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第3章 初めての契約

共犯者 第3章 初めての契約


それから半年が過ぎた。Nとはほとんど顔を合わせていない。あの日の会社設立の話は夢の出来事だったかのように思えてくる。私は学年末の試験も終えて無事2年生になった。しかしごっそり単位を落としている。一方Nは学校にほとんど現れないで試験の日だけは来ていた。これは噂だがNは一つも単位を落としていないという話だ。そんなところも私とNの性格が違いすぎることがわかる。


私もさすがにこれだけ単位を落とすと親に申し訳なくなり授業を出るように心がける。私がこれだけ授業に出ているのにNは全く来ない。だから会社設立の話は半分忘れかけていた。一方で生協の食券はNの手を離れても、相変わらず出回っているようだ。偽造食券を買わないかと持ち掛けられることがあったが、「いらない」と言って断った。この話は思い出したくない。やはり私はNの言うように善人なのかもしれない。


ある日わたしが昨年取れなかった退屈な授業に出ていると、Nが来た。

「久しぶりだなあ。なんだよ~この授業昨年落としたのか?よかったらこの教授のテストに出しそうな問題調べたメモがあるはずだからそのままそっくり渡してやるよ。それがあればこの授業は出なくてもA,B.Cの最低Bの評価がつく。」

「へ~本当なら頼むよ。」

「大丈夫、安心してくれ。ところで今日は例の会社設立の話したいのだけど、今日時間あるかな?」

「予定はないよ。」

「そうか、助かった。急で申し訳ない。」

「なんだ、私のこと調べたのじゃなにの?今日はバイトがないとか・・・」

「今は君のことは調べていないよ。だから苦労したよ、君を探すのに。まさか君がこの教室にいるとは思わなかった。この教授の単位を落とすなんてよっぽどだぜ。」

「ずいぶんだねえ。」

「悪い悪い。」といってNはニコッと笑った。


どうやらNが1年の必修科目すべて通ったという噂は本当のようだ。

「じゃあ、終わったら君の家に行くよ。」

「いや、6時にここに来てほしい。ワンルームだが事務所を構えた。」

名刺を渡された。〇〇会社代表取締役 Nと書かれている。

「この名刺の住所のところに行けばいいのね。」

「そう。じゃあ、あとで・・・」

〇〇会社か・・・信用できるのかなあ?しばらく名刺を見ているとポンと肩をたたかれた。ふりかえるとNだ。

「あったよ、この教授の虎の巻、テストのときこの答えを丸暗記しておけば絶対B以上が取れる。」

あいかわらず頭がいい男だ。「君にはできないだろうが、おれはこれをこんな風に袖の下に忍ばせた。」

なるほど試験中に袖をまくれば不自然なくカニングができる。

カンニングも完璧だが7割がた同じ問題が出るという情報をどこから入手するのだろうか?それも教えてくれたがそれはこの物語とは直接関係ないので説明をはぶく。


それから今日は4時間目の授業まででてパチンコはしなかった。〇〇会社設立、いったいNは何を始めるのだろう。私に何をさせるのだろうか?考えはじめたら、パチンコ等する気にならない。ともかく6時には少し早いが、〇〇会社のオフィスにといってもNの借りているマンションの一室だがその住所に行ってみよう。


学校から近くに場所だったみためもよいマンションで、Nの暮らしているアパートの部屋より家賃が高そうだ。新築のマンションだろうか、まだだれも住んでいない香りのするこぎれいな一室だった。これからなにがはじまるのだろうか?ピンポンと鳴らす。

ちょっとドキドキする。


「よう!来たな。入って」

Nに言われて中に入ると、業務用の机が2つ並べてある。そして1つの机には初めて会う女性が座っていた。きれいな人だ。「こんにちは。」と言われただけでドキドキした。私が会釈すると彼女は笑顔をのぞかせてくれた。突然現れた美しい女性だが、私にどうかかわってくるのかは聞かされていない。


「紹介しよう。こちらはTさんで、君のビジネスパートナーだ。昨日からこのオフィスで働いてもらっている。そして君が彼女の上司になる。こちらが君のデスクだ。」

「上司?」

まだ学生で社会経験のない私に上司などといわれても、なにがなんだかさっぱりわからない。私はともかくいわれるままにデスクに腰を下ろした。美しい女性と顔を突き合わせて働くのは悪くない。そうなるとせまい1室Nのいる場がない。デスクには1冊のファイルと名刺の束が置いてある。名刺には、Nの名刺と同じくここの住所が書いてあり、営業部長とかかれた肩書に私の名前が書いてあった。


「営業部長か・・・」おもわず吹き出してしまう。

 Tさんのデスクにも私と同じ1冊のファイルがあり彼女のデスクにだけ電話が置いてあった。あまりの手回しの良さに驚いてしまうが、まだ私は仕事を引き受けたわけではない。

「そこのファイルを見てほしいのだが、Tさんが顧客に電話をしてわが社の商品をセールスする。君はそのトークの一部始終を聞いていてほしい。そしてよりよい電話応対ができるようにアドバイスをしてほしい。彼女はこの仕事をするのは初めてだから。しっかり教育してほしい。」

「よろしくお願いいたします。」

彼女が私に明るい笑顔を見せてくれる。


教育といっても私にそんなスキルがあるわけではない。いったいNは何を考えているのだろう?

「わが社の商品はファイルに書いてある。暇なときによく読んで勉強してほしい。待遇だが給与は時給2000円だ。契約が取れたら歩合を払う。その金額は決めでいないが少なくとも5万円は払うことを約束する。」

Nは、歯切れよく説明をしだすがいつもと何か違う。そうヘビースモーカーのNがタバコを吸っていないのだ。


「給与は日払いで翌出勤日に現金で支給する。これはTさんの昨日の給与です。勤務時間は6時から9時まで3時間。明日もあさっても同じでいい。もしどちらかが都合が悪くて休むときは、2人とも休みにしてくれ。常に2人で出勤すること。休みが欲しければ2人で相談して自由に休みにしていい。ただし休む時は2人とも一緒に休む。出勤報告はそこのカレンダーに記入すればいい。それは上司である君の仕事だな。常に2人は同じ時間働くのだから1人の出勤報告でいい。」


「それから会社の規則などは基本的に自由だ。食事をしたり飲み物を飲んだり休み時間を作るのは自由にしていい。規則を作りたかったら上司である君が作って彼女に守らせればいい。それとここにオフィスのキーがある。1つしかないので悪いが1つどこかでコピーをして、それをTさんに渡してくれ。もちろん領収書を持ってきてくれたらお金は払う。だから明日は君がTさんより早く来なくちゃだめだ。」

「君は明日ここには来ないのか?」

「そう、ここは君たち2人の仕事場だ。あ。それと一つだけ守ってほしいことがある。この部屋は禁煙にする。じゃあおれは禁煙には耐えられないからこのへんでいなくなる。」

禁煙にすると困るのはNだろう。私はタバコを吸わない。


今でこそ禁煙は当たり前で、勤務中にタバコを吸うなどというのはありえないが、当時は、喫煙に対するモラルがいまとは全く違っていた。仕事中の喫煙は当たり前。とくにトップが吸えば下に嫌煙権などない時代だ。禁煙にするという行為は当時では最先端だった。

Nが立ち去ろうとするので「ちょっと待ってよ?」と私が声をかけた。

「なにか問題がある?」

問題あるか?と言われると返答に困った。

「いや・・・まあいいか・・・」

Nは私があいまいに答えると質問しようとした内容を悟ったのか

「もし引き受ける気がないとしても今日だけは時間通りにいてくれ。何もしなくても今日の給与は払う。」

何もしなくていいとは、私が絶対この仕事を引き受けるはずという自信だ。その自信はいったいどこから来るのだろうか?いつものことながらNとは恐ろしい奴だ。

Nが行ってしまうとTさん私の2人だけになる。


Tさんは、にっこり笑い

「私の仕事は顧客名簿に電話をすることです。さっそく上から順番に電話をしますね。」

「ああ・・はい。」

彼女はもう仕事をはじめるようだ。よくわからないが成り行きに任すしかない。

するとTさんが私の目の前で電話をかけ始めた。

「こんにちは、突然お電話をしてごめんなさい。私Tといいます・・・・」

「えっだれ?」

相手の電話の声も私に聞こえるようになっている。私は彼女が電話をかけているのを聞いていた。Nから

「まず電話を聞きながら気が付いた事を彼女にアドバイスしろ 。」

そう言われたので 言われた通り彼女の電話を聞いていた 。

そばで聞かれるのは嫌なものだろうと机を横にずらした。電話が終わると

「大丈夫ですよ。私のことは気にしないでください。ところで今の話で何かお気づきのことありますか?」と言われた。

「いえ、特に・・・」私は答えに詰まった。


Tさんは、今話した顧客について熱心にメモ書きをしている。そして休む間もなく次の顧客に電話をする。彼女はこのような テレフォンアポイントメントの経験はないと言っていたか 間違いがないようだ。決して上手とは言えない。 しかしTさんのすごさは、 初めてかける 顧客に 15分以上 話し続けている。 話すだけじゃなくて、 向こうに話をさせる時は、 彼女は上手に相槌を打って、つまり電話の顧客は 彼女との電話も 楽しんでいる。


顧客との電話が終わると「どうでしたか?今の電話?」と必ず私に聞く。さっきは

「いえ、特に・・・・」といったがまた同じ返事ではいくらなんでも申し訳ない。

感じたままここはいいとほめちぎった。はっきり言って私の助言はアドバイスになっていない。

そんなふうに一日が終わる。

「今日は、この辺で帰ろうか?」私が帰ろうと言わないといつまでもやっていそうだ。


次の日いつものように学校に行く。4時間授業をしっかり受けてオフィスに向かう。不思議なもので仕事を抱えているからこそ授業も出るし充実する。もっとも仕事は充実感と言うより、Tさんといられることが楽しみなのかもしれない。授業が終わると、その途中私はNに言われたように合いかぎを作りに行った。


「このキーのスペアキーを作ってください。2人分」

「かしこまりました。少しお待ちください。」

15分ほど待たされるとスペアキーが出来上がってきた。

「お待たせしました。これが親キーですお返しします。今回作ったのが2本ですので・・・」

私は勘違いしていた。私とTさんでつかうのだから1本だけコピーすればいい話だが、2人分と言ってしまった。私も本当にそそっかしい。

「すみません、領収書は1本分の料金を書いていただけませんか。」

私が間違えたのだから2本分の料金をNに請求するわけにいかない。笑っていいというだろうが自分のそそっかしさを露呈する。1本分の料金は自分で被ることにした。まあどうってことないたわいのないミスだが、これがあとあと起こる事件のまさに「鍵」になる。


 Tさんより早く出勤しなければいけないのだが到着は10分前、すでにドアの前で先に来て彼女は待っていた。「ごめんなさい。待った?」

「いえ・・・私も今来たところです。」

さっそく今作ってきたスペアキーを鍵穴に通してみた。大丈夫だ。そして

「これTさんの鍵ね。」

と言って彼女に鍵を渡した。


そして昨日の続きを始める。彼女は 商品の話は一切しない N のマニュアルに最初の電話では商品の話はするなと書いてある。 電話を切ると また彼女は しきりにメモをしている 。今日話したこと 内容を書いてあった。メモをしておけば次に同じ顧客に電話をするときにより一層の親密感が出てくる。

そう私たちはある高額な商品を顧客リストに基づきTさんが電話をかける。顧客が電話の向こうで「うん」といえば私が出かけて行って顧客と会い契約を結んでくる。しかし簡単に売れるのだろうか?『そんなに売れるわけない。』私の率直な感想だ。ただNの話だと仮に全く売れなくても給料は払うというのだ。

しかしTさんのバイタリティはすごいものがあり、嫌がられてもひるむところがなかった。

おそらく読者の皆様は『いったい何を売っているのだろう?』

これが一番の興味のあると思うのだが、それはあとでお話することにする。一日が無事終わると。3時間で6000円。特に私は横で話を聞いているだけ6000円いただく。それはNに申し訳ない気がする。

「契約が取れるまでは一日も休まずに出勤しましょう。」

Tさんの熱意には感心せずにはいられない、もちろん私の方は休みなしに異存はない。


出勤するといつもデスクの上に封筒があり、6000円が入っている。最初はうれしかったが、4日もすると申し訳なくなる。なにもしないでこれだけの大金が入る。今日も夕方6時に出勤すると封筒が置いてある。なんか引け目を感じている私。しかしTさんは違った。


「今日は契約がとれそうな気がするんですよね。」

いつものように強気だ。すると予想通り本当に1件契約に至ったのだ。

仕事を始めて一週間で初めての契約だ。さっそく私が行って契約を結んでくる。


契約をとれたこと今まで生きてきた中で一番うれしかったかもしれない。何より彼女の笑顔を見ことが幸せだった。


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