第14話 「裏切り」
地に降りつくメディオーサは、不満を露にした様子で睨む。
その手には、蒼く光る【揺灯】がある。
「ずるっ」
口を尖らせて、可愛げのある言い方で、憎たらしく。
それに気を止めないホルン似の少女は、オレを見つめた。
「大丈夫?」
「ああ……」
彼女を直視できるはずもなく、今は剣が刺さった足の甲へと目線を向ける。しかし、膝を付いた彼女は、手当てしようと優しい目で傷を覗く。
「大丈夫じゃないよ、これ」
ちょっと待って、と呟き自らの服へ手を伸ばした。その優しさに気付いてしまったオレは、躊躇なく剣を引き抜く。
頬へ飛び散る血、前を見れない自分。
激痛が走る中で、思う気持ちを剣に乗せ投げ捨てた。
「抜いちゃダメだよ‼ 傷が開いちゃう!」
「これくらい平気だ」
「我慢しなくてもいいの」
強がった自分を宥めるように。
服の腹の周辺部分を破った彼女は、動かないでよと一言。包帯の代用として巻いてくれた。
白い布が血へ染まっていく。
己の気持ちまでも、そうしてしまいそう。
「君、ライだよね」
「なんでオレの名前を?」
「ちょっとした有名人なんだよ? 君」
「……そうなのか」
「あたしフルート。よろしくね」
差し伸べられた手に少し躊躇して、やはり取り合った。感謝ではなく、よろしくと返答した後悔を残しながら。
立ち上がったオレを心配するようグロードは一瞥する。
「ライ、僕はキモ骸骨を相手する。いいか?」
「あたしも参戦するよ、三人で倒そう」
「よろしく頼む」
三人が肩を並べる。
受験者の中でも最強に近い布陣だろう。
だからこそ、勝たないといけない。
受験者のTRの中で二番、三番、五番が揃っているこの状況で負けたのなら、誰が彼女に勝てる。
足の痛みに悶えながらも、【風式・改】を各所に溜める。
だが、まあ負ける気はしない。
なぜなら、と茶髪を視界の端で収めるのだった。
「ああ、ダルっ」
メディオーサが拳を握り潰し、蒼き【揺灯】を増長させたのは、オレらを危険視したからだろう。
蒼き揺らぎから骸骨騎士が形成された。そして骸骨騎士は、自分とは別の剣を主人に渡す。
またもや、戦いの舞台が出来上がる。
「だけど飽きないね。【源変】――【砂塵】」
手をこちらに向けたメディオーサは、【土式】と【揺灯】を同時に発生させた。
渦巻く砂は、我らを取り囲んで目を晦ませる。
足音が分散したのは、メディオーサと骸骨騎士が二方向に分かれたからだろう。
フルートとグロードが後退るのも無理はない。
「フルート」
「うん」
「「【風式】」」
声だけで連携を取った我らは、同時に風を送り、正面の嵐を晴らした。
だが、それで対処できる程甘くはない。視界には敵の姿が映らず、頭に頼った末に。
気配は、真横を指し示す。
負傷者を先に狙うのは真っ当な判断だ。
一瞬の隙を捉えたメディオーサは、オレに向かって剣を振るう。その決然とした太刀筋に、冷や汗は伝う。
足の流血などに恐れず、彼女の剣と交じり合うよう刀で受け止めた。
顔が近づく、挑戦的な色を現わすその眼。
後ろから骸骨騎士が接近していたが、グロードの蹴りで距離は引き離れた。
フルートは、援護をこちらに絞り、手を向ける。
「【源変】――【冷風】」
すぐさま察知したメディオーサは後方に跳躍、追尾する冷涼な風を地面から出現させた【土式】で守って見せる。
仕切り直された二対一の構図。
左足の力が抜けるのを加味して、刀を杖代わりに扱う。
その行為に憂いを見せたフルートへ、オレは大きく頷いて返した。
戦闘への思考が最優先であるにも関わらず、慣れないなと視線を横に流す。
やはり別人とは思えない。本人ですと言われた方がまだ現実味のある話だ。
酷似した外見に好感と悲痛を抱く。気が散って戦闘、ましてや試験どころではない。
フルートが来たことにより、弱くなったんじゃないかとそう思ってしまう程に、オレは内心動揺していた。
張り付いた氷を侮蔑するよう踏み潰し、メディオーサは間合いを近づける。
「めんどいから二人同時に、」
手の甲を下にし、指の付け根から上下に起き上がるよう動かした彼女は、我らをこちらへ招いた。
それは、
「かかってこい」
明らかなる挑発に異ならなかった。
鼻で笑うフルートは、胸をどんっと殴った。左から爽やかな風を感じて、【巡鎧纏】の完了を知る。
「言われなくても。よっし、いくよ!」
「ああ」
剣に砂を纏わせる彼女の下へ、二人は駆けた。
己とは対照的に元気溌剌なフルートが先制攻撃を仕掛ける。【風式】を纏った拳がメディオーサへ向け放たれた。
メディオーサは平然と。
しかし、周辺の砂は愕然と。
鈍い音を奏でた彼女の拳は、意志を持つよう動いた砂の壁によって阻まれる。
二人は砂の壁を介しているために、相手の動きに予想が付かない。
いやそれはフルートだけだ。
痛む足を無視して、駆ける足を速めた。
キィィィーーーン。
何度も聞き及んだ音。
フルートに割って入ったオレは、砂の壁をも切り裂くメディオーサの剣を往なした。
師匠から磨かれた完璧なる防御は、遺憾なく発揮している。
「またぁ⁉」
鍔迫り合いの状態に辟易する彼女から蹴りを食らい、後ろのフルートを巻き込んで飛ばされる。
オレは刀を地面に刺して、フルートは理に抗い木へ垂直に立って。
もう一度、彼女へ距離を詰めた。
強い相手には、何度も、何度も、何度も。立ち向かうしかない。
それが勝利への道。
フルートは、空高く飛び上がった。それに準じて、オレはメディオーサに振りかかる。
彼女を取り巻く砂に動きがあった、またもや壁を作って攻撃を凌ぐつもりだろう。しかし、そう幾度も同じ手には嵌まらない。
右手にまだある。
「【風式・改】」
片手で突風を起こしたオレは、何の邪魔もなくメディオーサに太刀を仕掛ける事を可能とした。
見開いた目で剣を構え直したメディオーサ。一旦、彼女は受け身の選択を取ったようだが、それにも対処済みだ。
真上には、フルートがいる。
「【源変】――【冷風】」
舌打ちをした彼女は、一歩下がり、膨らむ胸に手を置いた。
今したところで何になるか。
刀が彼女へと向かう。
「だるいな……」
そう呟きつつ。
「【巡鎧纏】」
その作用でか、衝撃でか、刀が止まった気がした。
言葉が聴こえると同時に、オレは頭を掴まれ、地面に叩き付けられる。
刀身よりも、自身の反応よりも速く。
脳が震え、意識が飛びかける。
幸いにも、彼女の源変が発動した事によって砂が体に当たり、その痛みと衝撃で保つことが出来た。
頭を振りつつ、仰向けの状態から立ち上がろうとする。
朦朧とする中で必死に瞼を開けるが、その先の光景を見て、いっそ閉じたくなった。
あの一瞬で。
砂嵐が晴れた先。凍結する砂が見られる先。
メディオーサがフルートの腹を踏みつけ、剣先を喉元に突き立てていた。
これが、TR四十一の巡鎧纏。
「無理なんだって」
「そんなこと……」
「いや、無理なの。君たちはせいぜいTR二十前後。私は四十一。TRが十程の差がある相手には、二人でようやく戦いになると言われる中で。君たちはどう?」
「……」
「試験を辞退してくれるんなら痛い目には会わせないけど」
苦悶の表情を一瞬浮かべて、その後ふと笑ったフルートは。
「それじゃ夢に近づけない」
甘言に見向きもしなかった。むしろ唾棄したような目で見つめ直す彼女には、思う事があったのだろう。困った人を助けるのが英雄と言っていたフルートにとって、逃げなど許さない。困っている人を見捨てないように、戦いに対して諦める事など選択肢にすらないのかもしれない。
「けど、それが誰かの英雄になれるのなら喜んでする」
淀みなく続けられるは、予想外の言葉。
粛然な物言いに、紛れたのは『自己犠牲』だった。
愚直に他人を想う彼女に、重なる面影。
どこをどう見ても。
「ホルンじゃないか……」
離していた刀を拾い上げて、【風式】を溜める。
それはオレも一緒のはずだろ、ライ。
二人のためならと戦おうとしたはずじゃないか。
結果的に助けられなかったとしても。
「あたしが辞退したら、二人を見逃して欲しい」
「貴方に何の得が?」
「助けるに損得はいらないよ」
「そう、まあ無理だね。見逃せない」
「そっか。じゃあ辞退しない」
「それは残念だ」
メディオーサは剣を振り上げた。
上から下へ。
「カッコいいじゃん」
その声と共にメディオーサへナイフが投げられた。間一髪弾いたが、甲高い音ではなく崩れるそんな音。
【土式】で作られたナイフがメディオーサの剣によって崩壊するが、のち内へ秘めた光が露になる。
「【源変】――【土爆】」
土から発生した爆発が顔に直撃し、黒煙を伴いながら吹っ飛ばされた。
走る音と近寄る気配を感じる。
彼はそう。
「グロード!」
「ごめん、キモ骸骨を倒すのに時間がかかった」
「ありがとね」
「ああ、良いよ全然」
首に垂れる血を拭うフルートは、煙で姿の見えぬメディオーサに注視しつつ、礼を言う。それを聞き流す程度のグロードが、再び【土式】でナイフを両手に作り出した。
「やってくれるじゃん」
黒煙が荒れ狂い、砂嵐と変わり果てる。空まで届く渦は、彼女が歩み寄る間にも段々と強まっていく。
長い黒髪を靡くメディオーサは、少し怒り含んだ顔を綻ばせる。
蒼き揺らぎの残滓が使いの骸骨騎士を連れて。
「レイン以来ね、本気を出すのは」
【源変】の【砂塵】が我らを取り囲む程に大規模へ変動。
オレは目を守るため、腕で覆った。
常に浴びて来た【砂塵】とは訳が違う。
言葉だけではない、彼女の本気をひしひしと感じる。
ならば。
「二人ともオレに時間をくれ」
刀を鞘に納める。
右手をもう片方の手で掴み、風を送った。【風式・改】を右手に。
相手が本気なら奥義で迎え撃つ。
「うん、分かったよ」
「お安い御用だ。【源変】――【土爆】」
小さく球体になった【土爆】が、地面へ複数投げられる。
フルートの【風式】が合図となったか、砂を蹴散らして爆破した。
衝撃をものともせず、突っ切る骸骨騎士をグロードが応戦。身体の綻びを無視するのは、流石感情のない使いと言った所か。
誘うようにグロードが一歩引く。
そして、準備された【冷風】をフルートが放ち、身動きを封じた。
グロードが再び前へ。
「〈悔無攻〉」
【土爆】で作り上げたナイフにて一突き。
真夜中に土が光り、爆発。骸骨騎士は、激甚なる攻撃を二本足で立って見せ、自身の矜持を保った。黒煙が漂う腹に穴を空けつつも。
倒れる骸骨騎士を視界に収めて、理解する。
やはり、メディオーサの天力は底を尽きかけている。
使いを召喚する【宿類】もとい【揺灯付加術】は多大なる天力が消費される。そんな術を何度も使えば、メディオーサでも限界は近づいてくる。
再び召喚する予兆もない。
完全に追い込んだ。
オレの奥義で――いや。
なぜ、不利だと分かっていも姿を見せない。
訝しく感じて、気配を探れば。
奥にまだ少し巻かれてる砂へ視線を移した。
メディオーサ先輩は、一歩も動いていない。いったい何をする気だ?
良好な視界。
そこに一人の少女。
ただ上段に剣を構えるだけ。
砂を纏わせて。
「逃げろッ‼」
オレは本能で叫んだ。
周辺の【砂塵】が剣へと収束していく。
彼女の瞳が対象を捉えた時、その場にただ砂が舞った。
フルートとグロードが警戒を示すが、
「もう遅い」
言葉はあとに。
視覚は、メディオーサがフルートの前へ瞬時に現れた事を知らせる。
上げた両手のその先で剣が嗤うように輝いた。
「〈荒駆砂失〉」
下へ降ろされた剣がフルートの体を切り裂いた。
為す術もない。
目線は動く。
グロードが次の番自分だと悟り、ナイフを作り上げる。
刹那、真横に砂が。
一瞬にして移動したメディオーサは、剣を通過するよう斬った。
無抵抗で彼は倒れる。
砂が空から降ってくる。
傍からはそう見えるだけかもしれない。
それ程に速い。
尋常のない速度で距離を詰めるメディオーサ。
立つ者のはたった二人、つまり仕留められるのはオレだけ。
あれは【巡鎧纏】に【砂塵】を組み合わせた剣技だ。
距離が縮まる中で、刀の宥めた。
まだ。
まだまだ。
まだまだまだ。
――今。
互いの距離は四歩、まさに己の間合い。
巡鎧纏で身体能力を高め、これまでに鍛え上げた剣技抜刀術を【風式・改】で速めた最高度の技。
受けて見ろ、これがオレの奥義だ。
「〈夜断平線〉」
突風で速まる白刃は、鞘から無駄なく抜かれ、一直線に彼女へ向かった。
砂を放つ剣を迎え撃つように。
結果、交じり合う事なく刀はメディオーサの腹を断ち切る。
驚愕と愉悦を浮かべて彼女は、己の斬撃を受け入れた。
師匠の〈白夜〉には遠く及ばないだろう。
だが、憎きハンスの【斬風】の威力とは匹敵するのだと、眼前の景色を見て思う。
そう、大半の木が切り裂かれた景色を見て。
もっとも【斬風】も奴にとってしてみれば、素振りと何ら変わりない事かもしれないが。
〈夜断平線〉によって飛ばされたメディオーサを余所にオレは、二人へと駆け寄る。
血だまりが広がる中で、意識がある事に安堵の息を零した。
「……ライ、やったね」
「無事か、フルート」
「なんとか……」
「僕の心配はないのか?」
「グロードも良くやってくれた、ありがとう」
横たわる彼らに感謝を述べる。
頷くフルートだったが、傷に触り苦悶の表情を浮かべた。
これからどうするべきか。
頭へ問いかけても反応がないため、受験者は周辺にいないと思われる。
二人の手当てを行いたいが、オレも生憎足を痛めているからな。果たして一人で出来るのかと考えた時。
遠くから細い消えかけの声が聴こえる。
「レインとこの子、来て」
この声は、メディオーサ。
まだ意識があったのか。
「どうするの?」
「行ってくるよ」
草木を掻き分け、自身の気配を頼りに進む。警戒を怠らず、刀を握る手に自然と力が籠った。流石の彼女でも致命傷は避けられなかったはずだ。
意識を飛ばすか、最悪拘束するか。どっちにしろ放っておく事は出来ない。
血が付着した木を前に、視線を巡らす。
そこには、樹木にもたれ掛かるメディオーサの姿があった。
「やっと……来た」
「手荒な真似はしたく――」
「近くに来て、治療するから」
オレの言葉を遮った挙句、手招いて接近を申し込んできた。
そんな手に乗る訳ないだろう。
「ほんと似てるね、二人」
「え? 誰に」
「ダルっ、もういいから早く来て」
呆れた顔を見せる彼女に裏がないように思えた。覚悟を決めてメディオーサの下へ。
「左足」
簡潔な物言いに従順と差し出してしまう自分。
何か危害を加えるんじゃないか、足を切り裂くんじゃないか、と危惧する思考も多少頭を過ったが。
「私、そんなに信頼ないの?」
「え、いや……ごめんなさい」
それが顔に出ていたらしく、落胆する彼女へなぜか謝ってしまった。
「いいよ、どうせ私は嫌われ者なんだから」
酷く他人を突き放したその言動には、依然とはまた違う、己には知らない想いが秘められていると感じた。
左足に手を向けたメディオーサは、【揺灯】を出して白き色を緑へと変えた。
これは、まさか。
「【戦復】⁉」
「そう」
モナさんが所持していた【揺灯付加術】の一種。身体を復元させる効果を持つ。
それを使いオレは今、左足の治療を行ってもらっている。
だが、疑問が頭に残った。
「でも、先輩は【宿類】を扱っている」
「うん」
「おかしくないですか?」
「なんで?」
透き通った瞳に見定められたオレは少し気圧される。
「普通【揺灯付加術】は【真然術】と同じで四種類の中一つしか使用できない。それも遺伝や天の導きによって自分が決める事なく」
「そうだね」
「でも、メディオーサ先輩は【揺灯付加術】である【宿類】を扱いながらも、今【戦復】を行使している」
「うん」
「二つ扱えるという人をオレはまだ聞いたことがないです。つまりは」
「つまりは」
「先輩は天才だ!」
がくっと頭を落とした先輩は、期待から外れたような反応を取る。それでいて、嬉しそうな救われたような笑顔と共に。
「ウケる」
「なんで笑うんですか」
「いやあんまりにも変な事言うから」
「変な事って」
緑の揺らぎが足の甲へ降り注ぎ、流血と痛みを緩和する。次第に通常の状態へと戻った。
「はいっ、治ったよ」
「ありがとうございます」
「それで私を二人の下へ連れてって」
「まず先輩の傷が」
「いいの、そこまでの天力は残ってないから」
真っ直ぐ見据えた彼女の真剣な眼差しに負けたオレは、分かりましたよ、と返して背を向ける。
「おんぶしますから」
「ん、ありがと」
最後にかけて小さくなる声には、照れが隠れていた。
照れるなんて可愛いですねと言った途端、頭を殴られたのは内緒の話。
先輩を担ぎ、暗い森を歩く。
今なら良いだろう。
誰にも顔を見られない今なら。
歯を噛み締めて喜びを体現した。勝利に酔うように。
オレが戻った時、二人は驚いた様子だったが、自身の足の甲を見てすぐに先輩を受け入れた。先輩の【戦復】は、彼らの傷をいとも容易く治しきった。
興奮した面持ちで飛び上がるフルートを余所に、グロードは先輩に興味を示しているようだった。
「それじゃ任務で必要な物を渡そうか」
ちょこんと座るメディオーサは、傷口に応急処置を施しつつ、そう言い張る。
すっかり忘れていた。
「何それ」
「先輩が戦う前にそう言ったんだよ」
フルートが疑問を呈すのも無理はない。これはルールでは言われていないのだから。
つまり、学校側の仕込みなのか、はたまた彼女の独断なのか。
オレは正直期待していなかった。
「へー、あたしの任務は『騎士の剣』だから関係ないかも」
「「え?」」
グロードと共にオレは一驚を喫する。
任務内容が被るとは予想だにしない結果だ。
「それならあるよ、そこに」
先輩が指差す先に赤く染められた剣がある。
視界の端グロードが頷いているため、元から知っていたのだろう。
あれは、先輩が最初に持っていた剣。
つまるところ。
「ライを刺した剣がそうだったの?」
「そうだよ」
「やったー、任務成功だ!」
視線を感じたが、無視してフルートの喜ぶ姿を見詰めた。
これで良いんだ。
「君は?」
「ダリアの花のネックレス、です」
「あ、これね」
首にかけられたネックレスを外して、グロードの掌に乗せる。綺麗な赤色のダリアは、見る者を圧倒する程に華麗だ。
「最後は、ライ」
「オレは……北端の村から南端の村まで行き来する、でした」
「そう、私がどうこう出来る物じゃないってことね」
「……はい」
冷たい視線、本当にいいのかと問いかける眼差し。
自分に疑いを持ちたくなくて、全ての事象から離す。
「じゃあ僕はこの辺で、ありがとな」
「あたしも移動する、バイバイ」
あくまで我らは受験者であり、敵同士。馴れ合いなど必要ない。
必要ないのだが。
「あ、伝え忘れてた。ライ、ありがとね」
「ああ、こちらこそありがとう」
屈託のない笑顔。
胸が熱くなる。
感謝の声が何とも心地良く、それが闇へ溶けるのを厭ってしまう程に。
ああ、フルートに重ねる影はもう居ないのに。
「その優しさに何の意味があるの」
そう先輩に問われた。
『騎士の剣』の事だろう。
「意味ですか……」
数秒の沈黙。
フルートの背を眺める。
「これは戒めなんです」
ホルンと酷似しているから、そんな理由で優しくされてもフルートは堪ったものじゃないだろう。そんな事分かってる。
でも、もう彼女を普通の受験者とは見られない。
今更、他人だから、本人ではないからと言って貶す事は出来ないんだ。
ああ、まだ悩むのか。
いっその事勝利に酔ってしまいたかった。
この行為に甘えても、過去の過ちを正す事など不可能なのに。
でも、だからこそ。
「過去に過ちを犯した自分への復讐とも言えましょうか」
そう。
これは、己への復讐。
これは、己への試練。
これは、己への――、
裏切り。
随分遅い更新になりました。これからは三日更新になっていくと思います。
そして、評価してくださった方々本当にありがとうございます。皆さまのおかげあって日間ランキングへ載る事が出来ました。嬉しい限りです。
どうか、これからもライが歩む物語を見届けてやってください。