第8章 妊娠疑惑
共犯者 第8章 妊娠疑惑
ドキドキしながら16時になるのを待ったがしかし誰も姿を見せることはなかった。結局この予定表に書かれているメッセージは何のことかわからなかった。「T16時サンカ」のメモ書きは何のことだか分らなかった。
その日はそのまま家に帰り、また翌日もう一度出直すことにした。午前中は「ボーっと」寝過ごして、午後になってオフィスに行ってみた。もしかしたら今日いけば彼女の手がかりをつかめるかもしれない。行ってみて昨日と何も様子が変わっていないのなら、そのまま帰ろうと思った。もう鍵で部屋をのぞくのはやめる。誰かがいるのは間違えないから何も泥棒のように侵入する必要はない。とにかくTさんに一目会えればそれでいい。彼女が元気ならばそれでいいのだ。
また玄関で「ピンポーン」と鳴らした。ドキドキしながら待っていると、なんと今日は
「はい」ドアが開いた。ドアが開く瞬間緊張で心臓が高鳴った。
「いらっしゃい、面接の方ですよねどうぞ。私は〇〇会社一課課長の△△です。お待ちしていました。」
30歳くらいのいかにもやり手の青年があいさつをした。私はその場に呆然と立ちすくんでしまった。〇〇会社とはそうNとTさんと私ではじめた会社の名前だ。どういうことだろうか・・・つぶれた会社を名乗っている?それも「面接の方ですか?」といった。どうしていいかわからずにあわてて・・・
「あの?Tさんはいらっしゃいますか?」
「Tをご存じですか?Tは今日ここにはおりませんが。」
「そうですか、大変失礼いたしました。わたしTさんに用があって訪ねてきました。」
「なにか当社にご関係のある方ですか?ことづけますのでお名前を教えてください。」
「いえ別に。大変失礼しました。」
頭を下げて私はあわてて出ていった。私は何か目まぐるしく変わる状況についていけず、困惑した。少し落ち着こうとまたイタリアンのお店「A」に行った。どういうことだろう?あの会社はなくなっていなかった。それどころか会社が大きくなったようだ。なぜなら今対応した男は一課課長と名乗った。社員募集の面接をしている。そう一課があるのなら二課があるということだ。
「1課・・2課・・そうか!Tさんは三課に配属になったということか。予定表の「T16時サンカ」のサンカは参加ではなく三課か!」
思わず一人で興奮して声をあげてしまった。するといつものウエイトレスが注文を取りに来た。
「あら、最近よくきてくださるのね。ありがとうございます。」
「ランチをください。」
「コーヒーとサラダ付きのパスタでよろしいですか?」
「はい、お願いいたします。」
毎日のように尋ねるとウェイトレスの彼女はフレンドリーになる。TさんとNという共通の友人がいるということで親近感がわくのだろう。
「そうそう、びっくりする話があるのよ、Tさんの話だけど昨日会っちゃった。」
「ええ?そうなんですか?」
「それがどこで会ったと思います?」
もちろん私も心当たりがあるわけでなく
「どこですか?」と聞き返す。
「そこの産婦人科。」
「えっ??」
「実はね、私厨房にいる彼の子を宿しているの。おもしろい偶然でしょう?Nさんの一番弟子が彼、つまりこのお店のコックとウェイトレスが、2組いっぺんにこども作っちゃった。ってことになるわけね。」
と楽しそうに笑った。
私はその瞬間ぞーっと凍りつくような思いだった。私の思いも知らずてれくさそうに厨房のコックが私に頭を下げた。
「TさんがNの子を宿したって言ったの?」
「それがね、診察が私と彼女入れ違いだったので会釈だけだったのよ。違うのかな?もしかしてTさんのお相手ってあなた?」
「私ではないですよ。」あわてて首を振った。「やっぱりNさんね。」
「あの?Tさんのおなか目立っていました?」
「全然気づかないくらいよ。」
「そう・・・そうだよね。」
「ごめんなさい・・・余計なお話してしまって。ごゆっくりどうぞ。」
彼女がよくしゃべってくれるのでいるいろいろなことがわかってきた。パスタを食べながら私は考えた。産婦人科にいたからと言って妊娠しているとは限らない。しかし妊娠していなくてもその可能性がなければ行く理由がない。まだあれから1か月しか経っていないのだ。妊娠しているとすれば相手はNと考えるのが自然だ。
やっぱり私は二人に裏切られた。もっとも最初からTさんみたいなかわいい女性が私に好意を寄せるわけがないのだ。ただ本当のこと言ってくれれば、おめでとうと言うのに。また落ち込こんでしまった。こういう思いの時は行くところは一つだ。
イタリアンレストラン「A」のあとはスナックでお酒を飲む。何やら私のお決まりのコースになっていた。
「いらっしゃい、そろそろ来る頃じゃないかなあ?と思っていたところ。」
といつものホステスが迎えてくれる。
「ここしか安らげるところがないので・・・」
「その様子じゃ、彼女にふられたかな?」
そういいながら水割りをつくってくれた。
「そうふられた。見事にね。」
「会えたの?」
「いや、会えていない。」
私はホステスに今日の出来事を話したあとに、今まで言わなかったこともすべてを話した。宝石の仕入れルートが怪しいこと、それで警察に追われているかもしれないこと、また鍵をコピーしていてそれを使って部屋をのぞいたこと、T16時サンカと予定表に書かれていたこと、今日の面接と間違えられ中に入ったこと、そしてTさんが妊娠しているかもしれないことすべてだ。
「そうか・・・なにやらおもしろいミステリー小説が出来上がりそうね。私が調べてあげようか?」
「調べるってどうするの?」
「実は私ね、ホステスは副業なの、本業はねこういうもの。」
そう言って名刺を渡された。名刺の肩書は
私立探偵「ゆきの ひろみ」と書かれている。
「探偵さんなの?」
「そうよ、ここにきているお客さんはね、みんな調査の依頼者がおおいの。気づかない?女のお客さんも多いでしょう?別に私の胸をチラ見する人ばかりじゃないの。」
「おれってそんなに胸ばかり見ているかな?」
「大丈夫、男性はみんなそうだから。」
「それより、1週間私にくれる。1週間あればNさんのことも、Tさんのことも、全部調べて事実だけを教えてあげる。そのうえで彼女に会えばいいでしょ?」
「いくら払えばいいの?」
「支払いはいつものように飲み代で支払ってくれればいいから。」
「それでいいの?」
「ところであなたはTさんを心から愛しているの?」
「そうだよ。」
「私の胸元を見るのは浮気よ。」そう言って彼女は笑った。そうだ・・・わたしはTさんを愛している。だから本当のことを知りたい。それだけだ。
それから私はいつもよりもさらに高いお会計をして家に帰る。いつもよりさらに高い。といっても探偵に依頼することを考えれば安い。