表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/23

第14話 「裏切り」


 地に降りつくメディオーサは、不満を露にした様子で睨む。

 その手には、蒼く光る【揺灯(ようとう)】がある。


「ずるっ」


 口を尖らせて、可愛げのある言い方で、憎たらしく。

 それに気を止めないホルン似の少女は、オレを見つめた。


「大丈夫?」

「ああ……」


 彼女を直視できるはずもなく、今は剣が刺さった足の甲へと目線を向ける。しかし、膝を付いた彼女は、手当てしようと優しい目で傷を覗く。


「大丈夫じゃないよ、これ」


 ちょっと待って、と呟き自らの服へ手を伸ばした。その優しさに気付いてしまったオレは、躊躇なく剣を引き抜く。

 頬へ飛び散る血、前を見れない自分。

 激痛が走る中で、思う気持ちを剣に乗せ投げ捨てた。


「抜いちゃダメだよ‼ 傷が開いちゃう!」

「これくらい平気だ」

「我慢しなくてもいいの」


 強がった自分を宥めるように。

 服の腹の周辺部分を破った彼女は、動かないでよと一言。包帯の代用として巻いてくれた。

 白い布が血へ染まっていく。

 己の気持ちまでも、そうしてしまいそう。


「君、ライだよね」

「なんでオレの名前を?」

「ちょっとした有名人なんだよ? 君」

「……そうなのか」

「あたしフルート。よろしくね」


 差し伸べられた手に少し躊躇して、やはり取り合った。感謝ではなく、よろしくと返答した後悔を残しながら。

 立ち上がったオレを心配するようグロードは一瞥する。


「ライ、僕はキモ骸骨を相手する。いいか?」

「あたしも参戦するよ、三人で倒そう」

「よろしく頼む」


 三人が肩を並べる。

 受験者の中でも最強に近い布陣だろう。

 だからこそ、勝たないといけない。

 受験者のTRの中で二番、三番、五番が揃っているこの状況で負けたのなら、誰が彼女に勝てる。

 足の痛みに悶えながらも、【風式・改】を各所に溜める。

 だが、まあ負ける気はしない。

 なぜなら、と茶髪を視界の端で収めるのだった。


「ああ、ダルっ」


 メディオーサが拳を握り潰し、蒼き【揺灯】を増長させたのは、オレらを危険視したからだろう。

 蒼き揺らぎから骸骨騎士が形成された。そして骸骨騎士は、自分とは別の剣を主人に渡す。

 またもや、戦いの舞台が出来上がる。


「だけど飽きないね。【源変(げんへん)】――【砂塵(さじん)】」


 手をこちらに向けたメディオーサは、【土式】と【揺灯】を同時に発生させた。

 渦巻く砂は、我らを取り囲んで目を晦ませる。

 足音が分散したのは、メディオーサと骸骨騎士が二方向に分かれたからだろう。

 フルートとグロードが後退るのも無理はない。


「フルート」

「うん」

「「【風式】」」


 声だけで連携を取った我らは、同時に風を送り、正面の嵐を晴らした。

 だが、それで対処できる程甘くはない。視界には敵の姿が映らず、頭に頼った末に。

 気配は、真横を指し示す。

 負傷者を先に狙うのは真っ当な判断だ。

 一瞬の隙を捉えたメディオーサは、オレに向かって剣を振るう。その決然とした太刀筋に、冷や汗は伝う。

 足の流血などに恐れず、彼女の剣と交じり合うよう刀で受け止めた。

 顔が近づく、挑戦的な色を現わすその眼。

 後ろから骸骨騎士が接近していたが、グロードの蹴りで距離は引き離れた。

 フルートは、援護をこちらに絞り、手を向ける。


「【源変】――【冷風】」


 すぐさま察知したメディオーサは後方に跳躍、追尾する冷涼な風を地面から出現させた【土式】で守って見せる。

 仕切り直された二対一の構図。

 左足の力が抜けるのを加味して、刀を杖代わりに扱う。

 その行為に憂いを見せたフルートへ、オレは大きく頷いて返した。

 戦闘への思考が最優先であるにも関わらず、慣れないなと視線を横に流す。

 やはり別人とは思えない。本人ですと言われた方がまだ現実味のある話だ。

 酷似した外見に好感と悲痛を抱く。気が散って戦闘、ましてや試験どころではない。

 フルートが来たことにより、弱くなったんじゃないかとそう思ってしまう程に、オレは内心動揺していた。

 張り付いた氷を侮蔑するよう踏み潰し、メディオーサは間合いを近づける。


「めんどいから二人同時に、」


 手の甲を下にし、指の付け根から上下に起き上がるよう動かした彼女は、我らをこちらへ招いた。

 それは、


「かかってこい」


 明らかなる挑発に異ならなかった。

 鼻で笑うフルートは、胸をどんっと殴った。左から爽やかな風を感じて、【巡鎧纏(じゅんがいてん)】の完了を知る。


「言われなくても。よっし、いくよ!」

「ああ」


 剣に砂を纏わせる彼女の下へ、二人は駆けた。

 己とは対照的に元気溌剌なフルートが先制攻撃を仕掛ける。【風式】を纏った拳がメディオーサへ向け放たれた。

 メディオーサは平然と。

 しかし、周辺の砂は愕然と。

 鈍い音を奏でた彼女の拳は、意志を持つよう動いた砂の壁によって阻まれる。

 二人は砂の壁を介しているために、相手の動きに予想が付かない。

 いやそれはフルートだけだ。

 痛む足を無視して、駆ける足を速めた。

 キィィィーーーン。

 何度も聞き及んだ音。

 フルートに割って入ったオレは、砂の壁をも切り裂くメディオーサの剣を往なした。

 師匠から磨かれた完璧なる防御は、遺憾なく発揮している。


「またぁ⁉」


 鍔迫り合いの状態に辟易する彼女から蹴りを食らい、後ろのフルートを巻き込んで飛ばされる。

 オレは刀を地面に刺して、フルートは理に抗い木へ垂直に立って。

 もう一度、彼女へ距離を詰めた。

 強い相手には、何度も、何度も、何度も。立ち向かうしかない。

 それが勝利への道。

 フルートは、空高く飛び上がった。それに準じて、オレはメディオーサに振りかかる。

 彼女を取り巻く砂に動きがあった、またもや壁を作って攻撃を凌ぐつもりだろう。しかし、そう幾度も同じ手には嵌まらない。

 右手にまだある。


「【風式・改】」


 片手で突風を起こしたオレは、何の邪魔もなくメディオーサに太刀を仕掛ける事を可能とした。

 見開いた目で剣を構え直したメディオーサ。一旦、彼女は受け身の選択を取ったようだが、それにも対処済みだ。

 真上には、フルートがいる。


「【源変】――【冷風】」


 舌打ちをした彼女は、一歩下がり、膨らむ胸に手を置いた。

 今したところで何になるか。

 刀が彼女へと向かう。


「だるいな……」


 そう呟きつつ。


「【巡鎧纏】」


 その作用でか、衝撃でか、刀が止まった気がした。

 言葉が聴こえると同時に、オレは頭を掴まれ、地面に叩き付けられる。

 刀身よりも、自身の反応よりも速く。

 脳が震え、意識が飛びかける。

 幸いにも、彼女の源変が発動した事によって砂が体に当たり、その痛みと衝撃で保つことが出来た。

 頭を振りつつ、仰向けの状態から立ち上がろうとする。

 朦朧とする中で必死に瞼を開けるが、その先の光景を見て、いっそ閉じたくなった。

 あの一瞬で。

 砂嵐が晴れた先。凍結する砂が見られる先。

 メディオーサがフルートの腹を踏みつけ、剣先を喉元に突き立てていた。

 これが、TR四十一の巡鎧纏。


「無理なんだって」

「そんなこと……」

「いや、無理なの。君たちはせいぜいTR二十前後。私は四十一。TRが十程の差がある相手には、二人でようやく戦いになると言われる中で。君たちはどう?」

「……」

「試験を辞退してくれるんなら痛い目には会わせないけど」


 苦悶の表情を一瞬浮かべて、その後ふと笑ったフルートは。


「それじゃ夢に近づけない」


 甘言に見向きもしなかった。むしろ唾棄したような目で見つめ直す彼女には、思う事があったのだろう。困った人を助けるのが英雄と言っていたフルートにとって、逃げなど許さない。困っている人を見捨てないように、戦いに対して諦める事など選択肢にすらないのかもしれない。


「けど、それが誰かの英雄になれるのなら喜んでする」


 淀みなく続けられるは、予想外の言葉。

 粛然な物言いに、紛れたのは『自己犠牲』だった。

 愚直に他人を想う彼女に、重なる面影。

 どこをどう見ても。


「ホルンじゃないか……」


 離していた刀を拾い上げて、【風式】を溜める。

 それはオレも一緒のはずだろ、ライ。

 二人のためならと戦おうとしたはずじゃないか。

 結果的に助けられなかったとしても。


「あたしが辞退したら、二人を見逃して欲しい」

「貴方に何の得が?」

「助けるに損得はいらないよ」

「そう、まあ無理だね。見逃せない」

「そっか。じゃあ辞退しない」

「それは残念だ」


 メディオーサは剣を振り上げた。

 上から下へ。


「カッコいいじゃん」


 その声と共にメディオーサへナイフが投げられた。間一髪弾いたが、甲高い音ではなく崩れるそんな音。 

 【土式】で作られたナイフがメディオーサの剣によって崩壊するが、のち内へ秘めた光が露になる。


「【(げん)(へん)】――【土爆(どばく)】」


 土から発生した爆発が顔に直撃し、黒煙を伴いながら吹っ飛ばされた。

 走る音と近寄る気配を感じる。

 彼はそう。


「グロード!」

「ごめん、キモ骸骨を倒すのに時間がかかった」

「ありがとね」

「ああ、良いよ全然」


 首に垂れる血を拭うフルートは、煙で姿の見えぬメディオーサに注視しつつ、礼を言う。それを聞き流す程度のグロードが、再び【土式】でナイフを両手に作り出した。


「やってくれるじゃん」


 黒煙が荒れ狂い、砂嵐と変わり果てる。空まで届く渦は、彼女が歩み寄る間にも段々と強まっていく。

 長い黒髪を靡くメディオーサは、少し怒り含んだ顔を綻ばせる。

 蒼き揺らぎの残滓が使いの骸骨騎士を連れて。


「レイン以来ね、本気を出すのは」


 【源変】の【砂塵】が我らを取り囲む程に大規模へ変動。

 オレは目を守るため、腕で覆った。

 常に浴びて来た【砂塵】とは訳が違う。

 言葉だけではない、彼女の本気をひしひしと感じる。

 ならば。


「二人ともオレに時間をくれ」


 刀を鞘に納める。

 右手をもう片方の手で掴み、風を送った。【風式・改】を右手に。

 相手が本気なら奥義で迎え撃つ。


「うん、分かったよ」

「お安い御用だ。【源変】――【土爆】」


 小さく球体になった【土爆】が、地面へ複数投げられる。

 フルートの【風式】が合図となったか、砂を蹴散らして爆破した。

 衝撃をものともせず、突っ切る骸骨騎士をグロードが応戦。身体の綻びを無視するのは、流石感情のない使いと言った所か。

 誘うようにグロードが一歩引く。

 そして、準備された【冷風】をフルートが放ち、身動きを封じた。

 グロードが再び前へ。


「〈(かい)無攻(むこう)〉」


 【土爆】で作り上げたナイフにて一突き。

 真夜中に土が光り、爆発。骸骨騎士は、激甚なる攻撃を二本足で立って見せ、自身の矜持を保った。黒煙が漂う腹に穴を空けつつも。

 倒れる骸骨騎士を視界に収めて、理解する。

 やはり、メディオーサの天力は底を尽きかけている。

 使いを召喚する【宿類(しゅくるい)】もとい【揺灯付加術(ようとうふかじゅつ)】は多大なる天力が消費される。そんな術を何度も使えば、メディオーサでも限界は近づいてくる。

 再び召喚する予兆もない。

 完全に追い込んだ。

 オレの奥義で――いや。

 なぜ、不利だと分かっていも姿を見せない。

 訝しく感じて、気配を探れば。

 奥にまだ少し巻かれてる砂へ視線を移した。

 メディオーサ先輩は、一歩も動いていない。いったい何をする気だ?


 良好な視界。

 そこに一人の少女。

 ただ上段に剣を構えるだけ。

 砂を纏わせて。


「逃げろッ‼」


 オレは本能で叫んだ。

 周辺の【砂塵】が剣へと収束していく。

 彼女の瞳が対象を捉えた時、その場にただ砂が舞った。

 フルートとグロードが警戒を示すが、


「もう遅い」


 言葉はあとに。

 視覚は、メディオーサがフルートの前へ瞬時に現れた事を知らせる。

 上げた両手のその先で剣が嗤うように輝いた。


「〈荒駆砂失(アレキサンドロス)〉」


 下へ降ろされた剣がフルートの体を切り裂いた。

 為す術もない。

 目線は動く。

 グロードが次の番自分だと悟り、ナイフを作り上げる。

 刹那、真横に砂が。

 一瞬にして移動したメディオーサは、剣を通過するよう斬った。

 無抵抗で彼は倒れる。


 砂が空から降ってくる。

 傍からはそう見えるだけかもしれない。

 それ程に速い。

 尋常のない速度で距離を詰めるメディオーサ。

 立つ者のはたった二人、つまり仕留められるのはオレだけ。

 あれは【巡鎧纏】に【砂塵】を組み合わせた剣技だ。

 距離が縮まる中で、刀の宥めた。

 まだ。

 まだまだ。

 まだまだまだ。


 ――今。


 互いの距離は四歩、まさに己の間合い。

 巡鎧纏で身体能力を高め、これまでに鍛え上げた剣技抜刀術を【風式・改】で速めた最高度の技。

 受けて見ろ、これがオレの奥義だ。


「〈夜断(やだん)(へい)(せん)〉」


 突風で速まる白刃は、鞘から無駄なく抜かれ、一直線に彼女へ向かった。

 砂を放つ剣を迎え撃つように。

 結果、交じり合う事なく刀はメディオーサの腹を断ち切る。

 驚愕と愉悦を浮かべて彼女は、己の斬撃を受け入れた。

 師匠の〈白夜〉には遠く及ばないだろう。

 だが、憎きハンスの【斬風】の威力とは匹敵するのだと、眼前の景色を見て思う。

 そう、大半の木が切り裂かれた景色を見て。

 もっとも【斬風】も奴にとってしてみれば、素振りと何ら変わりない事かもしれないが。




 〈夜断平線〉によって飛ばされたメディオーサを余所にオレは、二人へと駆け寄る。

 血だまりが広がる中で、意識がある事に安堵の息を零した。


「……ライ、やったね」

「無事か、フルート」

「なんとか……」

「僕の心配はないのか?」

「グロードも良くやってくれた、ありがとう」


 横たわる彼らに感謝を述べる。

 頷くフルートだったが、傷に触り苦悶の表情を浮かべた。

 これからどうするべきか。

 頭へ問いかけても反応がないため、受験者は周辺にいないと思われる。

 二人の手当てを行いたいが、オレも生憎足を痛めているからな。果たして一人で出来るのかと考えた時。

 遠くから細い消えかけの声が聴こえる。


「レインとこの子、来て」


 この声は、メディオーサ。

 まだ意識があったのか。


「どうするの?」

「行ってくるよ」


 草木を掻き分け、自身の気配を頼りに進む。警戒を怠らず、刀を握る手に自然と力が籠った。流石の彼女でも致命傷は避けられなかったはずだ。

 意識を飛ばすか、最悪拘束するか。どっちにしろ放っておく事は出来ない。

 血が付着した木を前に、視線を巡らす。

 そこには、樹木にもたれ掛かるメディオーサの姿があった。


「やっと……来た」

「手荒な真似はしたく――」

「近くに来て、治療するから」


 オレの言葉を遮った挙句、手招いて接近を申し込んできた。

 そんな手に乗る訳ないだろう。


「ほんと似てるね、二人」

「え? 誰に」

「ダルっ、もういいから早く来て」


 呆れた顔を見せる彼女に裏がないように思えた。覚悟を決めてメディオーサの下へ。


「左足」


 簡潔な物言いに従順と差し出してしまう自分。

 何か危害を加えるんじゃないか、足を切り裂くんじゃないか、と危惧する思考も多少頭を過ったが。


「私、そんなに信頼ないの?」

「え、いや……ごめんなさい」


 それが顔に出ていたらしく、落胆する彼女へなぜか謝ってしまった。


「いいよ、どうせ私は嫌われ者なんだから」


 酷く他人を突き放したその言動には、依然とはまた違う、己には知らない想いが秘められていると感じた。

 左足に手を向けたメディオーサは、【揺灯】を出して白き色を緑へと変えた。

 これは、まさか。


「【(せん)(ふく)】⁉」

「そう」


 モナさんが所持していた【(よう)(とう)付加術(ふかじゅつ)】の一種。身体を復元させる効果を持つ。

 それを使いオレは今、左足の治療を行ってもらっている。

 だが、疑問が頭に残った。


「でも、先輩は【宿類】を扱っている」

「うん」

「おかしくないですか?」

「なんで?」


 透き通った瞳に見定められたオレは少し気圧される。


「普通【揺灯付加術】は【真然術】と同じで四種類の中一つしか使用できない。それも遺伝や天の導きによって自分が決める事なく」

「そうだね」

「でも、メディオーサ先輩は【揺灯付加術】である【宿類】を扱いながらも、今【戦復】を行使している」

「うん」

「二つ扱えるという人をオレはまだ聞いたことがないです。つまりは」

「つまりは」

「先輩は天才だ!」


 がくっと頭を落とした先輩は、期待から外れたような反応を取る。それでいて、嬉しそうな救われたような笑顔と共に。


「ウケる」

「なんで笑うんですか」

「いやあんまりにも変な事言うから」

「変な事って」


 緑の揺らぎが足の甲へ降り注ぎ、流血と痛みを緩和する。次第に通常の状態へと戻った。


「はいっ、治ったよ」

「ありがとうございます」

「それで私を二人の下へ連れてって」

「まず先輩の傷が」

「いいの、そこまでの天力は残ってないから」


 真っ直ぐ見据えた彼女の真剣な眼差しに負けたオレは、分かりましたよ、と返して背を向ける。


「おんぶしますから」

「ん、ありがと」


 最後にかけて小さくなる声には、照れが隠れていた。

 照れるなんて可愛いですねと言った途端、頭を殴られたのは内緒の話。

 先輩を担ぎ、暗い森を歩く。

 今なら良いだろう。

 誰にも顔を見られない今なら。

 歯を噛み締めて喜びを体現した。勝利に酔うように。




 オレが戻った時、二人は驚いた様子だったが、自身の足の甲を見てすぐに先輩を受け入れた。先輩の【戦復】は、彼らの傷をいとも容易く治しきった。

 興奮した面持ちで飛び上がるフルートを余所に、グロードは先輩に興味を示しているようだった。


「それじゃ任務で必要な物を渡そうか」


 ちょこんと座るメディオーサは、傷口に応急処置を施しつつ、そう言い張る。

 すっかり忘れていた。


「何それ」

「先輩が戦う前にそう言ったんだよ」


 フルートが疑問を呈すのも無理はない。これはルールでは言われていないのだから。

 つまり、学校側の仕込みなのか、はたまた彼女の独断なのか。

 オレは正直期待していなかった。


「へー、あたしの任務は『騎士の剣』だから関係ないかも」

「「え?」」


 グロードと共にオレは一驚を喫する。

 任務内容が被るとは予想だにしない結果だ。


「それならあるよ、そこに」


 先輩が指差す先に赤く染められた剣がある。

 視界の端グロードが頷いているため、元から知っていたのだろう。

 あれは、先輩が最初に持っていた剣。

 つまるところ。


「ライを刺した剣がそうだったの?」

「そうだよ」

「やったー、任務成功だ!」


 視線を感じたが、無視してフルートの喜ぶ姿を見詰めた。

 これで良いんだ。


「君は?」

「ダリアの花のネックレス、です」

「あ、これね」


 首にかけられたネックレスを外して、グロードの掌に乗せる。綺麗な赤色のダリアは、見る者を圧倒する程に華麗だ。


「最後は、ライ」

「オレは……北端の村から南端の村まで行き来する、でした」

「そう、私がどうこう出来る物じゃないってことね」

「……はい」


 冷たい視線、本当にいいのかと問いかける眼差し。

 自分に疑いを持ちたくなくて、全ての事象から離す。


「じゃあ僕はこの辺で、ありがとな」

「あたしも移動する、バイバイ」


 あくまで我らは受験者であり、敵同士。馴れ合いなど必要ない。

 必要ないのだが。


「あ、伝え忘れてた。ライ、ありがとね」

「ああ、こちらこそありがとう」


 屈託のない笑顔。

 胸が熱くなる。

 感謝の声が何とも心地良く、それが闇へ溶けるのを厭ってしまう程に。

 ああ、フルートに重ねる影はもう居ないのに。


「その優しさに何の意味があるの」


 そう先輩に問われた。

 『騎士の剣』の事だろう。


「意味ですか……」


 数秒の沈黙。

 フルートの背を眺める。


「これは戒めなんです」


 ホルンと酷似しているから、そんな理由で優しくされてもフルートは堪ったものじゃないだろう。そんな事分かってる。

 でも、もう彼女を普通の受験者とは見られない。

 今更、他人だから、本人ではないからと言って貶す事は出来ないんだ。

 ああ、まだ悩むのか。

 いっその事勝利に酔ってしまいたかった。

 この行為に甘えても、過去の過ちを正す事など不可能なのに。

 でも、だからこそ。


「過去に過ちを犯した自分への復讐とも言えましょうか」


 そう。

 これは、己への復讐。

 これは、己への試練。

 これは、己への――、

 裏切り。


随分遅い更新になりました。これからは三日更新になっていくと思います。

そして、評価してくださった方々本当にありがとうございます。皆さまのおかげあって日間ランキングへ載る事が出来ました。嬉しい限りです。

どうか、これからもライが歩む物語を見届けてやってください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ