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英霊が来る 〜記憶無き青年の冒険譚〜  作者: 大和あゆむ
第2章  『成長』

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第19話 「試験終了」

 ライとホルンとヨミの絡みを詳しく知りたい方は『告白のない日陰(英霊が来る 短編)』を見る事お勧めします。



 橙色に染まる空がこれから黒く塗られようとしている。

 二日目の夕方、受験者たちの戦いは苛烈を極めていく。

 炎の海に佇むは、受験者の中でも選りすぐりの猛者。

 今、意識がある者は四人。ヨミにグロード、ジロックにフルート。

 だが今、真面に戦える者は二人。ヨミとジロックの両者だ。

 彼らは睨み合いを続け、戦いの火蓋を簡単に切る事はない。

 少し前屈みとなった両者がジリジリと距離を詰め合う。

 間合いを互いに分かっているかのように。

 緊迫した空気を読まずに鳥が些細にも鳴く。

 それが始まりとなった。

 踏み込んだ一歩で二人は、戦闘へと入っていく。

 まずは、両者の【真然術(しんねんじゅつ)】のぶつかり合い。

 薙刀の先から放出した【火式】が、ヨミの重ねた手で張られた【水式】によって受け止められる。

 少し後ろへと滑ったため、ヨミは両手から【水式】を撃ち一旦牽制。

 それを器用に薙刀で弾くジロックが、跳躍して空を取った。

 上から豪快に振られた刃を、ヨミは焦る事なく回避。したかと思うとすぐに飛び蹴りへ移る。

 しかし、ジロックも呆然と待つ訳ではない。薙刀を逆手に持ち、地面に突き刺す。片手を空けた状態で、ようやく【揺灯】を灯した。

 両者、白き揺らぎが光る。


「【源変】――【水毒(すいばく)】」

「【源変】――【灯爆(とうばく)】」


 毒を持つ水が爆発する火と押し合い、空間が振動した。

 蒸発の音と消火の音が同時に聴こえ、観戦に徹していたフルートは驚きの声を上げる。


「なんて威力……」

「ヨミ、凄いな」


 重傷を負った胸を抑えつつ、グロードも言葉を重ねた。

 彼らは再認識したのだ。

 ヨミの強さに。

 二人の戦いは拮抗している。それに対して片腕で善戦するジロックを褒めるべきか、首席候補に互角で渡り合うヨミを褒めるべきか、悩ましい所ではある。

 真然術で優位を取れているヨミの源変を見事に相殺したジロックは、薙刀を持ち直す。

 息を整え、再度衝突した。

 瞬く隙も与えないほどに、打撃と斬撃が交差していく。

 振るって、守って、避けて、飛んで、殴って。

 髪が焦げる。

 頬から血が垂れる。

 呼吸を忘れる。

 そんな熾烈な戦闘を前に、瞠目の眼差しを向けたグロードとフルートの二人。

 彼らですら参戦を躊躇う程の攻防が繰り広げられている。

 まるで長年稽古してきた劇を見ているかのように。


「といってもずっと見ている訳にもいかないよね」


 広げた手に茶色のナイフが出来上がる。グロードは件を力強く掴んで、激戦に割って入ろうと距離を詰めた。


「‼︎」


 それを視界に収めたフルートは、そうはさせまいと足を動かす。

 しかし、


「助けはいらない。フルートはライのそばに居てくれ」

「来るんじゃねえぜ、グロード! こいつは俺だけで倒す」


 二人はその介入を厭った。一瞥をも寄越さず、炎と水が混ざり合う空間に身を置く。


「分かった……」

「そう言うと思ったよ、自己中」


 了承するフルートと呆れるグロードを余所に、彼らは見合った。

 念願の対決。

 己が正しかったのか正解を求めて、言葉を交わす。


「何年ぶりだろうな、ジロック」

「ちゃんと話すのはあの日以来だろ」

「あの日、お前は兄を、俺は父と姉を失った。そのあと、いつもの場所で殺し合ったっけな」

「懐かしいな」


 空を仰ぐ。

 夜へと翳っていく空に思いを馳せた。


「ああ、あの時が一番楽しかったぜ」

「でも、戻れない」

「分かってる……もう取り戻すことは出来ない。だから戦おうぜ」

「そうだな。あの日はそういかなかったが、今は違う」


 久しい笑みを互いに浮かべて対峙する。

 森が騒ぐ中で、毅然な佇まいを見せるのは郷愁が心地良いからだろう。

 炎の弾く音が辺りで響く。

 力を抜いて一言、ジロックは続けた。

 炎と水の境で彼らは想いを秘めて、


「死ぬまで殺し合おう」

「付き合ってやるよ」


 戦いに没頭した。

 勝敗が分かれるまで。

 その頃、作戦を諦念したグロードはフルートに歩み寄っていた。


「これだから自己中は。まあいいや、この間にフルートへ質問できるし」

「何を訊くつもり?」

「そんな身構えなくてもいいよ、ただ疑問を晴らすだけ」


 相好を崩したまま、グロードは口を開く。

 そよ風が吹いた。

 それも炎が渦巻く戦場では珍しい、恋しくなるような冷涼な風が。


「君、――」


 ジロックの爆発で声音が掻き消される。

 その質問は、フルートにしか聞きつけられなかった。


「え」


 しかし、聴こえた彼女は唖然として言葉を無くす。

 瞳を揺らす彼女からは、動揺が見て取れた。

 グロードの質問に分かりやすく『はい』と答えている。


「やっぱそうだよね」


 目を逸らす彼女は、一向に否定しない。思う所も悩む所もあったのだろう。


「で、彼にはその事を隠していると」


 こくりと頷く。


「まあ偽るのなんて簡単だしね」

「グロードは何者なの?」

「え、いや普通の子だよ。ごく普通の」


 正面、手を出してグロードは天術を行使した。

 流れて来た炎の渦を土の壁で防ぐ。

 熱風が押し込まれ、フルートはライを庇うように体を捻った。

 その行為を一瞥したグロードが軽く微笑む。


「役目も終えたし、もう行くよ」


 背を向け森に消えていく少年を視線で追いかける。

 フルートが何処か懐疑的な目で見つめるのは、先の会話があったからだろう。


「不思議な人……」


 それが正直な感想だった。

 ヨミの味方をしたと思えば、フルートを守り、ついには首席争いから離脱したグロード。

 そんな彼は、確かに『不思議な人』だ。

 何の目的で、何を行動原理にしているか全く分からない。

 その分からないが彼の全て。

 彼にとっては誉め言葉。

 良くか悪くか先の会話が彼女の人生を変えていく。

 ガラァ――。

 グロードによって生成された土壁が瓦解する音。

 今度は、毒を持つ水が壁の強度を落とした。下から崩れて、土埃が辺りを舞う。そんな埃を激戦の衝撃が空へ運んだ。

 先程から塞がれていた景色が露となる。

 最終決戦ジロック対ヨミ。

 丁度、終盤を迎えた所だった。




 同時に着地した彼らには、それぞれ炎の海と水の唸りが迎い入れる。

 一目で分かる。

 しかし、何度も言おう。

 両者ともに互角だと。

 不要な水を払ったヨミは、また新しく水式を発生した。水に【揺灯】を混ぜて、毒性を持つ【水毒】へ練り上げる。

 件を両手の拳に纏ったヨミが、ジロックへ肉薄する。ジロックは、熱された刃を持ってそれに応じた。

 薙刀と拳が相対した時、当たり前のように火花が散りゆく。

 押し合う二人は、微動だにしない。

 火花が反射する瞳孔を見て、ヨミは言葉を発した。

 

「気に食わねえな」

「何がだ」

「そりゃお前と互角である事がだよ」

「ふんっ、確かに負傷した俺にその程度じゃな」


 後方へ下がったヨミは、憤慨しながらも周辺に水式を生み出す。

 勢いある水を上手く制御し、彼を中心に集約させた。その膨大な量の水式もさることながら、真然術を制御する力にはフルートも驚きを隠せない。


「その態度も気に食わねえ」


 手に白き揺らぎを灯す。

 その手がそっと水へ触れた瞬間、凶暴化した何かへと変わり果てた。

 いやまるで蛇のように。


「〈蛇波(だは)〉」


 真然術の扱いは、受験者の中でライを除いて一番に優れているだろう。

 圧倒的な攻撃力を誇るジロックと究極の安定力を持つヨミ、そして絶対なる防御を習得しつつ一撃必殺の攻撃をも所持するライ。

 二人は共にライを羨んだ。

 だが本当は。

 彼らが羨まれる立場なのだ。

 そんな者たちの戦いが普通である訳がなかった。

 蛇のように波打つ【水毒】が、轟音なる響きを与えて前進している。三人分ほどの高さを持った彼の技〈蛇波〉は、ジロックが逃げる間もなく襲い掛かった。

 見上げるも精一杯。

 冷や汗を伝う前に、迷わず薙刀を手で沿わす。勿論、【揺灯】と共に。

 ブチ破る。


「〈陽打直穿(ようだちょくせん)〉」


 薙刀による突きが炎を押し出し、大波に対抗する。接触する前に、【源変】の【灯爆】へと変化。薙刀の延長線上に巨大な衝撃を与える〈陽打直穿〉は、眼前に立ちはだかる蛇の腹へ大穴を開けた。

 どこまでも。太陽までも続く勢いで。

 蛇の如く波が一瞬止まる。一時を待って、破裂。

 衝撃で飛ばされた水が雨となって振られる。それも嫌がったジロックが、空へ一振りした。

 刹那。

 横からヨミが姿を現す。


「ふっ」


 両手を振りかぶる。

 完璧に捉えた瞳。

 完璧に構えた体勢。


「〈(もう)(じゃ)(けん)〉」


 蛇のように動く拳がジロックへ向けられた。

 二匹の蛇が牙を剥き出しで迫り来る。

 だが。


「【()(がい)】」


 ジロックには、防御がある。あのライの攻撃を何度も防いだ防御が。

 両手で与えた衝撃は、少し顔が歪む程度に至る。

 軽く舌打ちを挟み、距離を取ったヨミ。

 ただ態度は一変。当てられた部分を手で払うジロックに対して、愉悦の表情を見せた。


「まあ想定内だ」

「そうかよ」

「もう一回行くぞ!」


 ヨミは、馬鹿正直にジロックの下へ。


「無意味だって分からないのか、ヨミ」


 ただ彼には対策技があった。


「〈速牙膚(そくがろ)〉」


 駆ける足を止めずに、素早く拳を突き出してくる。それは奇妙な程に伸び、同時に複数の拳と対峙する感覚をジロックは得た。

 防ぎ切るために思考を回転させる。片腕一本で器用に薙刀を使いこなし、時には【部鎧】を行使して、それをやり過ごす。

 最速の打撃技。大振りのパンチからジャブへと変えて来た。

 ジャブは腰の回転を使わず、腕の瞬発力をもって放つためにダメージは大きくない。

 だが、ヨミにとってはそれでよかった。

 そう。

 触れれば重傷となる源変を使用するヨミによっては。


「クッ――」

「どうした? 動きが遅くなってるぜ」


 頬が、腕が、足が攻撃を掠める。

 目を眇めたジロックを確認して、更に畳み掛けるヨミ。

 元々巡鎧纏の天力消費量を削減するため、ジロックは部鎧を使用している。ライとの一戦で天力を大幅に消費したジロックにとって、全身を守りに割くことは不可能。適所適所に的確なる【部鎧】を施さなければならないのだが。


「疲れてんのか?」

「疲れてるに決まってるだろ!」


 疲労は溜まるばかり。これでは負けも近づいてくるというモノだ。

 防ぎ切った僅かな瞬間に薙刀を投擲、それを一旦の解決策とした。

 ヨミは空へ跳躍し難を逃れる。いや、難は逃れてなどいない。

 その先にはジロックが居るのだから。

 これは紛れもない打開策だった。


「〈(えん)()〉」


 ジロックは、ライにも同じ手法を取った。

 これはライ同様ヨミを認めているほかない。

 やはり、ジロックを追い詰めているという面で見れば、互いは同じ位置にいるだろう。しかし、ジロックの攻撃を受け切れるかの防御面だけで見れば、明らかにライの方が優れている。

 それは確定事項だと、戦ったジロック自身が理解している。

 炎を纏った拳を振るう。


「グハァァ」


 鉄の如く硬い拳で振り下ろされたヨミが呻吟する中、炎の爆破で追い打ちをかける。恐ろしいほどの速さで地面へと叩き付けられ、悲鳴もあげる事さえ出来ない。

 血反吐だけを吐く彼に、ジロックは歩み寄った。


「こんなもんか、ヨミ」


 聴こえてはいる。

 動こうとはしている。


「立てよ、立ち上がれよ!」


 上半身を起こす。

 足を立てる。

 両手両足を使って漸く立ち上がった。


「ウオォォォォォォォォォォ‼︎」

「……最後だ、ヨミ」

「ああ……これで終わりにしよう」


 笑い合う。

 それはまだ少年だったあの頃を思い出すものだ。

 幸せだった、誰もが居たあの頃の。

 取り戻すためとは言わない。

 何のためと聞かれても答えられない。

 これは、少年たちが行う勝負。

 これで決まるは、二人だけが背負った想いの勝敗。

 今はただ公平に。


「〈(めい)(すい)()〉」

「〈(もう)(じゃ)(けん)〉」


 肩から水平に伸びたジロックの腕。辺りを囲む炎の円に沿って【揺灯】がなぞらえた。

 それを発動させまいとヨミが一足先に動いている。溜めている水式を一気に放ち、渾身の一撃とした。

 花火の如く散りゆく炎へ、蛇の如く唸る拳が当てられる。


「やばっ……」


 これには、フルートもライを担いで避難した。


「ハアアアアァァ――‼」

「ウオォォォォォ――‼」


 激甚なる衝撃のぶつかり合いによって空間が歪む。木々が鳴きだし、ついに空が咆哮を放った。

 明確に分かれた真紅と紺碧。

 閑散とした空気が久々に到来する。

 フルートは収めた。

 凄惨な景色に一人。

 立っていたのは、たった一人。

 ジロック・ビテン。

 この戦いの勝者は彼だった。

 力尽きたヨミは、地べたに横たわり、空を仰いでいる。


「悪かったと思ってる。お前の兄の件も、それらに関連する全て件も」


 彼は吐露した。

 平然とする態度は、両者変わりない。


「謝るなよ、お前に非はない」

「いや、俺が悪いよ。家族として責任を取るべきだった。だから首席になってと思ったんだが、このざまだ……心底笑えるぜ」


 思いの丈をぶつけ合おうと互いに歩み寄っている。

 分かり合おうと寄り添っている。

 それが何より二人は嬉しかったのかもしれない。

 今なら、今なら言えるんじゃないかと互いを探り合う必要などなくなった。


「俺を頼ってくれよ!」


 声を荒げてジロックが言う台詞は、ヨミに放ったことのない言葉だ。

 だけど、ヨミの心にも存在した台詞。


「頼れねえよ」

「何で⁉」

「俺は、俺はお前の兄を殺してる!」

「お前じゃねえだろ!」

「俺みたいなもんだろ! 父でも兄でも家族の失態は己の失態だ。責任は通さなくちゃならねえんだ」


 首を振った。

 頭を抱えた。

 ヨミにはヨミなりの信念があり、それらを貫き通そうと努力を見せた。その態度にジロックは納得を現わすことなく。


「なぜそこまで……?」

「ジロックならそうしたろ! 自身の家に誇りをもって行動していただろ! 俺もお前みたいになりたかった……でもそれが出来なかった、お前との力の差をまざまざと思い知らされたよ」


 俯くヨミを眺めて、ジロックは慈悲深い剣幕を仰々しく張り付けた。

 その行動からは、ジロックが日頃からヨミを心配していた事が読み取れる。

 顔を上げろ。

 前を向け。

 そう語りかけるように。


「やっぱり、間違えてるよお前は」

「え……?」

「ヨミは俺を頼るべきだった」

「ジロック……」

「ヨミがどう思っているか知らないけど、」


 これ以上のない満面の笑みでヨミを迎い入れた。それがどれほど喜々するモノだったかは、ヨミを見れば分かるだろう。


「お前は俺の友達だよ。頼ってほしかった。助けてくれって、手を貸してくれって言って欲しかった」


 呆然とする顔には涙が伝う。

 驚愕が遅延し、声はなおざりとなった。

 膝を崩したジロックは、淀んだ言葉を続ける。


「そうしたら、俺ももっと楽だったかもしれない……」


 一人で苦慮するには勿体なかった。そうヨミに訴える。

 地面へ顔を近づけ、雨を降らす。


「俺もヨミを頼りたかった……一緒に流す涙はあったのに、寄り添う事が出来なかった。ごめんな」


 上げられた顔には、懺悔が縋りつく。

 くしゃくしゃな笑顔、そこには思慮続けた過去がある。

 力の抜けた声でヨミも応じる。

 二人はもう耐えきれなかったのだ。


「俺はただ誰も責めたくなかったんだ。父が自業自得だったことも、兄が姉を殺した事も知っている。一人じゃ背負いきれなかった……ごめん、ごめん」


 二人して謝る異質な光景。理解できるのは、この世でたった二人だけだろう。

 ここまでの想いが連なり、出来た行動の答え。

 それは謝罪だ。

 話し合わなかった彼らに待っていたのは、謝罪だ。

 二人の戦いはこうして幕を閉じる。




「俺の宝石を貰ってくれ」


 立ち上がったヨミが、初めに言った言葉。

 対象は、勿論の如くフルート。

 返答は、勿論の如く帰ってこない。

 ライを膝枕したまま彼女が睥睨した事で、決心はついた。

 すぐさま頭を下げてヨミは、詫びをした


「本当にすまなかった」

「まず経緯を説明しろよ」


 呆れるジロックが出した助け船に応じる。


「ああ、君は俺の初恋相手ホルンにそっくりなんだ。ホルンは自分のモノにはならなかった。だから君を……」

「ライとの関係は?」


 まるで己の事が無関心であるかのように話題を変えたフルート。

 少し戸惑ったヨミだったが、ライとの濃い関係性をぺらぺら喋り出した。


「ライとは腐れ縁でな。初対面はシルだった」


 あの時を思い耽る。

 ホルン、カルガ、ライの三人が密かに名を馳せていた頃、ヨミはシルへ来ていた。

 王家に仕える家系出身。それも兄ノースは首席合格を果たし、いち早く活躍していたために、ヨミの事を知らぬ者はほとんどいない状態だった。

 それが仇になった。

 初恋相手のホルンを偶然見かけて、ヨミはすぐさま告白した。絶対なる自身の下、あらゆる言葉をまくし立てて、想いを伝えた。しかし、ホルンはそれに応じなかった。

 ここままでは彼の矜持が許さない。恥をかいたヨミは、ホルンへ悪だくみをしようと計画を練っていた時、ライと出会ったのだ。


「俺がライに『お前はホルンの何なんだよ』と聞いたんだ。そしたら、『自分よりも大事な人だ』とか言うもんだから『それ、告白か?』と俺は返したよ。すると、ライが一言『告白なんて薄っぺらい言葉で括るな!』って言いやがった。俺は何も言い返せなかったさ」


 笑いを誘うように微笑んだヨミは、自嘲しつつ自分を語った。

 フルートの機嫌を窺い、姿勢を正しく直す。


「俺が貴方にしたことは絶対に許されない。許されちゃいけません。だからとは何ですが、俺は謝罪を行動で示します」


 地面に膝と手をついた。

 粛然な面持ちで頭を垂れる。


「本当にすみませんでした」

「俺からも謝らせてください」

「ジロック……」


 ヨミとジロックは土下座で誠意を見せた。


「良いよ、あたしはライが無事ならそれで良いから」


 そう呟くフルートは、ヨミが恋したホルンに酷似していた。

 ライを見詰める瞳なんかもそう。

 やはりそうだよな、と雑に決めつける。

 それは納得であり、諦めでもあった。




 心地良い感触。

 昔、感じた事のある温もりが後頭部に存在した。

 瞼を開けば、無明に身を置くホルンの姿が映る。


「ホルン……?」

「ううん、フルート」


 優しく拒否した彼女が、手で起き上がるのを手伝ってくれる。

 視界を巡らすと、焚火の近くにジロックが座っていた。


「起きたか、ライ」

「来てくれていたんだ」

「まあ、ヨミとの件でちょっとな」


 はぐらかすような素振りを見逃さなかったフルートは、懐疑的な目線を向けた。

 それにジロックは目線を逸らす。


「嘘、ライを助けに来たんだよね?」

「……それもある」


 オレが知らぬ間に彼らの距離が近づいている。その事実に微妙な嬉しさを感じた。

 余裕の会話からもヨミとグロードを倒しきったのだろう。

 やはり強いな、ジロックは。


「ジロック、どうもありがとう」

「良いんだよ、照れくさい」

「じゃあ、あたしも」


 改めたフルートが感謝を述べた相手は、ジロックではなくオレだった。


「ライ、助けに来てくれてありがとう」

「ああ、別に――」

「信じてたよ」


 赤面する頬をフルートは俯き加減で隠す。

 ドキリと鼓動が高鳴る。

 まただ。

 彼女を見ると、胸が熱くなる。

 違うはずなのに。

 ホルンとは別人のはずなのに。

 やはりどうしてもホルンに見える。

 幻想なのだろうか。

 オレが決まってホルンに言っていた言葉を返答として使った。


「お互い様だろ?」

「うんっ!」


 見詰め合った数秒。

 瞳の奥底にある感情を必死に読み取ろうとした。

 彼女が今何を考えているのかを知りたくて。

 互いに顔を近づける。

 フルートは何を思っているのだろう。

 そう気になって。


「俺、居るぞ」

「「あ」」


 ジロックが居る事を忘れていた。

 いつの間にか近づいていた体を離す。


「あ、そうだ。あたし『騎士の剣』を取りにいかないと」

「どこかに置いてきてたんだー」

「そ、そうなんだよー。だから取りに行かないとなー」

「それは行かないとだな」

「うん、じゃあね」

「うん、またね」


 我らの連携によって気まずさを上手く避けた。

 フルートは、ぱっと立ち上がり、そそくさと走っていく。少し距離が空いた後、振り返って手を振ってくるのが何ともホルンらしい。いやフルートらしいか。

 因みにジロックは、少し引いていた。

 僅かな沈黙、話す話題を探すような空気だったため、オレが口火を切った。


「何でオレを助けてくれたんだ?」


 意外にも間髪入れず答える。

 真っ直ぐ、曲げることなく。


「アザーさんなら、お前ならこうしたと思ったから。アザーさんに憧れたように、ライ。俺はお前に憧れたんだ」


 真剣な眼差しでこう告げるもんだから、返す言葉が見つからない。

 こういう時は、感謝でもないだろうし。相槌でもないだろうし。


「だから首席合格するべきはな。お前だよ、ライ」


 喜々する気持ちが嫌な推測により引っ込んだ。手を伸ばした先は、宝石袋。

 その目で確かめた真実は、残念ながら予想通りとなってしまった。


「宝石が多くなってる」

「それはな」

「やっぱりジロックの分も」

「違えよ! それはライが倒した正当な分だ。分けてなんかねえ」

「え?」


 しかし、考えてみればそうだった。

 ジロック戦にてヨミの下っ端三人、ヨミ戦には十人の受験者を【斬風】で仕留めていた。

 それを袋へ入れたのは、ジロックやフルートだろうが。


「その分じゃ首席確定だ、なんせ次席がここに居るんだからな」


 器用に片手を使って、宝石袋の中身を見せてくれる。

 誤差だが、オレの方が確かに多かった。


「それだったら……」

「なってほしいんだ、お前に。今回は甘えてくれ」

「……分かった」


 全てを呑み込んで、朝を待った。

 ジロック・ビテン。

 彼と共に夜明けを。




 学校内。

 先の静けさはどこやら、皆仕事に明け暮れている。

 日の出と同時に橋を開放するため、学校関係者は準備に取り掛かっていた。

 レインもその一人。

 様々な物を学校へと運び終え、橋の往復が無くなった頃。

 レインが物資の確認をしているとポケットから『ゴロロロロロロロ』と音が鳴った。

 感付いたレインは、人気のない門の上に駆け込み、手に取る。

 『声鳴(せいめい)』という名の水晶を。

 闇が【揺灯】にて除かれる中、彼女にとって聴きなれた声が届く。


「もしもし」

『よおよお、ご機嫌麗しゅう氷姫(ひょうひめ)

「そう言うのはやめて、昔みたいにワガママではないから」

『すみませんすみません』


 嫌悪を増した声音で返すが、相手方の適当なる返事にて直してもらえないと分かり、怒りが募る。それら全て押し殺しレインは、要件に入った。


「久しいわね。で、何の用事?」

『いやいや、そっちでは試験だろ。ライはどうかなってな?』

「貴方、ライくんと関係があるってバレたらどうするの?」


 小声からそれまた小声に変えようとし、掠れた声が出る。

 耳に当てる水晶を強く両手で押えて、視線を左右に彷徨わせた。


『バレないバレない』

「もしもって事があるでしょ!」


 楽観的な彼にまたも苛立つ。

 しかし、日の出を眺めた事により思考が試験に移り、何とか収まった。

 ライももうじきか。


『へいへい、でどう?』

「ほんと貴方って人は……」


 嘆息を零す。

 どこか嚙み合わない二人だが、ライの事に関しては違う。

 レインは一点を見詰めて、破顔した。


「ライくんは大丈夫よ」


 橋の前で人影を確認する。

 恐らく二人組だろう。

 肩も貸し合っている。

 一人は赤髪の男。

 もう一人は、すらっとした立ち姿に爽やかな笑顔が特徴の黒髪青年。白き外套が目立つ。

 レインの返答に、ふっ、との吐息が聴こえる。


「だって今、彼の試験は終わったもの」


 彼女が送る視線には、ライとジロックがはっきりと居たのだ。

 体が疼く。

 それを汲み取ったのか、相手方は会話を畳もうとした。


『それなら安心安心。アザーさんとムシャドーさん、あとエディオークのじじい校長に俺は元気だと伝えておいてくれ』

「自分で言えばいいじゃない。まあ伝えておくわよ」

『じゃあな、レイン』

「……ええ、バル」


 少しの躊躇いを残して、名前を放ったレイン。耳から水晶を離すと、急いで階段を降りた。

 不安も過る。

 だが、それ以上に信じていた。

 ライなら必ず首席を取る。

 自分に対する自信と何ら変わりはない。ただ根拠のない自信が過信でないことを祈った。

 学校関係者が束となって集まる中、申し訳なさを捨てて前へと進む。

 人混みを掻き分けた先、満身創痍で歩く二人の姿があった。

 頑張れ、もうすぐだ。

 声に出したい気持ちを堪え、門の前に構えた。

 両手を広げる。

 ライが目線を上げた瞬間、彼との抱擁を交わした。

 これでようやく二人の――、

 試験終了。


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