かりにくいと思います。これを現代人に分かりやすくするにはですね、月を花火に置き換えると今でもあるあるなシチュエーションになります。

 花火大会の夜、河原の土手に腰掛けながら体を寄せ合う男女。手を繋ぎ女は男の肩に頭を預け、なんなら男も女の頭に重ねちゃったりしてイチャコラしてる間に花火が打ち上がって、どちらからともなく「キレイだね」と言葉が漏れる。

 そう、「月が綺麗ですね」がプロポーズの「I LOVE YOU」ではなく、若い男女のイチャラブの「I LOVE YOU」の訳であるならば、伊勢物語と同じ様にちゃんとその価値観は今でも通用するんですね。そして、英語圏の連中はカップルで寄り添って花火を観てるときも「I LOVE YOU」って言ってる(偏見)。あいつら、イチャ付く時「I LOVE YOU」しか言ってないだろ(偏見)。

 そもそも、常識的に考えて欲しい。「I LOVE YOU」って別にプロポーズの言葉でも何でもないじゃんってね。当時の人が分からないのは仕方がない。でも、「I LOVE YOU」が英語のまま通じる世の中になったんだから、誰か偉い人がちゃんと言ってくれ。『そういえば、「I LOVE YOU」って別にプロポーズだけの言葉じゃないよね。「月が綺麗ですね」の解釈って間違ってたんじゃない?』ってさ。エロい人でもイイヨ!

 勿論、100%これが正解と言う訳ではないです。でも、たかが百数十年前の文豪が残したプロポーズの言葉が現代では通じないどころか意味不明だよねってなっていたり、そもそもその逸話が広まった当時でもプロポーズとしての意味を完璧に説明出来た人がいないから今日に至るまで『「月が綺麗ですね」はプロポーズなんだよ! え? どうしてって「月が綺麗ですね」だからでしょ』みたいな頭の痛いノリが大真面目に繰り出される訳です。簡潔に言うとですね、滅茶苦茶ツッコミを入れたかった。それだけです。


 みんな、プロポーズする時はちゃんと「愛してます。結婚してください」って言おうね。間違っても「月が綺麗ですね(ニチヤァ」とかしちゃ駄目だゾ!

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