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第5章 失恋の痛手

共犯者 第5章 失恋の痛手


次の日私は彼女への思いで胸をドキドキさせてオフィスに出勤した。ところがオフィスについたとき何かいつもと違う何かを感じた。そうだ・・・表札の〇〇会社の 看板が取り外されていたのだ。どうしたのだろう?不思議に思って鍵をあけようとすると、今日は、鍵はかかっていなかった。ドアをあけると N がすでにそこにいた。Nに会うのは本当に久ぶりだった。

「やあ・・・久しぶりだね。」と声をかけたのだが、どうも様子が変だ。彼はにこりともせず渋い顔をしている。そして部屋の仲はずいぶん変わっていた。私たちの机の上にある マニュアルや 計画表が壁に貼ってあったのが外されている。Nはずっと黙っている。そこに Tさんが出勤してきた 。

「どうかなさったのですか?」

Tさんも入った瞬間いつもと違うこの空気を感じたようだ。

「まずいことになったよ。」沈黙を破ってやっとNが口を開いた。

「 まずい??って・・なにさ?」

私の問いに少しだけ間をおいて

「いや実はね 詳しく話せないけど・・・ 結論から言うとね。 私は警察に追われているかもしれない。とりあえず今日でこの会社閉めることにする。」

突然の言葉がそれだった。

「いったいどうしたのさ?」

と私は聞きながらも最近調べていた、この会社の宝石の入手方法などその辺と関係するのでは?と感じた。そう私が疑っていた通りなのかもしれない。

「詳しく言えないがわが社で扱っている宝石の入手経路に問題があると摘発されていて、おそらく近いうちにこの会社も取り調べを受けることになると思う。」

そう私の悪い予感が的中した。やっぱり何か正規のルートでない形でこの宝石をM は手に入れているのだ。

「 心配しなくてもいい。君たち二人はどこかに身を隠していてほしい。1か月もすればまた元の生活に戻ればいい。君は大学に戻ってまた半年前の生活をすればいい。それで大丈夫。心配いらない。もし仮に警察が訪ねてきてもありのままを言えばいい。会社から解雇されたといえばいい。」

「できる限りのことはしたいのでこれが君たちへの今までの報酬と心ばかりではあるが退職金だ 。」

「もう明日からこの会社はない。」

そうあらためて言われると寂しさがこみあげてくる。Nの話は続く・・・

「私は これから 海外に行こうと思っている。どこに行くか、それは話せない。」

「とにかく君たちは心配しなくてもいい。何も知らずに仕事をして当然の報酬をうけたというだけだ。もちろん警察の事情聴取があっても隠す必要はない。」

警察が事情聴取するという可能性があるのならそれは穏やかではない。


「ちょっと待ってよ・・・意味が分かんないけど何かまずいことになったのならきちんと話してくれないのか ?」

「大丈夫、君たちは知らない方がいい。それが君たちを守る一番の方法だ。ただ・・・君達同士は今後連絡を取らない方がいい。いや取らないでほしい。 それだけは お願いしておく。 このオフィス明日はないので、 君達の私物があるようであればそれを今持ち帰ってほしい。」

Nは、宝石の仕入れでなにか法に触れるようなことをした。警察に捕まるまえに海外に高飛びをする。私たちは何も知らずに仕事をして突然会社を解雇された。


すると意外にあっさりしているのはTさんのほうだった。

「わかりました。今まで大変お世話になりました。」

そういうとオフィスの鍵をおいて私たちに深々と頭を下げて出ていく。帰ろうとする彼女に「Tさん!」と声をかけた、彼女はふりかえり

「本当にお世話になりました。」ともう一度深々と頭を下げて行ってしまった。

私は茫然と彼女を見送るしかなかった。そうなると私もここを出ていかなければならない。


私もキーホルダーからこのオフィスの鍵を外してNにわたした。

「大丈夫なのかい?」

「心配するな。君はおれにとって無二の親友だ。君のことは忘れない。」

「親友か・・・本当に親友と思ってくれるなら全部話してもらって共犯者にしてもらってかまわないんだよ…」

「ありがとう・・・君には迷惑をかけない。」

「わかった。俺の家の電話番号は知っているだろ?何か困ったら電話してくれ。」

Nが本当に困っても、私に助けを求めて電話をしてくるような弱い男ではない。でもそうでも言わないと永遠の別れのあいさつになってしまう。

「それじゃあ。」

「悪かった。本当に悪いと思っている。こんなことでもなければ、君とTさんは結ばれていたのになあ。」

「何言っているんだよ?」

私は苦笑してオフィスを去って行った。


「共犯者か・・・」

Nは私がTさんを恋人のように思っていることを、当たり前のように言っていた。まだTさんにも告白していないのにあいかわらずNはなんでもわかっているようだ。結局Tさんは今日私に話があると言っていたがいったい何だったのだろう。それを話すことができずに別れが来た。Tさんといっしょなら共犯者でいい。警察が来るまでここにいてもいい。私はそう本気で思った。私は無二の親友と片思いの恋人を同時に失った・・・・・


それから私はしばらくこの町を離れることにした。Nの事業は失敗におわり会社はつぶれてしまった。「君は何も心配することはない。」そう言ってNは私から去っていった。私はやり切れぬ思いからとにかくこの町を離れたかった。今の生活からぬけだしたかった。あてもなく知らない町を歩いた。


家にいるといつ警察が私を訪ねてくるのかと、ドキドキしながらの生活しなければならない。とにかく昨日までのことは考えたくなかった。なにやら詐欺の共犯者になってしまったことと失恋の痛手から当てもない一人旅に出た。


「旅に出ます。」とだけ書き残して、何も言わずに家を出たので親が心配している。私の親不孝は頂点に達した。申し訳ないので無事を知らせる手紙を1週間に一度は書いた。ただ金銭的には私は十分すぎるほどのお金を持っていたのでそれだけは親には迷惑をかけていない。


それから1か月が過ぎた・・・母の声が聞きたくなって私は家に電話をした。母の声が聞きたいなんて一人前のつもりでもまだ子どもなのだ。自分でもそれがよく分かった。

「いったい何をやっているの?」

第一声はやはり怒りの言葉だ。何をやっているのと言われても特に何をしているわけではないので、

「まあ・・・適当に・・」とあいまいな返事をする。

「どこにいるの?」といわれて正直に今いる場所を答えた。

「学校はどうするの?」とそう聞かれたが私は答えない。

「ところでさ?だれか僕に尋ねてこなかった?」

「いや、だれも・・・電話は友達のO君くらいかな?」


1か月の間に警察が訪ねてきた形跡はないようだ。O君はNとはつながりがない。どうせ麻雀の誘いかなんかだろう。

「早く帰ってきなさいよ。」

そう親に言われると無性に帰りたくなった。

「わかった。これから帰る。」


どうやら警察が訪ねてきている様子はない。1か月なにもないのなら今後私を訪ねてくることはないと思っていいのだろう。その心配ないのなら失恋の痛手は普段の生活に戻っても同じだ。そろそろ家に帰りたいと思っていたし学校もやめたくはなかった。


 そう決めると早速家に帰る。いやになれば家出をして帰りたくなったら帰る。まったく勝手な話だ。1か月ぶりになるがとにかく学校に行ってみることにした。 大学生のことだから 1か月ぐらい顔を見せないからと言って 誰も心配することはない 。大学は全く変わらない・・・・いや変わったことがひとつあった生協の食券だ。生協の入り口に張り紙がしてあった。

『今お使いの食券の有効期限を今月いっぱいとします。お値段は今までと変わりませんが自動販売機が新しくなりました。引き続きよろしくお願いいたします。』と張り紙がはられていた。

なるほど新しい自動販売機で食券を購入すると食券に通し番号が印字されているものがでてきた。もう偽造はできないということだ。ひょっとしたら生協は偽造食券に感づいたのではないだろうか?

おそらくNはこの日が来るのを予想していたのだろう。もう偽造食券なとは過去の話。Nはそれよりも大きなことをした。考えてみればたいしたやつだ。

 

ところで昭和の時代のセキュリティの、甘さは今では考えられない。この小説をお読みの皆さんは「キセル」という公然と行える詐欺行為があったのを知っているだろうか?

「キセル」そのものは私も知らない。タバコを吸う道具だ。吸い口とタバコの葉を入れるところが金属でできていて、それをつなぐのが木製のものだ。そうすべてを金属にしてしまうと熱が伝わって熱くて使い物にならない。かといってすべてを木にすると火をつけたら燃えてしまう。そこで金属と金属の間を木でつないでいる道具。


 その道具自身は詐欺ではないが、キセルの道具に見立てて電車の最初の入り口と、最後の出口の切符を買って途中の料金を払わないという誰もが気づく犯罪行為がある。その犯罪を「キセル」と呼んでいる。犯罪と言っても当たり前のようにできて、当たり前のように皆がやっているので公然と行われた詐欺行為がある。


 この物語の時代背景は1980年頃その頃行われていた詐欺行為。説明すると今のJRでは自動改札機なのでできないのだが、もし自動改札機がなかったらどうなるということを想像してほしい。定期は改札口に駅員さんがいて、駅員が持っている切符にはさみを入れるのだ。(切符の一部を専用はさみで切る)ワンタッチで改札を通ったという印がつくのだ。そして出るときはその切符を改札の職員さんに渡す。定期購入の人は同じく職員さんに定期を見せるのだ。そうやって改札は機能する。

そうなるとこういうことができる。例えば上野に住んでいて、東京の学校に通っていた人がいるとする。その人は上野ー東京間の定期を持っている。その人が横浜に遊びに行ったとしよう。行きは普通に横浜まで切符を購入して目的地に行く。行きは普通に乗車券を払うが帰りはこの「キセル」という詐欺行為がおこなえる。横浜から最低区間の一番安い切符を購入して改札を通る。そして出るときは何食わぬ顔をして上野の改札で定期を見せて改札を出る。すると、横浜ー上野間を最低料金で帰れるのだ。


 初めて聞いた方は「えっ?どういう意味?」と首をかしげる方がいるかと思うのだが、自動改札は〇時〇分この駅の改札を通るとしっかりインプットされるので、自動改札しかしらない今の世代の人には理解できないだろう。チェックが人の目なのだ。その「キセル」の犯罪行為は見つかる可能性は0とは言わないがまずみつからない。だからみんながやる。私も当たり前のようにやりました。


券偽造行為も行われていてもおかしくない。ただ詐欺行為を頻繁に行われればその対策を考える。少しお金をかけて新しい自動販売機をつくる。それでもそのなかで盲点をついて犯罪行為をおこなう。その対策として新しいシステムが考え出される。つまりイタチごっこが繰り返されて今がある。少し話がそれたが時代の流れを感じていただきたい。


私が大学に戻った時は2年生の後期試験前だった・・・

「ところで N は最近学校に来ている?」友達にNのことを聞いてみた。

「 いや君と同様全く顔見ないよ。ところで来週から試験だけど、大丈夫なの?」

「そうだね まずだめだね 。」

一応試験だけは受けたほうがいいと一か月の旅を切り上げて帰ってきたのはそれが理由のひとつだ。しかし学校も行かず勉強もしないで 単位が取れるほど大学は甘くない。 結局散々な結果だった。それでもなんとか3年生にはギリギリなれた。


逆にNは試験には顔を出さなかった 。本当に外国に行ってしまったのだろうか? 結局私のところには何もない。宝石を購入した顧客のクレーム対応はどうなっているのだろうか?会社がなくなっているのだからすまないはずだ。わたしはこのまま新しい生活を始めていいのだろうか?


あの日のことはまるで夢を見ていたかのようだ。稼いだお金は1か月の贅沢な旅で使い果たしているし何もかもが会社を始める前と同じになった。何もかも忘れて普通の大学生に戻れそうだったが私の机にはあの時買った宝石が残っていた。そうだ・・・いつの日かTさんに渡したいと買ったものだが・・・こんなもの買わなければよかった。



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