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第16話 「生きる価値」



 先程見せた決然なる面持ちには闇が翳っていた。もう気付く頃だろう、いやもう分かっているのか。どちらにせよ、彼へ語る日が近い事に変わりはない。

 こういう場面、私は決まって『あの人』を思い耽る。

 貴方ならどうする。貴方ならどうした。

 ねえ。

 胸に置く手に光が零れたのは、水晶の所為。

 対して、一縷の輝きも逃さんと更に手で包み込んだのは、想う気持ちの所為。

 声を届かせる『声鳴(せいめい)』の力を借りさえすればという、馬鹿げた己の妄想に辟易しながらも。

 今、彼女は空を仰いだ。


「レイン」


 面倒くさそうな声など一切向けず、真剣な面持ちで佇むメディオーサにレインは少し身構えた。いつもとは違う。

 動揺を隠そうと、もう一度空に視線を戻して対応する。


「ん? 何。メディオーサ」


 平然を装うのだ。


「ライって【六感外(ろっかんがい)(しき)】の【感覚(かんかく)】を扱えるの?」

「こっちへ来なさい」


 だが、それも一気に壊れ落ちた。

 汗を出す体は、考える前に彼女を人気のない場所へ連れて行く。

 再度周辺に人が居ないか確認し、目を丸くするメディオーサに容赦なく詰め寄った。


「何でそれを⁉」

「何でって言われても戦ってたら嫌でも分かるよ。砂嵐の中でも的確に私の位置を把握してくるし、不意打ちにもちゃんと対応してくるし」

「……確かに。あなたレベルなら分かっても不思議じゃないわよね」


 額に手を当てて溜息を吐いたレインは、懐疑ではなく納得を示す。

 それもそうか。

 考えてみれば分かる事じゃないか。


「まずいわね……」


 目を伏せて独り言を呟くと、眼前の少女は真実だと理解して顔を近づける。

 メディオーサはたった今、自分で口にしたのにも関わらず不信感を抱いていたのだ。


「ホントなの⁉ なら……」


 片目だけ開けたレインの瞳には、悲愴感と無力感を孕んでいた。


「ええ、皮肉よね」


 視界が滲む。

 声が震える。

 ライの顔が映り、何処か遠のいた。


「これじゃ彼は一生報われないわよ」

「だからレインは」

「ええ、私だけはライくんの味方で居続ける。どんな事があろうとも」


 彼のためだけの言葉は空気を揺らし、木々を縫うよう進み、空までも渡った。

 だが、ライの耳に届くことはなく。

 ただひっそりと二人だけの会話に留まる。

 固い決心の裏にはレインの、そう幼少期の過去が関係するとは、メディオーサ共々分かる者はいなかっただろう。

 それが『鍵』だったのだ。




 炎に取り込まれる前に見たジロックの顔は、やはり怒るものだった。

 鼓膜を裂く程の爆音が己を襲う。

 爆風に体を持ってかれ、不格好に地面を転がった。

 端が燃えて消えた白き外套を払い除け、血が垂れる瞼を前へ向けるが、土埃がそれを邪魔する。

 手に風を吹かせて胸へ。【(じゅん)(がい)(てん)】を施しつつ、気配を探った。

 頭が右を指すと同時、火花散る砂埃から人影が露となった。

 薙刀を横に振るジロックが飛び出て来た事に、戦慄を抱く。だがそんな事で待ってくれる訳もなく、迫る刃にオレは刀で応じた。縦にした刀の峰を片方の上腕で押える。

 力に押し負けて尻餅をついた事により、ジロックがオレに被さるよう詰めて来た。

 刀と体の隙間がどんどん縮み、余裕がなくなっていく。


「自覚が足りないのなら教えてやるよ」

「……生憎間に合ってる」


 頬を強烈に蹴られ、樹木に当たるまで横へ飛ばされた。

 身体中が悲鳴を上げている。

 もう心もどうにかなってしまいそうだ。


「本当は知りたいんだろ?」

「クッ……」


 握る手の力がひ弱に。

 闘争心が薄れていくのをひしひしと感じる。

 己の中で葛藤が生じているんだ。

 だが、それを紛らわすようにもう一度、刀を構えた。

 負けるものか。負けて良いはずない。


「〈()(じゅん)〉」


 思い切り踏み込んだ足に風を加えて、彼へ肉薄した。

 隼の如く、ジロックの脇を通り過ぎて、刀で横腹を斬る。

 だが、手ごたえがない。

 舌打ちを零して振り返ると、刀と接触した部分が激しく発光していた。


「【()(がい)】」


 驚いた。

 それは、TR三十以上から使える(じゅん)(がい)(てん)の応用。巡鎧纏にて身体中へ散らしていた(しん)然術(ねんじゅつ)を一か所に集めて、効力を最大限に高める技だ。

 TR三十八のジロックが扱えるのも当然、だが――。


「あまり見た事ないだろ。扱いづらいんだ、【()(がい)】は」


 発動がどうしても遅くなる【部鎧】は、戦場ではあまり好まれない。

 レインやメディオーサ先輩という実力者が好んで使わないのもその所為だ。

 だから、驚いている。


「だが、俺は極めた。んで、瞬間的に発動出来るようになったんだ!」


 ジロックが地面を蹴った。

 炎を灯す拳のその奥が橙色に光っている。【(よう)(とう)】に上塗りされて、今にも爆ぜそうだ。

 この一発を受けてしまったら……。

 両手両足、四ケ所に風は溜まっている。

 惜しみなく使うべきだと判断するに一秒もかからず。


「【風式・改】」


 左手は正面のジロックと距離を空けることを目的に、右足は後方へ退避することを目的に使用した。

 二か所から生み出される突風は、上手く角度が調節されているため、地面と平行して高速移動するに至る。

 少し倒れる姿勢で飛ぶオレは、首を少し落としてジロックの様子を窺った。

 距離は十分離れているはず、と向けた瞳には薙刀が映っていた。

 薙刀を投げたか。

 左肩へ触れる直前に刀で弾いた刹那、眼前に影が。


「気配を感じ取るの忘れているぞ」


 振りかぶった炎の拳をジロックが。


「【(えん)()】」


 地面へ叩き付けるように振り下ろした。

 自身の【巡鎧纏】を諸ともしない強力な衝撃によって体を歪ませる。感じた事のない高熱と腹を貫くほどの威力を受けて、口からは血が零れた。腹に当たる拳と背に当たる地面に挟まれて、骨は正常を保てない。


「グハァッッ――‼」


 一度、降りついた地で跳ねるが、鉄の如く硬い拳から【(げん)(へん)】の【灯爆(とうばく)】が放たれて、止めを刺してくる。その衝撃は地面を割り、大きく凹ませるに至った。

 彼の攻撃によって自身と再会を果たした地面もついには降伏する。

 持続的に続く(ただ)れた皮膚への痛み。勿論、体に自由は効かず、骨が幾本か折れている結果だろう。

 薙刀を掴んで着地したジロックを前に、オレは彼の攻撃力の高さに慄いた。

 火式に風式を纏った御身が泣いている。真然術の違いがここまでの不利を生むとは。

 今分かった。有利なメディオーサと不利なジロック、双方オレが戦う相手としては同格だ。二人の間には明確な実力の差があれど、オレからすればどちらも強敵、どちらも絶望。

 一人で敵う相手ではない。

 そのために、気配を察知して彼との会敵を避けるべきだったのに……。


「常にお前が気配を探っていても、オレは必ず殺しに来ていた」

「気配……まさか、知っていたのか?」


 先程も同じようなことを口にしていた。

 オレの正体を知っているという事は、人の気配を感知するこの能力も知っていて当然。

 オレはこれをあまり知らない、と新たに血が出ている頭へ手を置いた。


「知らなかったさ。だが、俺の任務は宝石を五十個集める事。必然的に強き者と戦う必要があった。そのために北端の村へ立ち寄った時、ライの目撃情報を丁寧に訊いたんだ」


 彼は淀みなく語る。


「逃げるように姿を晦ましたとだけ。それを聞いて最初は別に何とも思わなかった。しかし、メディオーサと戦っている姿を目撃した時、おかしいと思い始めた。お前の戦い方が他を圧倒していたからだ。視覚に頼り切らず、敵の状況を判断して対応する高度な技術を持ち合わせる。その落ち着きようが半端なかった」


 あの時にジロックが立ち会っていたのか。

 確かに、気配を感じる事も多少あったが。


「それからつけて見れば、待ち構えなどに警戒する宝箱へ躊躇なく取りに行き、急な方向転換にて受験者を避け、その逆もしてのけた。もう気配を感じ取っているとしか思えない行動がお前には多々あったんだ」


 オレは何も言えなかった。


「ライ。その能力をな、人はこう呼ぶ。【六感外(ろっかんがい)(しき)感覚(かんかく)】とな」


 初めて聞いた、この能力の名を。

 自然と頭に意識を向けてしまう。


「【六感外識】は、人間の五感の一つを天術の結び合わせて高めた能力。闇式(あんしき)を持つ強き者であることが主な発動条件」


 ジロックは己を吟味するように目線を浴びせてくる。


「そして、聴覚や視覚などの五感以外にもう一つ特殊なものが【六感外識】にはある。それが、【感覚(かんかく)】だ」


 激痛に唸りながらも、上半身を起こす。


「【感覚】は、他とは違いツーレブル家の血族にしか使用できない。ここまで言えば分かるよな?」


 紫の外套を羽織る、憎き奴の顔が思い浮かんだ。

 憎悪と忌避の波が心の中で一気に押し寄せるが、それは奴ともう一人への復讐心によってだ。

 もう一人は、オレ自身。


「クッ……」


 オレは頭を抱えてうずくまった。

 あの時の夢が想起され、頭に急激な痛みが伴ったからだ。

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねしねしねしねしねしねしねしねしねシネシネシネシネシネシネシネシネ……――』

 夢でそう口にしていた人物は、他でもない自分だったと今知る。

 こういう時に思う。

 オレは、


「お前はツーレブル家の一族。つまり、堕天軍(だてんぐん)の英雄殺しハンス・ツーレブルと同じ血族という事だ」


 オレは、何者なんだって。


「やはりそうか……」

「説明しろよ、ライ! ハンスはアザーさんの因縁の敵だとは知ってるよな! ああ⁉ 何とか言えよ」

「記憶がないんだ……知りようがなかったんだ……」

「知りようがなかったでは済まされねぇよ‼ お前が堕天軍との関わりがあるなら……あるならシルだって! お前の所為になるかもしれないだぞ‼」


 分かっていた。おかしいと思っていた。

 まず、オレには闇式(あんしき)が効かない。幾度か堕天軍(だてんぐん)と戦ってきたが、触れたら死ぬと言われる闇式が全くとして効かなかった。(じゅん)(がい)(てん)を習得していなかったオレが、ミスの攻撃を受けて生きている、それが確たる証拠だ。闇式の効果を無効化するには、巡鎧纏または自身が闇式を持つしかない。後者であると考えずとも分かってしまった。

 ハンスの共通点、これも嫌でも見つかった。風式である事、刀を得意としている所、そして相手の気配が読み取れる事。オレがキジさんと逃げているとき、奴は迷いなくオレ達に辿り着いた。これは完全に気配を読み取っている以外では考えられず、気付けば共鳴するようにオレも使用できている。共通点というに相応しい。

 この事を師匠やアザーさんに訊いてもはぐらかすだけ。

 レインは、そのことを隠せ、秘密にしなさいと口酸っぱく言っていた。

 ああ、そうか。そうなのか。オレはハンスと同じ血が通っているのか。

 急な吐き気が催して、地面に額を付けた。それを治すように、紛らわすように、何度も何度も地面に頭突きをした。

 憎い、憎い、憎い。自分が憎い。

 物音が聴こえて目線を上げて見れば、青筋立てるジロックが傲然と立っていた。

 勘違いかもしれないが、彼は先程とは違う所へ怒っているように感じる。


「……許せ、ライ」


 胸倉を掴んだ上腕が掲げられた事で、オレの足は地面を離れる。

 天にまで届くよう、罪人を見せしめながら。

 粛然な眼差しを注ぐ彼は、慈悲深くも己に死を与えようとした。ジロックはオレを救おうとしているだけだ。何も悪くない。

『お前に守られる価値はあるだろうか?』とハンスに言われた言葉を思い出す。

 ホルン、カルガ。ごめんな。

 やっぱりオレは死ぬべきなんだと思う。


「これがお前の運命だ」


 英霊に謝るオレは、ジロックの一撃を無抵抗で受けようとした。

 だが。

『赤の他人はどうなったっていいさ。でも、ライは僕達の家族だ。だから逃げろ』

 とカルガの声が。

『ライは生きて。そして、もしあたし達が死んだら生きた証になって』

 とホルンの声が。

『愛は価値の現れじゃない』『君を煩わせるのが私だけになってほしい』

 とレインの声が脳内で囁かれた。

 ダメだ。

 絶対にダメだ。

 オレは死ぬべきではない。

 ただ持っているだけの刀にもう一度、闘気を込めた。

 戦え。

 ジロックは服から手を離して、オレを宙に浮かせた。

 体勢が整わない今のオレに、薙刀による全力の突きを見せつける。その手には、当然の如く【灯爆(とうばく)】が成されていた。


「〈陽打直穿(ようだちょくせん)〉」


 爆発した勢いで、刃が急激な速度を誇って接近を果たす。

 同時に、下段の状態で刀を両手で構えたオレは、意識を集中させた。

 師匠との修行で編み出した技。絶対なる防御からなる反撃の剣技。

 間に合わない。

 そう思った瞬間、己の剣技が光る。


「〈防零(ぼうれい)()〉」


 右手に残る【風式・改】を使って、斬撃を速めた。下段から逆さに振られた刀が、一目散に薙刀を弾く。師匠の攻撃に比べれば、何ら重くない。

 右下から斜め上へ刀身が移動した今、返した刀で反撃を行う。

 薙刀を持つ彼の右肩を落とすために、振り下ろされた刀。

 バサッ。

 血しぶきが舞うその先には、空へ佇むジロックの右腕があった。

 だが、相手は依然として強敵。

 一筋縄では……いかない。


「これで平等だ!」


 もうすでに右肩へ見切りをつけていた彼は、片方の拳でオレを殴打していたのだ。


「〈(えん)()〉」


 再度、彼の拳を腹へ叩き付けられ、今の景色が見えぬ程先へ飛ばされる。地面ではなく切り立った断崖へ直撃するまで。

 何度も、何度もジロックには火式の理不尽さを思いやられる。

 彼の右腕を落としたからと言って、早々に勝てる相手ではないか。何か作戦を立てなければ。

 そう弱気を吹っ飛ばしたオレが、悶えながらも立ち上がろうとした時。


「あれ、ボロボロじゃねえか」


 聞き覚えのある声が耳へ届いた。

 木々の裏から三人の男が姿現す。

 こいつら、北端の村でいた連中か。


「何事かと来てみれば、お前大したことねえのな」


 グロードが本気を出せば、お前らなんてすぐにやられていただろうに。

 無視だ、ジロックとの戦いに集中しろ。


「フルートもヨミの(かしら)に負けて、捕まってるし。こりゃヨミの頭が首席取るのも近いぜ」

「何だって?」


 なんて言ったこいつ。


「ヨミの頭が首席を取ったも同然だって言ったんだよ」

「違う! フルートが何だって?」


 汗が出る。

 痛みが消える。


「ああ、フルートが頭に負けたんだよ」


 フルートが……ヨミに負けた……だと。

 思考が真っ白に。


「初恋の相手に似てるって理由で捕まえるぜ」

「頭、試験中だと忘れてなきゃいいけどな」


 下品な笑いが空間を支配した。鳥肌が立つほどの寒気にオレは襲われている。

 腹を抱える彼らに自然と足は向かう。

 ああ、やっぱ死ねねえな。

 オレには使命がある。

 燃えてぼろぼろとなった泥だらけの白き外套を握り締めて、オレは刀を強く振った。




 滝のように流れる血を止めるために、欠損部分を少し焼く。

 その痛みに耐える不可抗力で、唇を噛み傷つけてしまう。

 やりやがったな、ライ。

 応急処置を終えた俺は、残った左手で薙刀を持ち、歩みを進めた。


「「ギャァァア‼」」


 ライが飛んで行ったであろう場所の近く。男の悲鳴が鮮明に聴こえた。

 それも何か、亡霊に追いかけられるかのような、得体のしれないモノへ向ける恐怖の悲鳴。

 駆けて俺が見たのは、まさに凄惨な景色だった。


「ライ……」


 振り向いた彼の羽織る外套が少し赤く染まっている。目を逸らす事に抵抗を覚えながら、ライの足元を覗けば、男三人が切傷を向けて倒れていた。

 あの恰好、もしかして北端の村にいた者たちか。


「どいてくれ。オレには助けるべき人がいる」


 殺伐な雰囲気を纏う彼に後ずさりした己へ、怒りは込み上げてこなかった。

 戦慄するに相応の剣幕だったからだ。

 だが、俺は彼へ立ち塞がらなければならない。


「お前がこれからどれだけの人を助けようと、失った人の罪滅ぼしになりはしないぞ。お前はここで死んで、人生を無価値で終えるべきだ」

「人生の価値は生きた長さだけでは決まらない。相手に決めてもらうものでもない。若くして死んだ者を侮辱するな」


 静かに激昂したその言動によって、俺が向ける薙刀は小さく揺れた。

 ライ、お前の言っている事は確かにただし――。


「だが、ジロック。お前の言っている事は正しいよ。英雄殺しと血が繋がっているオレは、どんな言葉を並べようとも死ぬべき人間の一人だろう」

「じゃあ――」

「でも、助けられたこの命を無駄にはしたくない」

「だから、助けた人はお前の所為で死んだかもしれないんだぞ! お前は死んで詫びるべきなんだ‼」


 自分の思考を否定したくて、認めたくなくて、強く吐いた言葉。

 視線の先、彼は静謐に口を開いた。


「――死んで詫びれる程、人の人生軽くねえよ」


 クッソ。

 だから嫌いなんだよ。


「それにオレが普通の死など生易しすぎる。オレはもっと地獄を見るべきだ。戦って、闘って、人を助けて、人を庇って、地獄に足を突っ込んだその後に死ぬべきだ」


 お前の事が。


「だから来い、どちらかが倒れるまで戦おう。戦って答えをぶつけ合おう」


 気付けば、足を前へ出していた。

 懸命に薙刀を振るうが、刀で往なされる。稽古をするように焦りも見せず。

 こいつは先程とは違う、注意深く対応していけ。

 ライが強く足を踏み込んだ。

 来る。


「〈()(じゅん)〉」

「【()(がい)】」


 刀身が当たる際に、【巡鎧纏】を一か所に固めた。


「分かりやすいんだよ」


 と後方へ振り向いた瞬間、彼は笑っていた。


「〈夜断(やだん)(へい)(せん)〉」


 鞘へ納められた刀が今、眼光鋭く睨み返す。

 抜刀術か、対応しきれない。

 脈打つ心拍が上がり、体は避難を求めた。

 刀から放たれるは飛ぶ斬撃。俺は【部鎧】で受け止めるが、その痕にどろりと血が垂れる。

 しかし、ライも驚愕して見せたのは、二本足で受け切ったからだろう。

 負けて堪るかよ。


「【灯爆(とうばく)】」


 ライは後方へ跳躍して、難なく避けた。

 だが、それを俺は予期している。

 戸惑いなく肉薄した。

 風式の奴は、時々有り得ないほどの突風を起こす。それも【源変】でなく通常の風式で。脅威という他ないが、そのカラクリを俺は理解してしまった。

 それは、変則的な突風を使用するには酷く時間を要するという事。

 反撃の技、抜刀術、多くの場面で使われた件を今は扱う事が出来ない。

 好機はここにある。


「〈陽打直穿(ようだちょくせん)〉」


 と言い放ったと同時に、目を疑った。

 ライがもう一度、抜刀術の準備をしていたからだ。

 嘘だろ。俺の推測に狂いはないはずだ。

 だが、ここで食らえば負けは濃厚になる。


「〈夜断(やだん)(へい)(せん)〉」


 上腕を【部鎧】で固めて防御の姿勢を空中で取った。

 しかし、斬撃が来る事無く。

 彼はまた笑っていた。


「騙したな!」


 自分が嫌いになる。

 自分が情けなくなる。

 羨ましいよ。

 アザーさんの傍にいるお前が羨ましくて仕方ない。

 その才能も。全てを羨望の眼差しで見据えてしまう。

 だけど、ここで折れてしまっては、もう戦えない気がするから。


「俺は受け入れねえぞ‼」


 薙刀を突く。

 その先の答えは知っていた。

 もう彼は体現している。彼がすでに露にしている。


「全て受け入れてこそ強き者だ」


 抜刀した刀は、いつの間にかライの頭上にある。

 上段の構えで繰り出すその技を俺は、見たことがない。

 しかし、【(よう)(とう)】を施す姿が瞳に映った時、予想だけは出来た。

 だってライは、


「【(げん)(へん)】――【斬風(ざんふう)】」


 ハンスと同じ血を受け継いでいるのだから。

 激甚なるその斬撃を縦に食らい、俺は正々堂々と負けを認めた。

 白き外套を靡かせて、踵を返したライに重ねてしまう。あの時に出会ったアザーさんに。


「……死んだ方が楽だろ」

「さっきも――」

「顔に出ていた……お前、一度。自分で死のうとしたな?」


 柔和な微笑みに安堵が充満した。


「オレの命はもうオレだけのものではないんだ。愛した人の生きた証を深く刻んでいる」


 空を仰ぐその瞳には、一人の少女が浮かんでいる。


「そんなオレが多くの人に生きた証を刻む事が出来れば、」


 その彼女が笑っていれば、それでいいのだと言うかのように。


「火花くらいちっぽけな恩返しにはなるだろ?」


 すとん、と腑に落ちてしまった。

 だから嫌いなんだよ。

 お前の事が。そして俺の事が。

 ごめんなさい。

 視界は滲む。

 ライ、お前には確かにあるよ――、

 生きる価値。


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