第6章 忘れられぬ恋心
第6章 忘れられない恋心
目の前に光り輝く宝石がある。私が自分で契約書にサインをして買ったものだ。この宝石の入手経路を私は疑った。しかしそんなことはどうでもいい。仮に偽物でも確かに私の目の前で光り輝いている。なんて美しいのだろうか・・・
私はTさんに会いたくなった。彼女の事は時折思い出す。なんとか彼女と連絡を取る方法はないだろうか?旅の途中でも忘れられなかったが、宝石を見るとなおさらあの時のことが思い出された。彼女は今どこにいるのだろうか?会いたい!彼女を探す手掛かりを考えてみる。NとTさんが働いていた喫茶店はどこにあったのだろうか?今そこにTさんがいるとは思えないが、そこくらいしか彼女の足跡をたどる場所はない。
その喫茶店を探し出すのはそんなに苦労はなかった。TさんとのコネクションはないがNのことを知っているやつは大学にたくさんいる。例の偽造食券を仲介で売っていたSが覚えていた。
「ああ、知っているよ。H駅から駅前通りを・・・・にあるAというイタリアンのお店だよ。最初はただの喫茶店だったけど、最近はうまいイタリアンのお店として結構流行っている。あそこでNはバイトしていたはずだよ。」そう教えてくれた。
「A」というイタリアンのお店はTさんと半年仕事をしたあのオフィスのすぐ近くだ。駅からオフィスへ行く途中にあったので行ったことはなかったが場所はよく覚えている。そうTさんに食事を誘われたとき「A」で食事をしようと考えていた。
まずはそこに行ってみよう。私は、そこにTさんがいるような気がしてウキウキしていた。夕方5時という時間帯なのにもかかわらず、かなりお客さんがいる。繁盛しているお店のようだ。
「いらっしゃいませ!」と大きな声で出迎えをされた。私は外が見える窓際の席に座った。 ウエイトレスが注文を取りに来たがT さんではない 。
「コーヒーをください。それとたらこパスタ。」そう言って厨房の中をのぞく。厨房には3人が調理をしている。もちろんNがいるはずもない。
それからすぐコーヒーとたらこパスタが運ばれた。思い切ってコーヒーを運んできたウエイトレスに話しかけてみた。
「あの?あなたはこの店は長いですか?」
「そうですね、もう2年くらいになります。」
「 それじゃあ Tさんってご存じですか?」
「知っていますよ。 チーフウェイトレスでしたから。」
Tさんはチーフだったのか。意外だった。
「それじゃあNは知っている?」
「ええ、Tさんの彼氏でしょう。コックのチーフ。」
「えっ??NとTさんって恋人同士なの?」
「ええ・・・今はわからないけど二人はこの近くの部屋で同棲していたって聞いていますよ。1年前くらい前に2人一緒にこの店辞めました。」
彼女はちょっとしゃべりすぎちゃったかなというような表情をした。
「ありがとう。色々教えてくれて。」
まだ聞きたいことがあったけど忙しそうなので質問はそれくらいにした。
私の中に衝撃が走った。どういうことだろう?NとTさんは付き合っていたなんて、
ありえない。そうお互いに関係を否定していたし、そう何よりもNが別れ間際に私に言った
『こんなことでもなければ、君とTさんは結ばれていたのになあ。』
といったあのセリフは何だったのだ。さきほどのウエイトレスは、はっきり恋人同士と言い切っていたが、本人達が公然と宣言したのだろうか?だとしたら私にも言ったっていいはずだ。
あれだけはっきり二人の間を否定したのに、完全に裏切られたようなきがしてきた。海外に逃げたってまさか2人で?そうなると私をおいて逃避行か?いやそれはないだろう。私の頭の中はどんどん混乱してく。
しかし冷静になってもると・・・NとTさんが昔どうであろうとどうでもいいことかもしれない。わかっていることは失恋したのだ。失恋が確認できたのだからもうあきらめたらいい。幸い警察に追われているわけでもない。私はすべてを忘れてしまえばいい。いつまで振り向いてくれない女性を思っていても仕方がない。
それからイタリアンのお店「A」をでてふらふらと夜の街を歩いていた。まだ何か割り切れない悔しさにわだかまりがあった。こういう時は憂さ晴らしにお酒を飲むのがいい。1か月豪遊の旅をしてもまだお酒を飲むくらいのお金は残っている。飲みたいという欲望にかられたと同時にちょっとこぎれいな小さなスナックが目に入った。
「いらっしゃいませ。」40歳くらいのきれいな女性が私を迎えてくれた。きれいといっても20歳の私にとってはおばさんホステスだ。むなもとがかなりあいていて魅力的な胸が露出している。おもわずちらちらと目がいった。
その女性は微笑みながら
「なんか寂しそうだけどどうかしたの?」
目と目が合った瞬間に寂しそうと思われるくらいショックが隠し切れないようだ。
「失恋しちゃった。」
「あらあら・・・それで寂しそうなのね。」
「まあ・・・そういうこと。」
「よかったら話してよ」
「聞いてくれますか?」
「もちろん、くよくよしないで全部話してすっきりしちゃいなさい。」
そして私は宝石を売るセールスをしていたこと。NとTさんとのいきさつ。今日のイタリアンでの話を一部始終話した。たださすがに仕入れ先のわからない宝石で警察に狙われている・・・だけはふせた。酔いながらも冷静に話す。ホステスは私の話にいちいちうなずき真剣に聞いてくれた。
「私はふられたんだ・・・。」と・・・どさくさに紛れて彼女の胸に顔をうずめようとした。
がそこは上手にかわされる。
「ちょっと待って。本当にふられたのかしら?」
「どう考えても失恋さ。」
「私ね、こういう恋愛問題の話ってすごくよくわかっちゃうの。特に三角関係についてはね。あなたはふられていないかも・・・彼女はあなたを待っているかもしれないなあ~。」
「まさか・・・」
ホステスはニコッと笑って話し始めた。
「この三角関係・・私が分析するとね、今日あなたが行った喫茶店のウェイトレスさんの言うように彼と彼女は同棲をしていたのかもしれない。しかし彼は仕事を立ち上げるとき彼女を恋愛のパートナーでなくビジネスパートナーにした。実は私ビジネスパートナーの存在ってすごくわかるの。私も昔、ある男性と二人でビジネスを立ち上げて成功をおさめた。いつも一緒にいたでも恋愛感情はない。恋愛とビジネスは別だった。どういうことだかわかる?」
そういわれても私にはわからない。いつも一緒にいれば自然と恋愛に発展するような気がする。
「つまりね・・・ビジネスパートナーとは信頼で結ばれているの。自分の弱いところは絶対見せない。一日の中でビジネスパートナーとから離れた時が緊張から解放され安らげるときなの。ベッドで彼が隣に寝ていたら安らぎの時間がない。」
「そういうものなの?」
「みんながみんなそうとは限らないけどきっと彼と彼女もそうだと思うの。だからおたがい同意のうえで恋人としては終止符をうってビジネスパートナーとしてスタートした。もしくは・・・・最初から恋人同士ではないのかも・・・いつも一緒にいるから周りには恋人同士に見える。」
ホステスは私におかわりの水割りを作りながら話を続ける。
「そう彼女にとってビジネスは大成功、彼とはビジネスパートナーとしてずっとその関係を続けていたいのよ。そこまでいいでしょ?」
私はうなずく・・・
「でも彼女だって女なのよ。あなたが言うには、契約はほとんど彼女一人の力でとっているのでしょう?後のフォローはそのNという人がやっているって。つまり彼女にとってあなたの存在って何?」
「確かに彼女は何もできない私をたててくれる。」
「役に立たないあなたをなんでたてるの?」
「ずいぶんだね・・」
「怒りなさんなって(笑)・・・あなたが自分でそう言ったのよ。彼女にとってあなたは仕事としてはあまり必要ではないけど大事な存在なのよ。わかる?きっとそれをあなたに打ち明けたかった。ところが会社がつぶれてしまった。そうなってくると彼女にとって恋愛は2の次ビジネスパートナーとしてNという人と立て直しをしなければいけない。だからあなたたちはそこで終わってしまった。」
「そうかなあ?」
「そうじゃなかったらなんであなたと6か月も一緒に仕事するの?」
私は酔いがさめた。なるほど・・・・
「わかった?明日から彼女を探しに行きなさいよ。」
「いくか・・・でも未練かもね・・・・」
「自信持ちなさいって。」
『こんなことでもなければ、君とTさんは結ばれていたのになあ。』ホステスの話が的を得ているとしたらこれはNの私に対しての素直な気持ちになる。
私はホステスにお礼を言って店を出た。お会計を見るとちょっと高い気がしたが、勉強代も入っていると思えばまあいいだろう。ほんのりと酔った心地と、はればれとした気持ちが交差して家路をたどる。その日はぐっすり眠れた。