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 ユリシーズに一通りこの離宮の事を教えて、それから二人はルーシャの部屋へと向かった。


 勉強机とは別に置いてあるティーテーブルに二人で腰掛けて、ルーシャの趣味で置いている小さな人形へと視線を移した。


 それは気まぐれにクリフが買ってきて、よこしたもので動物をかたどった木彫りの置物だ。


 昔魔法で怪我をさせてしまって以来、動物を飼いたいとはおもわなかったけれど置物なら安心して側においておけるから割と気に入っている。


「これ、クリフ様が国外に視察に出た時に買って帰ってきたお土産だったよね。随分昔の事だと思ってたけどまだ持っていたんだ」


 にこやかにユリシーズはそう言ってひとつ手に取ってなつかしさに顔をほころばせた。


「細部のディティールまでこだわるのがその国の文化らしくて、よくできてるとその時も思ったんだ」


 ……そうなんですか。本で調べたけれどそんなことは載っていませんでした。


 きっと現地に行ったからこそ知っている事なのだろう。いつだって、優しく話をしてくれる彼はルーシャが幼いころからあこがれの的だった。


 外に出られるというだけで、様々なことを知っていて、うらやましいけれど妬ましくはなかった。


 そんな感情はサイラスにも思っていたが、今ではあの下卑た笑顔以外覚えていない。


「可愛いね」

「……」


 ルーシャの世界は狭くて、ルーシャには数えるほどしか知り合いだといえる人間もいないし、大切だと思っていた人は三人いたけれど、うち二人はルーシャの事を大切には思っていなかった。


 彼らにとってのルーシャは、ただの聖女という名の置物みたいなものだ。自由に弄んで使って、放り出したり愛でたりする。丁度この動物たちみたいに。

 

 果たしてそれは三人目のルーシャの大切だと思えた目の前にいるこの人はどうだろうか。


 今だって彼が来てくれてやっぱりうれしいなんて思う気持ちが素直に浮かんで来て、しかし、クリフとサイラスの事を思い浮かべるとユリシーズも同じような気がしてくる。


 だってルーシャを助けてはくれなかったのだし。


 ……だから、あまり気を許さない方がいいんです。傷ついて欲しくないけれど、どうせ私は復讐以外に何もないんですから。


 そう考えてから、ルーシャが彼を害するつもりはないと伝えるために口を開いた。


「ユリシーズ……貴方はクリフからどうするように言い含められてきましたか?」

「うん?……うん。そうだったね……」


 その話をすると彼は少し眉間に皺を寄せて、片手でテーブルの下の腹に手を当てた。また胃痛に襲われているのだろうか。


「……ルーシャの天罰ですこし……いや相当参ってる様子で、なんでだかわからないけどほぼ無傷だった俺に、ルーシャの怒りを収める為に尽くしてこいって言われているよ」

「そうですか。……私、貴方には危害を加えません。でも復讐もやめません」


 すんなりと言って、それからあまり関わらないでほしいと伝えようと考えていたが意外なことにユリシーズは驚いた様子で眼鏡の奥の瞳をパチパチとしてからルーシャに聞く。


「え、どうして?」

「……」

「危害を与えたうえで復讐を止めない事はあっても、どうして俺に何もしないの?」


 純粋に意味が分からない様子でそう聞かれて、ルーシャだって困る。


 それは当たり前のことだ。


「ユリシーズは何も悪いことしていないからです」


 彼をクリフの代わりに痛めつけたって何にもスッキリしない。むしろ嫌な気持ちになるだけだ。でも別に大切に思っているわけなんかではない、ルーシャの味方はどこにもいないのだ。


「…………」


 そう思うたびに胸のどこかしらかが痛くて悲しい気持ちが広がっていく。恨めるだけの事を彼にはされていない、サイラスやクリフのようにルーシャを利用しようとしていないし、ユリシーズは悪くない。


 だからこそ、味方になってくれないというのが悲しくてこんな気持ちになる。それも仕方がないとわかっていても、望んでしまうから辛い。


 いろいろな感情が混じって黙るルーシャに、ユリシーズはいつもの笑顔ではなく暗く淀んだ瞳でルーシャではないどこかを見て口にした。


「……ルーシャは甘いなぁ」


 ……?


 甘いというのは、どういう意味かよくわからなくて気持ちを切り替えてユリシーズを見る。彼はいつも大体ルーシャにへらへらして接していたし真剣な顔をすることも珍しい。


 幼いころからずっと優しかった。今だって優しそうに見える。でも少しだけ違うようだった。


「……甘い、ですか」

「うん」

「どういう所がそう思いますか?」

「俺を責めないところ」

「責める必要がありません」

「うん。甘いね」

 

 改めて実感するようにそういって、彼は目を細めてつづける。


「甘くて……愚直」


 その二つの言葉が並んでいると、なんだか悪口を言われてるように感じたが、とうのユリシーズは馬鹿にしているという様子ではない。


「きっと元の性格が優しすぎるんだろうね」

「……優しかったら、復讐なんてしていません」

「優しいよ。優しくて素直だから騙された、捕まったし逃げ出さなかった今だって殺してない」

「……」

「彼らに加担してルーシャの恩恵を受けている人間の恩恵を受けて生きてきた俺に、罪がないみたい言う」

「それは事情があったからそうしていただけだと知っています。それにユリシーズは優しかったです」


 確かに、クリフに仕えていた彼はその恩恵を受けていただろうし、ルーシャを閉じ込めておくのに協力していたといえばその通りだ。でも、それでも心の支えになっていたことは変わらない。


「うん。なんで優しかったんだと思う?」


 彼はいつもと同じトーンのまま聞く。


 それに何かルーシャのまったく知らない恐ろしい理由が隠れているみたいな聞き方で言葉に詰まった。


 もしかするとサイラスのようにルーシャを何かに利用するためにそうだったとでもいうのだろうか。


 そうだとしたら、彼が怪我をすることを悲しく思えないかもしれない。


 ごくっと唾液を飲んでフルフルと首を振る。いざとなったら逃げられるようにイスを少し引いた。


 しかし、すぐに答えは返ってこなくてただ、ユリシーズは震える吐息を吐いた。それからいつもの笑みを消して辛そうな顔をして口にした。


「……ルーシャがずっと可哀想でたまらなくて、こんな事をして搾取している側の人間であることが、情けなくて、っ、堪らなかったからだ」


 声が震えていて彼の顔は青白かった。いつもずっとユリシーズは笑っていて優しくしてくれていたのに、体調が悪そうで、辛そうで、大変そうだった。


「ごめんね。こんな、憐れみを向けてそれで満足して何もできない人間で、本当にごめん、でもだからこそ、復讐を俺にもしてほしい、俺にだけ不幸が降りかからないのはルーシャの力だよね」


 今もとても辛そうで真っ黒の瞳に涙が浮かんでキラキラと光をはらんでいた。


「恨んでいい。……むしろ、俺に優しさなんか向けなくていいよ。家族の事を心配してくれたけどむしろうれしいんだ」

「……」

「君が家族に会いたいって泣いているとき、俺はのうのうと家族と暮らしていて、早いうちから城勤めになったことを褒められたりしてた。それを何もしていないだなんて言わないでくれ、ルーシャ」


 顔をあげてユリシーズはまた笑みを見せた。やっぱりつらそうな笑顔だった。


「俺は立派な加害者だよ」


 その言葉を聞いて心のなかで膨らんでいた彼に対する不安な気持ちはあっという間にどこかに消え去った。


 サイラスのようになんて思ってしまった自分が恥ずかしい、ユリシーズは昔からずっとルーシャの大切な人だ。そして、同じだけとはいかなくともきっとユリシーズもただの物ではなくルーシャの事を一人の人間として見てくれていた。


 幸運の女神の聖女という置物じゃなくて、彼はルーシャを人扱いしてくれる。


「……やっぱり……やっぱりユリシーズは悪くないです」

「……」

「好きなだけここに居てください、出ていって一人でどこかで暮らしてもいいです、私はユリシーズを害しません。でも私はずっとここに居座って彼らに復讐し続けます」


 そうだとしても、どうしたらいいのかわからなくてすべてを彼に預けた。良かったと思う。過去の思い出の全部が嫌なものに変わってしまわなくて、良かった。


 そうだったというだけでルーシャは少しだけ報われる。彼の言うような優しい人であれる気がする。でもそれを消してしまうくらい今はクリフが憎くて仕方ないんだ。


 復讐はやめない、ずっとずっと、気が済まないから。


「……ルーシャ」


 ユリシーズはルーシャの宣言に、名前を呼ぶだけで返した。彼が何を言いたいのか、分かるような気がしたけれども、分からないふりをした。







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