第9章 恋愛パートナーとビジネスパートナー
第9章 恋愛パートナーとビジネスパートナー
約束の1週間が過ぎスナックに顔を出すと。いつものホステスが笑顔で迎えた。なぜか今日は胸元が開いておらずシックな黒のスーツを着ている。
「こんばんは、依頼の調査報告書できています。」
「そうですか。」
「どうぞ奥に、お店ではなんですからオフィスの方に。」
そう案内されて応接室に通された。お店の奥は立派な探偵事務所のオフィスだ。ソファーに座らされて報告書ファイルを手渡された。
「全部調べたわよ。」
するとノックがして別のホステス、いやここでは探偵助手が入ってきてグラスにウーロン茶を入れて持ってきた。
「どうぞ。」
「これ、ウーロンハイじゃないわよ。」
壁一つ隔てて探偵社とスナックというおもしろいつくりになっている。
「それじゃあ話しますがまずはあのイタリアンのお店「A」に務めるNとTの話から。これはイタリアンのお店のオーナーから聞いたの。NとTが入る前はお客さんもまばらな喫茶店だったの。ある日Nという男子学生が入ってきた。頭が切れて器用でいち早く仕事を覚えた。彼はイタリアン料理に興味を持ちどこから聞いてきたのかピザ、パスタの料理を作りたいと言ってきた。オーナーは最初遊び半分でそんなこと始めたらかなわないと相手にしなかったが、彼の情熱に押されてイタリアンをメニューに加えることにした。そしたらそれが大当たりをした。お客さんが毎日足を運ぶようになるのはいいが、とてもじゃないけど接客が間に合わない。そこで活躍したのがTだった。ウエイトレスの教育からお客様の効率を上げるフロアーコントロールが抜群だったそうよ。
『おかげで売り上げが5倍になりました。おどろきましたよ。』
そうオーナーは言っていました。Nの頭が切れるクリエイティブな発想はすごい。それはあなたも認めていたと思うけど、Tのマネージメント能力も群を抜いているらしいわ。あなたそれに気がついていた?」
「そうなの?一生懸命仕事して優秀なのはわかるけど、人を教育するマネージメントもあるとは気づかなかった。現に私と一緒に働いたときは形の上では私の下だっていうことだったもの。」
「そうでしょ、ここがまずあなたが知らなかったことなの。NもTも若いけれども超一流なのよ。彼女は自分の能力が一流であることをあまりあなたに悟られたくなかったかもしれない。これは私の想像だけど、あなたの前では普通の女の子を演じていたのかもしれないわ?」
何のために?と私は聞こうかと思ったが彼女の話をまず聞くことにした。
「それでね、「A」のオーナーは大喜びして自分の所有するマンションの1部屋ずつをNとTに与えたの。それがあのオフィスなのよ。マンション1つずつ与えるってすごいけど、考えてみて・・・二人がいなくなっても今だってあの店大繁盛でしょ?決して高いプレゼントじゃない。もともと彼女はあの部屋に住んでいたのよ「A」のオーナーから賃貸で、住んでいるマンションをそのまま彼女に与えた。そしてもう一つオーナーが所有しているその隣の部屋をNに与えた。隣同士の部屋をあたえたからみんな誤解したのよ。お店とマンションの距離が近すぎるでしょ?一緒に同じマンションに帰り、同じマンションから出てくればそれを目撃すれば、誰だって同棲していると思うじゃない。オーナーは2人にマンションを与えたことを誰にも話していないそうよ。」
「それじゃあ、二人は同棲していなかったの?」
「そういうこと。」
「それから、二人はお店「A」をやめたわ。やめる前に二人がいなくても完璧にお店が回るようにしっかり後継者を作ってやめていったって。今でも二人がいなくても困らないって言っていた。今はあなたが会ったウェイトレスと厨房のコック二人に任せているって。人の本当の能力ってその人がいなくなった時にわかるって、二人はお店を5倍売れるお店に変えただけでなく自分たちがいなくなっても同じようにお店が回るようにした。あの二人はすごいって絶賛していたわ。」
探偵報告はまだまだ続く・・・
「ここまででわかったとおもうけど、NとTは最高のビジネスパートナーなのよ。二人はレストラン経営だけでなくもっとすごいことを考えていた。新しい自分の会社を立ち上げること。二人はあなたというもう一人のパートナーを入れて3人で会社を立ち上げた。そこから先はあなたがよくわかっていること。しかし全く理解が違うことがある。会社は倒産していない。それどころか宝石の仕入れルートのしっかりしていて会社は軌道に乗っているということ。」
「そうなの?それじゃあ・・・」
私が疑問を投げかけようとすると探偵は私の話をさえぎって話を続けた。
「あなたの疑問はよくわかるわ。あわてないで順を追って話すからまずは聞いて。いい?
今、二人のポジションだけどNは海外にいて宝石の仕入れルート先にいる。Tとは毎日電話で連絡を取り合っているけどTはこっちにいるから、しばらく直接は会っていないはず。かれはバイヤーなの。そして会社のマネージメントはTの仕事。今従業員10人の会社になっている。Tは事実上社長よ。」
わたしは何か夢を見ているかのように唖然として話を聞いていた。
「そんな会社も立ち上げの頃は、NとTとあなたで運営されていた。あなたたちが使っていたオフィス、もともとTの部屋、その間TはNのもう一つの部屋から通っていた。こちらは賃貸であなたが1年生のころ牛丼を買ってたまに訪ねて行った部屋ね、あそこでTは暮らしていた。あなた気づかなかったの?あのオフィスの隣の部屋あそこはNの部屋だったのよ。」
「そうか!オフィスを禁煙にしたのはTさんの部屋だからからか。Nは隣の部屋に行ってプカプカ吸っていたのか。」
「そうね、そこが彼の部屋であり仕事場でもあった。海外相手の仕事だから夜電話で買い付けをしていたのよ。TさんといっしょにつまりNはそこで寝泊まりしていた。Tはあなたと仕事をした後に、夜中までとなりのTの部屋で一緒に仕事していた。それが終わると朝方自分の部屋に戻る。そんな生活をしていたのね。」
「それじゃあ、2人は何もないってこと。」
「もちろん、確証はないけどビジネスパートナーで恋愛感情はないと思われます。」
「そうか、おれは大学に行ってから夕方仕事して帰ったけど、NとTさんは朝から夜中まで隣で働いていたんだ。」
「そうなの。ちなみに今現在の2つの部屋はあの会社の1課、2課になっています。3課はまだない。近い将来できる感じね。それとあの会社の宝石の仕入れ先徹底的に調べたわよ。何の問題もない警察に目をつけられるようなことは一切ない。調べれば調べるほどすごいわ。すべてがぎりぎりの綱渡りだけど合法的なのよ。あれだけ安いルートをよく探したわよ。だから一度だって警察が訪ねてきたことないでしょ?そうして契約も取れて業績もアップした。」
「だとしたら、なんで警察に追われているから会社を辞めるなんて言ったの?」
そんな芝居をする必要がどこにあるのだろう。
「それはね・・・ものすごく言いづらいけどあなたに辞めてほしかったからよ。」
「やめてほしかった?やめさせたいならやめてくれっていえばいいじゃない。」
「あなたを辞めさせたいのはNじゃない。Tが言い出したのだと思う。」
「なんでさ?」私は少し興奮気味につめよった。
「あなたが好きだからよ。」
あなたが好きだからやめてほしい?何が何だかわからない。
「Tは好きな人より仕事を取ったの。ここをあなたにわかってほしいの。」
「仮に俺じゃなく仕事を取ったとしてもそばにいるだけでよかったのに。おれはTさんのそばにいるだけでよかった。」
「Nのこども宿していることあなたに知られたくなかったのよ・・・」
「やっぱり彼女は妊娠していたのか?」
「そう」
私は少し取り乱してきた。
「やっぱり二人は恋人だったということか。」
「それも違うの。」
「言っていることが理解できない。どうしてTさんがNの子どもを宿す理由があるの?」
「いい?よく聞いてね。NとTは最高のビジネスパートナーなのよ、2人が力を合わせて起業すれば世界一の会社が作れるのよ。そう2人は信じているの。でもイタリアンの店「A」を辞めるとき後継者をきちんとつくったように、今の2人にも将来を考えて次の後継者を作りたいの。2人にはNの遺伝子とTの遺伝子をもつ後継者がほしかったそれだけ・・・おそらく計算しているの、10年後20年後を考えて。クリエイティブな発想はNで会社のマネージメントはTの仕事だから。おそらく私はTのほうからNに後継者をつくる相談をしたのだと思う。二人の性交渉は愛じゃないビジネスなの。そう性交渉というビジネスが成功して2人の遺伝子を持つこどもがやどった。人材育成に成功したの。母親がこどもを育てるのではなく上司が部下を育てているの。でもね・・・彼女も女なのよ、それをあなたには知られたくなかった。あなたを愛しているからよ。ちなみに予定表に書いてあったといっていた「T16時サンカ」は参加でも三課でもない産科なの。産婦人科に行くことは彼女にとっては後継者を育てる大事なビジネスの一環なの、だから予定表に書いてあった。」
サンカ・・・産科・・・なるほどそういうことか・・・しかし性交渉に愛情はないといわれてもこちらは割り切れない。Tさんが私のことを好きと言われても信じられない。それに彼女の口から言われたわけではないだから。
「でも、どうしてそんなに自信ありげにTさんが私を愛しているっていえるのさ?彼女がいったわけではないのでしょ?」
「それね、その確証を取りたくて調査に苦労したわ。彼女自社の宝石をペンダントにしているのよ。彼女がそれに文字を刻んでいるのを調べたの『K・LOVE』って刻んでいるのよ。Nじゃないの。Kつまりあなたのイニシャルでしょ?それともう1つ、なんであなたが会社をさる日に彼女は食事に誘っているの?おかしいと思わない?この計画はNとTで考えたのよ。」
「そうだ、行けもしないのに食事に私をさそったってこと?」
「そう、あなたに自分の気持ちを打ちあけたかったのよ。でもできないから無言のメッセージを残したかったの。「あなたが好き」のメッセージをあなたに届けたかったのよ。」
「切ないね。」
「その無言のメッセージがあなたに伝わった。ひょっとしたら向こうからの告白かも?あなたはそう思ったでしょ?」
「そう。そのとおりだ。」
「彼女の切ない気持ちわかってあげて。」
私はしばらく無言になったそれからウーロン茶をのんだ。なにもかも今まで疑問に思ったことが、すべてうなずける。
「彼女は恋愛よりもビジネスをとった。彼女が愛した人はあなた一人だけこれからもずっとでも結ばれることはないの。」
「じゃあ・・・私はこれからどうすればいいの?」
「そもそもあなたは真実を知ったらこの恋はあきらめると言ったのよ。」
「そうだね・・・」
私は一つ一つを思い起こして頭の中を整理した。その結果一つだけわからない疑問が残った・・・・
「ひとつわからないことがある。Nはなんで私をビジネスパートナーと言って、ひっぱりこんだのだろう?」
これといって取り柄のない私を自分の大事な会社に入れるメリットがわからない。
頭の切れるNに私が必要か不要かくらいすぐわかること。現に私などなにも役には立たなかった。お酒を飲みながらホステス探偵にその質問をしてみた。
「それは・・・Tのことが理解できたらNのことはいいじゃないの?」
その回答も探偵は調査ずみだった、しかしそのときあえて私には告げなかった。
「どう?隣で一杯飲んでく?」
「そうだね、やっぱり飲みたい気分だしね。」
「着替えてくるわね。」
ドアを開けると重々しい「探偵事務所」から明るい「スナック」にかわった。ホステス探偵はシックなスーツから、派手なドレスに着替える。