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 本来なら治してもらってお礼を言う所だが、喉が詰まって言葉が出てこない。


「でもよかった。君が魔法でクリフ様を攻撃しなくて……そうされたら俺は対処のしようがないし、けが人が出てたと思う」


 温かい水がルーシャの腕を包んでフワフワと揺れる。それは心地のいい感覚だったが落ち込んだ気分はもどらない。


「堪えてくれてありがとう。ルーシャ」


 目を合わせて眼鏡の奥の瞳がにっこりと笑う。


 ユリシーズは相変わらず血の気の引いた顔をしていて、なんだかいつも不憫だ。しかし、彼の言葉が少しルーシャの気持ちを間違えてとらえていて訂正の為に口を開く。


「……違います。ユリシーズ、堪えていません。初めからその選択肢はありませんでした」

「そうなの?」

「はい」

「じゃあ、どうして?」


 彼は、不思議そうに黒い瞳をまん丸にして聞いてくる。それにルーシャは当たり前のように答えた。


「私の魔法は人間に向けて使うと簡単に引きちぎってしまうから、使うときは殺すときです」

「……あ、ああ、うん」


 口にすると彼は血の気のない顔をさらに青くさせて、目を細めて笑みを浮かべる。


 ルーシャが持っているのは風の魔術だ。それもあまりコントロールの良くない風の魔法。


 ルーシャは自分に使うことは簡単にできるが、他人に向けると簡単に体の一部が取れてしまう。


 無機物にはそうではないのだが一度動物に使った時に、可哀想なことをしてしまったことがある。


 魔法は心に強く影響を受けて体現化する。だからこそ魔術を持っている貴族は、教師から教えられてコントロールを学ぶ。それがなかったルーシャの魔法は魔力の制御もできずに他人に向けると暴走する。


 だから、殺したい時以外は使うべきではない。殺すつもりはないのだ。クリフには、ただルーシャが与えられた苦しみを背負ってほしいだけだ。


「うん……っ、うん。ごめん。本当にごめん」


 また腹が立ってきてルーシャがイライラしながらユリシーズを見れば、彼は綺麗に治ったルーシャの腕の魔法をといて、眉間にしわを寄せて背中を丸める。それから自分の腹をぐっと押さえた。


「……また胃痛ですか」

「うん、ま、まぁ」

「水の魔法では治らないんでしたよね」

「そ、う。なんだ、これが結構めんどくさくて……」


 そのまま青い顔をして苦しげにルーシャの言葉に応える。


 ストレスを感じやすく胃が弱いのは知っているが、今までの出来事はよっぽど彼に負荷がかかっていたらしい。


 しかし、彼はクリフの腹心で完全にあちら側で、今日の出来事でストレスを感じるのはルーシャのであるべきなのだが、それについては触れずにルーシャはひとつ息をついてから、いつもの調子を取り戻してユリシーズに言う。


「座りましょう。ユリシーズ、落ち着くまで休んだ方がいいです」

「……本当にごめん。今日は散歩の日なのに」

「いいんです。また今度連れ出してください」


 今度はルーシャが彼の手を取った。それからソファーに座らせてそれでも前かがみになって腹を押さえている姿が辛そうだったので、座面に横になるように肩を押して促した。


「はぁ、ごめん。情けなくて」

「いえ。眼鏡外しますね」


 横になった彼の眼鏡にそっと触れて外す。折りたたんでテーブルに置くとこちらを見ている彼は顔をしかめていて、よく見えていないのだと気がつきそばに寄った。


「ありがとう……庭園のバラがそろそろ咲いただろうから見に行きたいって手紙で言っていたのに、連れて行ってあげられなくてごめん」


 仰向きに横になってそう言う彼を背もたれに手を置いてのぞき込む。


 ……覚えていてくれたんですね。


 ユリシーズの言葉にそう思う。それから少し間をおいてから嬉しいと思う。


 本来なら彼にそんな感情すら向けてはいけないが、どうやらそんな努力はもういらないらしいのでルーシャの自由だ。


 ……それにしても、たしかに、彼が連れ出してくれる散歩の日は、面会の後のご褒美のようなものだから、すごく楽しみにしていたんですけど……こんなことになっては、それも今はどうでもいい気がします。


 だって婚約破棄してこの離宮から出て行けと言われているんですもんね。もう私は自由に出歩いてもいいのでしょうか。


 ふと疑問に思った。ルーシャは誰かに監視されていなければ外にも出られない、誰かといってももっぱらクリフの腹心のユリシーズなのだが、今までそんな生活がずっと続いていたので今更、強烈に外に出たいとは思わない。


 ただ、そうしてよくなった大元の出来事を思い出して腹が立つ。


「いいですよ。だってもう、出て行けと言われてますし。婚約破棄には応じませんけど、出ていこうと思えば出ていけると思いますし……貴方の主のおかげで」

「う……本当にごめん」

「急なことで驚きました。それに……絶対に許しません、アンジェリカもクリフも」


 ユリシーズを見下ろしているせいでおちてきた藍色の髪を耳にかけて、彼を見つめる。するとやっぱり眉間にしわを寄せて、また胃をキリキリと痛めている様子だった。


「それにしても不思議ですね。どうしてそんなにストレスがかかってるんですか? 私が貴方たちに責められて胃を痛めるなら正当ですけれど、ユリシーズは責めている立場の人間ですよね」


 本当に不思議で、そんな風にルーシャは言ってから彼の額に手を伸ばした。軽く黒髪を払って熱を測る。平熱だと思いつつも困ったように笑う彼は言う。


「ルーシャが本気で怒ってるからかな」

「それは……どういう意味ですか?」


 聞きながら手を離す。


 それにユリシーズはルーシャよりも年上だ。成人だってしていて身長も高いし大人びている。それなのにルーシャが怒っていて胃を痛めるなんて、そんな情けない話があるだろうか。


「……あのさ、ルーシャ、俺はクリフ様みたいなこと思ってないよ。ルーシャの力は本物だし、アンジェリカ様もクリフ様もちょっとやそっとの怪我で済むかどうか……」

「……」

「それをどう守ろうかと考えると胃が痛いし、今だって俺、ルーシャにどうにかされないかなって……少し考えてる」

「どうにかとは?」

「例えば魔法でいたぶられたり? 相当怒ってるよね?」

「……ユリシーズをいたぶってどうするんですか」


 そのルーシャの質問にユリシーズは苦笑で返して会話は終わる。


 彼は答えてくれなかったけれど、クリフ側についている彼をいたぶれば少しでもイラつきが収まると彼が思っているからそんな風な心配をしているのだろう。


 しかし、その必要はない。天罰はきっと下る。カッとなって手を出したが、それだけは確信めいた自信があった。


「そんなことしません。意味ありませんから」

「そう、だね。……天罰があるならそれで十分……だと思うけど、ああ、怖いな」


 辛そうに言う彼に、ルーシャは色々な感情を巡らせた。


 ……そんな風に、きちんと私の正当性をわかってくれているのに、私の味方はしてくれないんですね。そうですよね、ユリシーズはクリフの腹心ですから。


 だからクリフを守ることしか考えていない。そんなのは当たり前のことで、今更考えるまでもないのだが、割とルーシャにはユリシーズは優しい、それなのにと思ってしまう。


「死なない程度にしてくれると嬉しいんだけど……」

「そんな器用なことできるかわかりません」

「そうだよね」


 彼のクリフをかばうようなセリフがどうしても嫌で、ルーシャはそんな風に答えた。ルーシャの答えにユリシーズは笑みを見せてゆっくりと起き上がった。


「俺は、ルーシャに復讐はやめろなんて言わないけど、満足出来るなら俺を殺してもいいよ。俺はクリフ様の盾だから、そういう風に使っていい」


 さっきまであんなに怖がっていたのに、ユリシーズは笑みを浮かべたまま言う。


 そういう所が彼の心と体にストレスを与えているのだと思うけれど、指摘するつもりはない。


「それに、そうされるだけの事をしている人に雇われているからね。覚悟はできてる」

「……そんな覚悟はやめて普通に生きたらいいではないですか」


 絶対に彼に合っていない仕事だと思う。


 魔法を持っていない彼はあまり強いとは言えない。体をいくら鍛えても限界がある。もっと事務官だったり領地運営だったり出来ることがあるだろう。

 

 そう思っての言葉だったが、眼鏡をかけ直して彼は首を傾けてルーシャに答えた。


「代々続くお役目なんだ。俺が逃げると他の誰かがこの役目を継ぐことになる」

「……籠の鳥なのは、ユリシーズも同じですね」


 味方にはなってくれない、それを悲しく思っていたけれど、今の話を聞いたらそんな言葉が出来た。


 ここに入れられてからの長い付き合いだったが、生い立ちすら話をしたことがなかった。


 今までのルーシャはずっとクリフを愛することに一生懸命すぎて彼という人物ときちんと向き合ったのは初めてのことかもしれない。


 しかし、ルーシャの言葉にユリシーズは不思議そうな顔をして聞いてくる。


「それはルーシャと同じという意味?」

 

 こくんと頷く。すると彼は少し考えてからルーシャに手を伸ばしてきたきっと頬に触れようとしたのだと思う。


 昔、まだ幼く愛情も何も分からないときに、ルーシャは彼にスキンシップを求めていた事があった。そのときと同じような手の動きをしていたからそうだと気がついた。


 その手は途中で止まってルーシャの手を取った。それから言い聞かせるように言う。


「君の鳥かごの鍵は開いていると思うよ」


 ……鍵、ですか。


「ルーシャ」


 名前を呼んで彼は静かに笑った。意味はよく分からなかったけれど、なんとなく頷いた。






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