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英霊が来る 〜記憶無き青年の冒険譚〜  作者: 大和あゆむ
第1章  『シル』

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第6話  「死んだ」


 堕天軍(だてんぐん)の二人が草原を歩く。


「大分遅れをとりましたね」

「邪魔が入ったんだ、仕方ないだろう」

「あの人の憔悴(しょうすい)ぷりと言ったら、思い出したらつい笑っちゃう。あれ、父様どうかしました?」


 口に手を置いて嘲笑う。


「ルリザ、お前はあれで良かったのか?」


 珍しく顔色を窺うハンスに、紫髪のルリザは吐息を混ぜて優しく発言する。


「良かったのかも何も、私の父様はハンスさん貴方ですよ」

「父様言うな、大叔父様と言え」

「言いづらい」

「だったら祖母の弟と言え」

「もっと言いづらいじゃないですかー。じゃあ略して祖母」


 皺一つない顔に不敵な笑みを張り付ける。そんなハンスの若さをルリザは羨んだ。自分が同じ特権を持っていることも知らず。


「面白い事しますね、光翼団第三分団」


 眼前の門が開かれる。堂々と自信に満ち溢れたように。


「ああ、逃げずに立ち向かうか。己から」


 そこには南部最強のオーラグレイ第三分団長とモナ第三副分団長を筆頭に第三分団全員が集結していた。


「逃げられるかよ、あまり舐めんな」


 威勢を張るオーラグレイ。


「弱者を守るためか。だから弱者は弱者のままなんだろう」

「弱くたっていい、生きてくれるだけでいいんだよ」

「全て守れる実力を持ってから口にするんだな」


 ハンスは刀を抜く。


「己にとってはお前も弱者に過ぎない」


 言ののち睥睨(へいげい)されたオーラグレイは慄く。


「これが光断者(こうだんしゃ)か……」


 光を断つ者、『光断者』。堕天軍(だてんぐん)で最強の五人に渡される称号であり、死への証明が最も容易い。そんな光断者の中でもハンス・ツーレブルは、名だたる強者と戦い生き延びた結果、今や堕天軍の二番手に付ける。

 英雄に惹かれ英雄を殺す彼の二つ名は、『英雄殺し』。

 そう、まさに絶望。


「さあ、殺し合いだ。お前らの死を早めてやろう」


 刀を持つ手に【(よう)(とう)】。そのまま振るわれた。

 死を具現化した、彼は死そのモノだ。




 ホルンから貰った白き外套を羽織り、左右から織りなされる拳を手で()なす。


「ほら、ほら」


 口元を緩めながら一歩一歩前へ詰めてくるホルン。隙が皆無で、こちらから攻撃を仕掛けられない。


「よっし、いくよ」


 髪を靡かせ身体を捻って、回し蹴りを行う。上腕で受け止めるが、


「くっ!」


 衝撃を吸収できず諸に食らった。これにより手の動きは鈍ったが、作戦に支障はない。動きは掴めた。

 誘い出すために一歩下がる。そして背を向けた後、右足を背面に突き出す。オレは後ろ蹴りを敢行した。しかし、踵の軌道がホルンの顔を捉えたことで一つの議題が上がる。女性の顔を傷つけて良いのかと、だから横を掠るよう――。


「てい!」


 膝が伸び切る前に、首元に手刀が触れる。

 当たり前だが、修行でなければ死んでいた。その恐怖で喉を鳴らす。


「参りました」


 愉悦を表すホルンの表情には、不満が垣間見えた。


「あたしと張り合うなんて、凄いね。やっぱり才能あるよ」

「本当に思ってる?」


 探りを入れるように聞き返す。

 一瞥したホルンは、手刀を解いた代わりに、オレの頭へ柔和な手を置く。


「思ってるよ、ただ情けはかけちゃダメ。可愛いあたしにもね」


 そう笑った彼女が、何とも印象的で、魅力的な少女だなと感じた。

 そう耽っていると刹那、「ホルン‼ ライ‼」と焦燥が含まれた叫び声で呼ばれる。


「二人とも今すぐ支度しろ!」


 剣幕を張り付けたオーラグレイさんと不安を漂わせるカルガが駆け寄ってくる。いつも淡泊なオーラグレイさんが、血相を変えている事に、緊張感が増した。


「パパ、何で⁉」

「説明はカルガにしてもらえ‼ とにかくカルガ、ホルン、ライ、キジの四人で都市サフェンスに向かってくれ。至急援軍が必要だ!」


 隣に視線を移してみる。驚愕を露わにしているホルンだったが、


「あたし、キジを呼んでくる」


 状況を理解し迅速的な行動を見せた。


「僕は馬を」


 カルガは元から把握していたのだろう。周りの反応も加味して、今オレたちは尋常ではない危機的状況に陥っている。だが、その中でオレ一人だけが置いてかれていた。

 会話が耳に入った民がオーラグレイさんの周りに集まる。


「皆も避難を」


 西門を指さすオーラグレイさんに対して、民は口を噤ませた。


「いやだね、オーラさん」

「そうだ、そうだ。あなたがいるからこのシルは守られてきたんだ」

「ここを離れるつもりはないよ、死んでもね」

「そうか」


 淀みなく答えを出され、皆の命を抱える事になる。それが何よりも重荷なんだろうな。いつもより数倍、数十倍も。オーラグレイさんの足が震えている。


「ご主人様」


 手拭いを持ったキジさんは、エプロンを着たまま姿を現す。家事の最中、ホルンから事情を聞いて急遽こちらへ来たのが容易に想像つく。


「キジ、三人のことを頼んだ」

「お任せください」


 オーラグレイさんの視線が、深くお辞儀するキジさんから自分に移る。


「ライ、自分の命を大切にな」


 自身の返事を聞き終えて、彼は踵を返した。しかし、実の子供二人に声を掛けなかったのが疑問だった。未練がひしひしと伝わってきたのだが。




 三頭の馬がシルの西門を目指して土を蹴る。キジさんが後方から手綱を持つ中、オレは心をシルに置いていた。これから都市サフェンスへ向かうのだとして、帰郷はいつになるのか。今回の件でシルは無事に済むのか。オレにとってシルはもうすで故郷であり、愛する場所なのだから。乗馬の初体験に気持ちを割くほどの余裕はなかった。


「カルガ、敵は誰なの?」


 殺伐とした雰囲気の中で、口火を切ったのはやはりホルンだった。


「光断者ハンス・ツーレブル」


 空気が変わった。ホルンは青ざめた顔で虚ろに瞳を揺らせる。手綱が少し不自然に動き、馬が荒ぶれたように感じた。


「そんなの……無理じゃない……」


 名を聞いただけで皆が戦慄をする、そしてそれだけの実力を誇っている。では何故そんな奴がシルに……。

 脳が騒ぎ出す。靄がかかったように、この体験に覚えがある。頭痛が酷くなるも、この重苦しい空気で表には出さなかった。

 西門を通過した瞬間、馬の咆哮と同時にカルガは口を開いた。


「やっぱり気に食わないよな、父さん」

「うん、援軍を呼びに行けって逃げろと言ってるみたいなものだよね」

「助けに向かう?」


 三人で助けに行こうと言外に含んでオレは問う。ジアーツ家には恩義が山ほどある。オレは逃げてはいられないんだ。

 皆で行けば助けられるかもしれない。


「そうだね」


 神妙に頷くホルンを余所に、カルガはオレとキジさんの馬に近づく。


「キジさん、援軍の要請を任せられるか?」

「分かりました。どうかご無事で」


 準備は出来た。拳を自身の掌にぶつける。


「三人で助けに――」

「お前は逃げろ、ライ」

「は? なんで?」


 唐突の否定に、驚きを呟いていた。逃げろ? 今更オレが?


「赤の他人は守ってられない。僕は家族だけを守るって決めたんだ。家族が大事だから」

「ちょっとカルガ!」


 怒鳴るホルンを手で静止させ、淀みなく言葉を繋ぐ。


「いやだよ。オーラグレイさんとモナさんを助けに行くんだろ? ならオレにも戦わせてくれよ」

「無理だ、ライもサフェンスに向かえ」

「守ってくれなくてもいい、二人を守らせてくれ。赤の他人はどうなったっていいんだろ?」

「赤の他人はどうなったっていいさ。でも、ライは僕達の家族だ。だから逃げろ」


 一瞬呼吸を忘れる。ずるい。その言葉は、とても。

 迂遠な言動に、少し腹立たしくなった。


「どうしてだよ! 死ぬかもしれないんだぞ?」


 見苦しいのは分かっている。カルガが正しい。オレが行った所で戦力にはならない。でも、そう言ってくれない、突き放してくれない。カルガは弱いから逃げろと言わず、死んでほしくないから逃げろと言う。それはとてもずるい。


 独りでなんて……オレの英雄を守って英雄に成りたいのに。


「死んだらそれまで。自分の死に覚悟は出来ている。僕を置いて行け」

「置いて行けないよ……」


 滲んだ瞳に茶色の髪が靡く。ライと呼ばれて畏怖した。ホルンも――。


「あたし、ライが一番似合うものを渡したいって言ったよね」

「そんな事今はどうでもいい!」


 場違いに近いホルンの言動を自身の声音で掻き消した。

 聞きたくない、聴きたくない、訊きたくない。


「――ライが一番似合うのは平和だよ。だから渡さないとね」

「今のオレに平和なんていらない、二人がいればそれでいい!」


 頭に稲妻が走った。刹那、真正面――東――から凄烈な轟音が響き渡る。叫喚と悲鳴からか何となく分かる。今ので多くの人が死んだ。

 死が現実に。絶望が目の前に。なおさら否定が募る。


「時間がないな……行くぞ、姉さん」


 こくりと頷いてからホルンの顔は触れる程近づく。


「ライは生きて。そして、もしあたし達が死んだら生きた証になって」


 涙が伝う頬を優しく温い指で拭いてくれる。

 寂寥を孕んだその声音がオレを本気にさせるのだ。


「もしなんて言うな! まるで死にに行くみたいじゃないか……」

「死にに行くとしても、ライを守りたいんだよ」

「意味が分からない」

「じゃあ意味を分からせる」


 雑音が消える。それ程にオレは、この先の回答を求めていたのかもしれない。

 ホルンは羞恥も躊躇もなく、ただ粛然と想いを馳せた。


「――あたしはライの事が好き」


 瞳を覗き合った、瞬き一つすることなく。触発されて思いの丈をぶつける。


「そんなのオレも一緒だ! オレも――」


 口を人差し指で閉ざされた。その悪辣さにオレは何の抵抗も出来なかった。


「それはまだ取って置くこと。よっし行ってくるね」


 と笑うホルン。


「ライ、いってらっしゃい」


 と笑うカルガ。

 それから二人が振り返る事はなかった。

 未練と共に涙が落ちる。

 待ってくれ、待ってくれよ。

 何が起こっても二人を助けると約束したのに。

 このままでは。


「キジさん、降ろしてください」

「すみません、降ろす事はできません」

「お願いです」

「いけません」


 毅然に振る舞う態度に、沸々と怒りが溜まる。


「降ろせって! 二人を助けに行くんだよ‼」


 手綱を潜って馬から降りようと企むが、キジさんは当然オレの腕を掴んで止めに入る。そんな彼女を睥睨した時、憤慨する表情と言葉がオレを襲った。


「調子に乗るな! 二人はそんなに弱くない! だから、彼女達は貴方を守る選択を取ったのでしょ!」


 印象と乖離が生じて圧倒される。掴んでいたキジさんの手が移動し、オレの掌を和やかに包み込んだ。


「己を犠牲にしようとするライ様は優しい人だ。でも犠牲と優しさだけじゃ救えないものもあります。見守りましょう、見て、守るのです。カルガ様とホルン様は本当に強くなられた、だから大丈夫ですよ」


 どこか哀愁を帯びた眼差しに、言葉が喉を閊える。


「弟は守りたくなるものです――」


 闇へ進む二人に手を伸ばした。

 前へ進みだす。

 正しい前は逆だった。

 しかし、前へ。

 前へ。




「本気でやってくれると思って良いんだよね」


 姉から注がれる期待の眼差しに驚愕した。


「知っていたのか?」

「当たり前だよ、手を抜いていることなんてバレバレ」


 手の力を抜くため嘆息を吐きながら、自ら導いた答えを伝える。


「全てを出し尽くす。そのために奴をやらないとな」


 見据えた先、民を闇に侵す者がいた。手綱を引いて、僕の様子を窺っていた姉に馬から降りようと行動で示す。彼の領域のような闇の水を、強く踏みつける。


「あ。誰か来たと思ったら、南部最強の娘と、お前はあの時の……⁉」

「覚えてくれて嬉しいよ、ミス。因縁を晴らすとしようか」

「脱獄した甲斐があるじゃんか」


 視線を巡らす。周辺には闇に触れ、たじろぐ民が百と近くいる。意識が薄い者や呆然と立ち尽くす者、闇式が及ぼす影響は人それぞれだ。


「皆! 離れて!」


 姉は必死に避難を呼び掛けるが、すでに手遅れだろうな。闇式は特殊だ。


「無意味じゃんか。こいつらは闇式に侵されて自我が無くなった。今は俺様の操り人形じゃんかよ」

「そんな力があったなんて……」

「姉さんが知らないのも仕方がない。あいつら(堕天軍)が自我を無くせるのはTRが零から十未満の者たち。普段戦っている光翼団の皆は該当しない」

「なおさら良かった、ライを連れてこなくて」

「ああ、迷わずに済んだ」

「何に?」


 と姉に問われて僕は返答しなかった。


「俺様の人形どもよ、二人を殺すじゃんかよ!」


 闇を纏いし民は、円状に行儀よく束になって距離を詰めてくる。


「姉さん、しゃがんでおいて」

「う、うん。わかった」


 背に掛けてあった槍を抜き取る。これは昔、祖父から貰った代物『(らい)()』。零世代に作られた槍なだけあって普通とは訳が違う。黒き石の穂から放たれるは、自身の源変ではない。

 腕と腰を駆使して、全体に斬撃とそれを食らわす。


「【(げん)(へん)】――【熾烈(しれつ)】」


 黒き石に宿るは、炎を巨大化させる源変【熾烈】。

 先頭を走った虚ろな民は、血しぶきを上げて倒れる。斬撃はそこで終わるが、巨大化した炎は留まる事を知らない。火式は全ての人形へと移った。

 人が可燃物となり、大火事を巻き起こす。耳に支障が出るほどの呻き声が上がっていたが、時期に治まっていく。


「殺しやがった。それも一発で……知り合いだろ?」

「僕は決断したんだ、家族を守れるのなら他の命などどうでもいい」

「イカれてる」

「言われなくても分かってるよ、ただお前にだけは言われたくないな」


 頬に冷たい感触が当たり、雨だと分かった瞬間、鎮火するよう酷く振り出した。天から注がれる慈悲の涙のようだ。

 突然、ミスは高笑いを見せる。


「雨じゃんか。火式のお前は本領発揮出来ねえだろ。負けても言い訳すんなよ!」

「負けたら死ぬ殺し合いに言い訳は必要ないだろ」

「【(じゅん)(がい)(てん)・白武】」」


 奴と同時に【白武】を心臓に当てた。白武は対象を脆弱化させる、または消滅させる効力を持つ。真然術を無に、源変を真然術に弱体化が可能なのだ。

 それを体の内部に纏った時、身体能力と体の硬度が上昇する事に加えて、天術の出力が膨大に上がる。その分、天力消費も激しいが、真然術の巡鎧纏とは段違いの性能を誇るのだ。

 少し発光した身体が徐々に体温を上げているのが分かる。完全にものにした僕は今、奴と同じ土俵に立っている。その事実に自然と口角が動いた。


「うそ……カルガ、そんなものまで扱えるの……」


 少しだけしなる地面を踏み出して、奴に肉薄した。当然、ミスは拳一つの近接戦闘。分かりやすい事この上ない。

 槍と拳の応酬。流石、片腕でも僕の攻撃についてくる。


「あいつはお前の姉か?」

「それがどうした?」

「ハハッ」


 確証はなかった。だが、姉を嘲笑ったようにしか見えなかった。

 【熾烈】と【続火(ぞくか)】が混合された突きを見切られ、反撃として蹴りを繰り出してくる。


「弱点を見つけたじゃんか」


 やはりそうか。

 槍の柄から左手を離し、その手で防御する。【(だん)(すい)】に触れてしまった事が感覚で伝わる。

 昔は飛ばされていた、が今は違う。【白武】で【弾水】を黒い水に戻して、ミスの足を丸裸にして掴んだ。


「調子乗んなよ」


 横に思い切り放り投げる。奴の勢いは、家を貫通するまで止まらず、木材と石材をことごとく破壊するに至った。しかし、すぐに瓦礫が擦れる音が耳へ届く。


「姉さん気を付けろ」

「分かってる」


 風が吹く手で心臓を殴った姉は、片方の手に揺灯を灯した。


「次、狙われるとしたらあたししかないよね」

「ははっ!」


 無傷の戦闘狂は、音を置き去りにして姉の前に接近していた。表情から弱者を目にした時の油断と傲慢さが曇りなく見える。

 ミスは姉を侮っている。だが、姉は弱点なんかじゃない。

 右拳を半身にして避けた姉が回し蹴りを敢行する。その洗礼された動作に為す術はなく、くの字に曲げて嘔吐いた。


「クッッッ――‼」

「あたしも弱い所ばかりは見せられない、【源変】――【冷風(れいふう)】」

「クソがぁぁ!」


 姉の重ねた両手から冷気が舞い上がる。最後の抵抗のつもりだろうか、姉さんに片腕を向けて【弾水】を放とうと奴は目論んだ。だが、それを僕がみすみす逃すはずもなく【熾烈】で増された炎の斬撃で右腕をも斬り落とす。

 両腕欠損した奴に薄氷の膜が張られるの瞳へ映しつつ、穂を【白武】で撫でた。


「万全な状態なら分からなかった。しかし、今のお前に僕らの相手は務まらない」


 白武の巡鎧纏で天術の出力を底上げし、零世代の『雷火』に続火と白武を纏わせた。これが今行える最強の構え。

 穂先を奴に合わし、腰の横まで下げる。全ての力を溜めて放った渾身の突き、


「〈()刺死(ざし)〉」


 激甚なる炎に飲み込まれたミスが姿を消す。一瞬の反発を感じた後、腕が伸び切った。手応えは十分に感じている。

 槍を肩に担いで、姉に目線で問いかける。続火の影響により前方が全く見えない。炎の道いや炎の壁が出来上がっていた。


「何か懐かしい光景だな」

「そうだね」

「じゃあよろしく」

「面倒ごと増やさないでよ」

「いや手加減なんてしてられないだろ、というか消せるのか?」


 僕の源変【続火】を、と煽り口調で。


「あたしの【冷風】は周辺の熱を奪う性質を持ってるからね。燃え続ける【続火】と言っても可燃物がなくても燃え続けるって意味でしょ。ならあたしにも――」


 彼女はろうそくの火を消すように、掌に乗った揺灯へ息を吹きかける。お洒落に起こされた冷風は、順調に炎を抑え込む。


「消せるよ」


 僕らは拳を合わせた。しかし、消火は遅く、煙が空へゆっくりと立ち昇る中で、辟易とした僕らは足を前へ出した。

 両端に並んで佇む家は、多くが瓦解していた。不細工な石が雨粒と奏でる音に負けじと、僕らは水溜まりを叩く。

 残り火が灯る一本道を進み、ようやく父と母の背中を捉える。


「パパ! ママ!」

「遅くなった、僕たちも一緒に戦う」

「二人とも」

「ようやく来たか」


 血を滲ました父の顔から信頼が返ってきた。


「もう逃げない」

「そうか、子供は成長が早いな」

「ええ、負けてられないわね」


 やるぞ、僕たちならと眼前の景色を視て――、


「え?」


 愕然とした。

 呆然とした。

 確か、父はここに第三分団全員を配置していた。

 ならば、だ。

 今、僕の視界が埋め尽くされる程の死体は、第三分団の何割だ。

 赤色の絵の具が雨の水で薄く溶かされる。


「これってもしかして……」


 姉の震える声に、父は苦慮して応える。


「第三分団は俺らを除き全滅した」


 言葉を探すより眼前の景色が頭から離れなかった。

 何百の死体がもはや地面のよう凄惨に散在している。

 屍の上、気怠く佇む男女二人。男は刀に血を垂らし、女は手を酷く汚している。

 

「やはり育てる事より殺す事の方が簡単だな」


 これが光断者、これがハンス・ツーレブル、これが英雄殺し。

 これから体験するだろうが、今でさえ感じる。

 圧倒的な絶望を。

 ハンスの横に居た女性が、一人の倒れる男に近寄った。奴がここまで飛んでいた事実に驚くと同時、戦闘不能に陥った事をひとまず安堵する。


「あ、誰か飛ばされたと思ったらミスじゃん」

「あの子供二人にやられたのだろう」


 奴の冷徹で酷薄な眼差しが、僕を捉える。睥睨されるだけで戦慄する己へ舌打ちで震え上がらせた。

 煙を吹くミスの近くでしゃがんだ若い女性は、つんつんと人差し指でつつく。


「ミスは、いつまで経っても強くならないなぁ」


 それが自身に言われているようで。

 まだ捨てきれてない自身の弱さが、自己嫌悪まで落とす。

 槍を強く握った。ミスを倒したくらいで安堵などしてはいけない。


「ルリザ、この戦いが終わったら【(せん)(ふく)】で治療してやれ」

「はーい、じゃあワタシは遊んできます」


 今の会話で分かった事、それは僕たちが完全に舐められているという事。

 腰に手を置いたルリザという女性は、唇を妖艶に舐めたあと姿を消す。刹那、右横で物音が聴こえ、母に蹴りを繰り出していた。


「遊び相手になってよ、モナ」

「……なんで私の名を」


 母は衝撃で後方に吹き飛ばされ、それをルリザが追った。

 母さんと叫ぶ口を自制して、意識を再度ハンスへ向ける。


「ママ!」

「姉さん、集中しろ」

「でも……」

「こちらも危機であることに変わりはない」


 いや正直、こちらの方が数倍も危険だ。何たってこいつは、何十年も歴史に名を刻んできた。史実ですら最強を告げている男。

 ハンスの手から揺灯が刀身まで移っていく。


「来るぞ! 二人とも構えろ‼」


 怒号にも似た父の声に、身を引き締める僕ら。

 何気ない顔で刀を横に振ったハンスの、雑な斬撃に名前を放った。


「【斬風(ざんふう)】」


 風が斬撃を伴う【斬風】。高威力に加えて目で追えないほどの速さ。闇式を纏う黒き斬撃は、周辺の物を破壊しながらこちらへ近づいてくる。

 考える暇もない。


「【水晶】」


 ほぼ同時に、何なら少し速く発動した父の源変は、完全な防壁と成り得る前に切られた。屈んで避けたが、一回の死を回避しただけに過ぎない事を痛感する。

 豪雨により髪から滴る雨水と冷や汗が同化する今、死の重圧に圧し潰されそうだった。

 あれを受けたら死ぬ。

 受け身では勝つことが不可能だと悟る。

 相手に隙を与えないのが天術の戦いにおいての定石。父は間髪入れず反撃を行った。


「〈(しょう)(つるぎ)〉」


 父は地を【揺灯】で踏みつけ、水晶の剣を無数に生やす。跳躍して避けて見せるハンスに対して、実力差を図るのも含めて【続火】を射る。

 焦る事もない。ただ空中に居ても尚、ハンスは綺麗な太刀筋で炎を二つに切り裂く。【続火】に触れた刀は燃え続けるが、これに口の端を上げて興味を示した。

 着地による土埃を、【続火】が混在した【斬風】で晴らしてくる。

 二回目の飛ぶ斬撃。


「【冷風】」

「【水晶】」

「【熾烈】」


 二人は自身のを、僕は『雷火』の源変を扱って相殺を捗る。しかし、攻撃は止まる事なく、赫の斬撃を父と僕の【白武】で弱体化を行うまでに至った。

 力の差をまざまざと感じる。たった一人の源変に対して、僕らは三人全員の源変に加えて、源変より数段高度な術である【白武】を二人係で以ってして漸く食い止められる程度。

 敵は強い。今は生き延びるので精一杯だ。

 だけど、


「カルガ、やるしかないよ」

「ああ」


 絶望を感じようが、力の差を感じようが、死ぬ訳にはいかない。

 あいつを悲しませる真似はしたくないから。あいつには強い姿で再会したいから。

 ライ、僕は今最高に生きるを体験してる。


「「「【巡鎧纏】」」」


 父と僕は【白武】で、姉は【風式】で行った巡鎧纏。

 巡鎧纏は、天力を膨大に消費する事により短期決戦でしか用いられない。その技に【白武】というこれまた天力消費の激しい術を使用している。恩恵も果てしないが端的に言えば、諸刃の剣。それを今日で二度も行っている。他人より天力容量が多いからといって底を尽くのも時間の問題だろう。

 三人で視線を交わした。

 だからこそ、これで勝負を決める。

 父は地面に手を置く。


「〈(そう)(かく)〉」


 これが合図だ。僕と姉は、道沿いに並ぶ家の上を、両端の二手に分かれてひた走る。家は原型を留めておらず、ほぼ瓦礫状態で足場が悪い。しかし、視線はハンスに注いだ。

 父の技が炸裂する。ハンスの居場所は急激に盛り上がり、先端が鋭利となった水晶の丘が出来上がった。しかし、奴は焦る事なく、先端に佇み、凝然と僕ら二人を動向を窺っている。

 そう簡単に事は運ばないか。

 父は捨て身の覚悟でハンスに肉薄。

 奴はそれに準ずるよう揺灯を刀に灯した。

 父が跳躍し、丘の頂まで到達した時、

 二人は振るう。

 父はハンスに。

 ハンスは父に、ではなく姉さんに。


「姉さん‼」


 空を切り裂く奇妙な音を奏でて、姉に向かった【斬風】。躱す動作を見る事叶わず、ただ衝撃によって姉の居場所から粉塵が舞い上がった。

 今のはまずい、姉さんは無事か。

 そして、父さんの薙刀もハンスが空へ飛翔した事で届かなかった。

 状況は最悪に近い。


「お前やるな、褒めてやろう」


 父に向けてハンスは賞賛を与える。二人が重力に従いながら。

 作戦は失敗……姉さんの生死を確認せねば。


「カルガ、作戦続行。いくよ」


 声の主が走り続ける。それを視認し、瓦礫の上から飛び上がった。

 心配させやがって。

 そして、宙で姉と隣り合う。我らの目線と体はたった一人、ハンスだけに向けて。


「よっし、せーのっ!」


 先程と同じ、白武の巡鎧纏で天術の出力を底上げし、『雷火』に続火と白武を纏わる最強の構え。

 姉は、真然術の巡鎧纏を施した右拳に冷風を纏っている。

 姉弟でしか可能としない技。僕らでしか可能としない技。

 見せてやる、何が英雄殺しだ。僕の英雄を殺されてたまるか。

 体から流れる天力をそのまま奴へ。


「〈(てき)(しゅ)涼炎(りょうえん)〉」


 槍の穂から放たれた炎は、姉の冷風を食らい尽くす。風が炎をまた巨大に、悠々と瓦礫を飲み込んでいく。横渦を巻いた炎は、雨など我関せず、龍の如くハンスへ襲い掛かった。

 自身の轟音を置き去る炎と宙に身を任す一人の男が、相対する。


「当たった!」


 姉の作戦成功の知らせが耳に届く。ハンスは風式、僕の火式とは相性が悪く、笛狩涼炎が直撃となれば無事では済まないだろう。

 それも、門をも破壊してしまう程の威力なのだから。

 一旦の猶予に甘え、地に足を着けた姉へ疑問を呈した。


「姉さんどうやって生き延びたんだ?」

「パパが【白武】を纏う水晶で【斬風】を弱体化してくれたんだよ」


 見えなかった。気づかなかった。父は片手で薙刀を振るいつつ、姉さんに向かう【斬風】へ水晶を飛ばしたというのか。

 あの場面、ハンスとの交戦も視野に入れていたはずだ。余裕のない状況で咄嗟に助けを出すその思考と可能にしてしまう実力。次元が違う。

 その父が言う。


「油断するな、もう一発行くぞ!」


 僕らに活を入れるため、後ろを向いた。油断を介さない、死を寄せ付けないための言葉を放つ。

 ――それ故、父はハンスの存在に気付かなかった。


「前だ! 父さん‼」

「マジか……⁉」


 刀が構えられる。


「己を油断だけで対処できると思うなよ」


 雨が一瞬、赤く染まった。

 父はハンスに斬られた、この事実が僕を震撼させた。

 伴う衝撃によって吹き飛んだ父が、地に叩き付けられる。

 姉と駆け寄ったが、酷いものだった。斬撃を腹で受け止めたみたいだが、流血が止まらず、内臓も見え隠れする。闇式に毒されて顔をしかめていた。

 【巡鎧纏】も、腹へ発動した【水晶】も意味を為していない。【白武】で【斬風】を風に変えたようだが、刀による直接の攻撃までは対処できない。


「パパ‼ パパ‼」

「ああ、大丈夫だ……」


 姉の呼び掛けに笑顔で答えるも、懸命に取り繕っていた。満身創痍、戦う以前に命が危ない状態。母の【(せん)(ふく)】での回復も望めない中、窮地を脱する策を練るしか――。

 雨を踏み締める音が聞こえる。


「光断者を舐めるな、小僧共が。光を断つからこそ我らは『光断者』なのだ」


 所々燃え尽きた外套を豪快に脱ぎ捨てるハンスは、僕たちへ歩み寄る。黒い空気が彼の周りを漂っていた。

 ああ、こいつは堕天軍だった。

 こいつは光断者だった。


「己を倒したければ、まずは零世代でも連れてこい」

「自分で言うか、零世代出身ハンス・ツーレブル」


 虚脱する体に無理を言い、父は腹を押さえて立ち上がった。


「そうとも。今や己を殺せるのは己だけだ」

「そうか、じゃあ自分を殺して楽になれよ。英雄殺し」

「生憎、己は英雄ではないのでな。殺す気にはならん」

そちら(堕天軍)では英雄と呼ばれているんだろ?」


 口の端を吊り上げてハンスは、刀を下ろす。

 僕らなどいつでも殺せるかのように視線を巡らして。


「ふんっ、面白い奴だ。その胆力に免じて見せてやろう」


 空いた手に揺灯が飾られる。


「天術において最強の術【臨通術(りんつうじゅつ)】を」


 世界が震えている、世界が騒めている。風が、僕らに危険を知らせるよう急激に強まった。

 止めなければ。そう思い、槍を振るうも、


「ッッ――⁉」


 僕は瓦礫に身を投じていた。凄まじい速さで切り裂けれた事を、血で滲む服と悶絶する程の痛みで理解する。姉も同じ状況へ陥っていた。

 父とハンスは静謐に向き合う。揺灯は紫に彩られ、どこか無を強調しているかのように揺らぎがなかった。


「【臨通術】――【亡可(ぼうか)】」


 本物の死が近づいている。


「それでなくとも殺せるだろ?」

「敬意だ、受け取れ」


 父は、オーラグレイは嘆息に笑いを混ぜ、ホルンとカルガに視線を彷徨わせた。


「二人共、すまない。最後まで守ってやれなくて」


 やめろ、やめてくれ。前へ、足を引き摺りながら、前へ。僕は家族を守るんだ。

 紫の揺らぎを灯すその手が父の下へ。

 父の顔が【亡可】に触れる。

 そうして、顔を無くして父は――、



 死んだ。


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