8日目
住まいに着くなり、俺はベットに横になって何も考えないようにした。しかし目を閉じると彼女の最期が思い浮かんできてしまうのである……。
「ううっ!」
胸が締め付けられるように痛くなって息苦しくなり吐き気が込み上げてくると、俺は咄嗟に床に嘔吐してしまったのだ。すると自然と涙が溢れてきたのであった。
「ベロニカ……」
俺は涙が枯れるまで泣き続けていたのだ。この日の夜は一睡も出来ず朝を迎えたのであった……。
次の日の朝、俺は目の下に隈ができ重い体を引きずりながらベッドから起き上がったのだ。
正直、ベロニカが死んだ悲しみでこのまま家に閉じこもりたい気持ちがあったのだが、俺にはやらねばならない事があった。
それは、刑務所に行き死んだ彼女の墓を見に行くことであった。ベロニカを弔い、彼女の墓の前で最後の別れをしたいと願ったのだ。
俺は休みであるが制服に着替えると家を出たのだ。そして彼女の墓参りをする為の花を買うために、先ず町の市場に向かったのである。
道中でベロニカの最期の時を思い出してしまい涙が自然と滲んできた……。
「ベロニカ……君の為に花を贈るよ……」
そう呟いて涙を拭うと、俺は市場に向かったのだ。そこに着いても気持ちは沈んでいたが献花する花を物色していた。
そこで俺は彼女の名前と同じベロニカの花を選んでいたのであった。
花としてのベロニカは茎の先に小さな花を穂の様につける花である。俺が選んだのは青色や紫の物を選んでいたのであった。
市場から刑務所に到着すると敷地のすぐ隣にある身寄りのない死刑囚や病死した囚人の墓地に向かっていた。
墓地に着くと俺はベロニカの墓を探す為に辺りを見回したのであった。
暫く捜すと掘り返して埋めた跡の新しい墓が立っており、その墓石にはベロニカ・アベールと名前が刻まれていたのだった。
俺はその墓の前に立つと持ってきた花を添えた。そして目を瞑って彼女の冥福を祈ったのである。
すると、その時……俺の頭にベロニカの声で聞こえてきたのであった。
『ありがとう……私の大好きなジルド……』
「!!」
その瞬間、俺はハッと我に返り目を開いたのだ。実際、気のせいだろうがベロニカの声が聞こえたような気がしたのだ。
俺は再度辺りを見回したが、そこには墓だけで誰もいなかったのである……。
「ベロニカ……」
彼女の名前を呟くとベロニカを担当した日から死刑前日までの日々を思い起こしていた。
そして俺はベロニカと過ごした日々が走馬灯のように脳裏に浮かんできたのである。
最初に会った時は、素っ気なかったが次第に心を開いてくれた事。
彼女に食事を配膳したり、他愛もない会話をした思い出が蘇ってきたのだった……。
水浴び場に彼女を連れて行って、転んで背中を打って介抱している所に抱き締めて欲しいとせがまれた事。
次の日に囚人用の庭で人目を忍んで抱擁しキスをしたら、その夕に夕食を持って行った時には誘惑して抱いて欲しいと懇願した事等の記憶を呼び戻していた……。
しかし、彼女は冤罪により死刑になりこの世から去ったのだ。俺はその事実を改めて痛感すると涙を流していたのである。
「……君は無実だったはずなのに……悔しかっただろう……怖かっただろう……」
そう呟くと俺はその場で泣き崩れてしまったのだ。そして彼女の死を悼みながら涙を流して……。
突然、俺の背中に誰かが優しく手を添えてきた。その感触はベロニカの手の感触と似ていたのである。
「!!」
俺は驚いて振り向くと、そこには思いもよらない人物が立っていたのだ……。
「えっ……」
それは死んだはずのベロニカだった。彼女は優しい眼差しで俺を見詰めていたのだった。
『ジルド……泣かないで……』
そう言って俺に微笑んでいたのである。だが、彼女の姿は朧気で輪郭が不明瞭に見えていたのであった。
「ベロニカなのか……? いや、幻か……?」
『そうよ……最後に貴方に会いに来た……』
そう言って彼女は俺の手を取ってきた。そして俺は彼女の手の感触を感じたのである。その手には温もりは感じられないが生前と変わらない優しい感触であったのだ。
「……君は俺が来るまで待っていてくれたんだな……」
そう呟くと涙が溢れてきたのだった。そして俺が泣きながら笑って答えると彼女も微笑みながら言ってきたのだ。
『私ね……貴方に伝えたい事があったの……』
「伝えたい事……?」
『うん……私ね……もっと一緒に過ごしたかった……だけど……』
「だけど……?」
俺が聞き返すと、彼女は哀し気な表情で言ってきた。
『私はもうこの世にはいない……だけど、貴方にはこれからも前を向いて生きて欲しい……ジルドならきっと大丈夫……』
そう言うと彼女は俺の頬に手を添えてきた。その感触は生前と同じ感触であったのである。
そして俺は彼女を見詰めると自然と言葉が出てきたのだ。
「心配してくれて、ありがとう……君の事は一生忘れない」
『うん……私も貴方の事を忘れない……じゃあ、さようなら……』
そう答えると、彼女の姿は徐々に薄れていく……。
「ベロニカ! 待ってくれ!」
俺は消えゆく彼女に懸命に叫んだが返事は返ってこず、とうとう消えてしまったのであった。
それと同時に俺の頭の中に聞こえてきたのは彼女の優しい声であったのだ……。
『ジルド……元気でね……』
「えっ……?」
驚いて辺りを見渡したのだが、やはり周りには誰もいなかったのである。
「ベロニカ……」
そう呟くと俺の目からは自然と涙が零れていたが、先程のベロニカが霊だったのか幻覚・幻聴であったのか今ではどうでもよくなっていた。
何故なら、俺は彼女と最後の別れをする事ができたのだから……。そして彼女の墓に添えたベロニカの花の香りを嗅ぎながら呟いたのだった。
「さようなら……ベロニカ……」
俺の呟きは、広大な墓地の中で消えていく……。そしてベロニカの墓に別れを告げて帰途につくのであった。
それからの俺は、彼女の思い出に囚われず前を向いて生きようと思うようになったのである。
ベロニカが俺に訴えてきた言葉……「前を向いて生きて欲しい」と言う言葉を胸に刻みながら……。
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