6.劇当日
劇の準備、練習は滞りなく進み、当日を迎えた。
マルグリットが想像以上にお芝居の演技が下手だったのは難点だったが、セリフも少ないしなんとかなるだろう。
新しくオープンする城門前広場のお店の宣伝と劇の宣伝のチラシを作成し、町で配ったり、学校でも配ったりしたおかげか町の子供たちの大部分が集まってくれた。
その後ろには親御さんも見に来てくれている。ちゃんと客の呼び込み自体はある程度できたようだ。
舞台の設営も観光第二課のみんなで組み上げることができた。
――
『昔々、王国で皆が平和に暮らしてると、何処からともなく悪の大王ファブニールが現れ、お姫様をさらってしまいました。』
リゼットの語りから、劇は幕を開ける。
『フハハハハハ!この姫は我がいただこう!』
『キャー! タスケテクダサイマシー!』
マルグリットは、これだけ声が出ているのに対して、ここまで棒で演技できるのもある種の才能だろう。
『お姫様がさらわれとても悲しんだ王様は、「姫がさらわれてしまった……! 勇者ジークフリートよ! 悪の大王を倒し、お姫様を救うのだ!。」と勇者に命じました。』
『わかりました!この勇者ジークフリートが必ず、姫を助け出してきます!』
王様は、まだ魔法の出番が少ないのでシエルに担当してもらった。セリフはリゼットの語りで済むので、特にない。
ベルの勇者姿はとても様になっている。勇者の聖剣(木製)とマントはお土産品店で販売されており、その宣伝にもなっているはずだ。
『そうして、勇者ジークフリートは冒険の旅へ出ることになりました。』
『悪の大王の城を目指し勇者ベルは旅の途中で、魔物の群れに襲われている村を見つけました』
ここで私は魔物の群れが描かれた書き割りの板を持ち舞台へ上がる。
『ぐへへ、エサがいっぱいだー! みんな食べてしまえ!』
『待て! 人々の平和な暮らしを乱し、命を奪う。そのような暴挙、このオレが許さない!』
『誰だ貴様は!』
『通りすがりの勇者だ! 覚えておけ!』
『だったら、通りすがっていろ!』
『くらえ! クロスブレイド!』
ベルナデットはセリフと同時に、剣を振るうと、私の持っていた書き割りが粉々に砕け散った。
砕け散る仕掛けなど無いはずなのだが。
『勇者ベルが、聖剣を振るうと魔物たちは倒され、村の人たちは助けられたのでした!』
『勇者さんありがとう!』『ユウシャサマステキー!』
『オレは当然のことをしただけさ。それよりもみんな怪我はないかい?』
『はい大丈夫です!』
『こんなところまで、魔物の侵略が進んでいるとは……!』
『村を救った勇者ベルは、悪の大王の城へと急ぎました。』
『やっとたどり着いたぞ! 悪の大王ファブニール!』
『ユウシャサマ! キテクレタノデスネ! ワタシヲコノアクノダイオウカラカイホウシテクダイ!』
私は笑いを堪えながら、悪の大王ファブニール役に徹する。
『姫様を捕らえ、多くの人々を虐げる邪悪なるファブニールよ! お前はオレが倒す!』
『勇者ジークフリートよ、それはどうかな。貴様を倒し我がこの世界を支配してみせよう!』
『ゆくぞファブニール!』
『フハハハハハ! 勇者ジークフリート、地獄の雷を食らうがよい! イビルサンダー』
私のセリフに合わせて、シエルの演出の雷魔法が、勇者ベルに向かって放たれる。
魔力によって生み出された紫電の一閃が勇者を襲う。
『グワーッ!』
ベルナデットが雷撃のダメージを受けのけぞる。その姿は到底演技には見えず……。
『な、なんて強力な魔法なんだ、だが! この程度じゃオレは倒せない! 食らえ! 勇者の魔法を! ブレイブサンダー!』
(台本と違っ!)
ベルナデットのセリフとともに、魔力の流れを感じそれは紫電へと変化し私こと悪の大王に襲い掛かる。
『グゥワー! 貴様! よくも、本当によくもやってくれたな!』
演出の魔法ではなく、実際に威力のある雷の魔法が私を襲い痛みを感じる。
私は痛みをグッと耐え、悪の大王役に徹した!
『我の恐ろしさを貴様の脳裏に刻み付けてくれる!』
私は両手を突き出す。
『これこそは、貴様を地獄へ導く"2つ"の雷! 食らえ! ツイン・イビルサンダー』
今度は2本の紫電が勇者を襲う!
『な! よくも! グワーッ!』
ダメージを受けた勇者に私は高らかにセリフを読み上げる。
『ハーッハッハ! 悪の大王にたてつくものはこうなるのだ!』
勇者ベルはついに膝をつき倒れる。
『(すごい! 二人とも練習以上の演技!)みんな! このままだと勇者ジークフリートがやられちゃう!』
実際にダメージを受けていることを知らないリゼットは司会進行を進める。
『勇者ジークフリートを力を分けてあげて! 勇者ジークフリートがんばれー! って応援しよう! いくよ! せーの!』
「ジークフリートがんばれー!」「がんばれー!」
『そう! その調子! もう1回いくよ!』
「ジークフリートがんばれー!」「ベルがんばえー!」
ベルナデットの周りに光が集まっていく。優しい慈悲の光は勇者の傷を癒し立ち上がる力を与える。
シエルの回復魔法だろう。ベルナデットの体力が回復していく。
『ありがとう。みんなの思いがオレに力を与えてくれた! オレはもう負けない!』
『なぜだ! なぜ立ち上れる! 』
『わからないのか?! 平和を愛する多くの人々の思い、願い、明日へと向かう強い意志がオレを立ち上がらせる! オレは一人で戦っているんじゃない! みんなの思いを受けて戦っているんだ!』
勇者は立ち上がり叫ぶ。
『幾千の願い、幾万の誓い――』
勇者の詠唱に周囲が静まり返る。
『絶望の闇に抗いし者たちよ、その祈り、黎明となりて我が剣に集え――』
勇者の聖剣(木製)が光を纏っていく。
『これは滅びに抗い、未来を拓く一筋の光!』
こぼれた魔力に勇者の周囲が光であふれ出す。
『勇者聖剣流最終奥義! デイブレイク・レガリア!』
シエルの光魔法と、ベルの魔法剣の合わせ技だろう。
振るわれた剣筋は光の奔流を放ち、悪の大王に、私に向かう……?
(待って! それは死ぬ!)
無重力を体験し空の青さと近さを感じる私。吹き飛ぶ設営舞台。
『……。悪の大王ファブニールは倒され、世界に平和が戻りました! めでたし、めでたし!』
あまりの衝撃に、呆然とする観客。半壊した舞台。舞台外へ吹き飛ばされ、地面に転がる私。
「ゆうしゃベルカッコいい!」「ベルすごい!」
どうやら、子供たちには受け入れられたようだ……。
――
「フィオ! ベル! シエル! 本当になんてことしてくれてるの?! 子供たちに怪我が無かったから良かったけど、舞台を吹きばしちゃってもう! 観光二課で弁償よ!」
なぜか私はマルグリットに怒られてた。
「ごめんなさい。臨場感出るように魔法頑張りすぎた……。」
「え、なんで私も怒られてるの?!」
「元はと言えばあんたが、始めたことでしょう!」
「マルちゃん! そんな理不尽な!」
「あんたがシエルに魔法の演出を頼んだんじゃない! ちゃんと責任を取って片付けしなさい!」
「というか、私も死にかけたんですけど!」
「死なないように手加減した。」「ちゃんと直撃は外しただろー。」
「シエルちゃん、ベルちゃん手伝ってよー。」
「定時だからかえるねー。」「お疲れ様でしたー!」
「薄情すぎる!」
「うう、どうしてがれき掃除なんてする羽目になったの……。ぜんぜんワクワクじゃない……。」
「フィオ、私も手伝うからね。元気出して。」
「リゼットちゃんありがとう……。」
この日、日が暮れた後もお客さんが去った舞台の片付けを黙々とこなしたのだった。