13
誰にも許されない、復讐をされてもおかしくない最低な人間になった。もう、後戻りは出来ない、でもそれすら二人のせいだと思い込んだ、だって復讐以外のものを何も持たない存在にしたのは彼らなのだ。
だからルーシャはずっとずっと傷つけていい、ずっと復讐を続けていい。
「っ、あぁっ」
決壊したように泣き出すクリフ、それでも可哀想になんて思わなかった。
しかし、彼の隣からぎりっと歯ぎしりの音が聞こえて、跪いていたアンジェリカがすくっと立ち上がった。彼女の手にはキラリと光る小さなナイフが握られている。
「……」
それにはすぐにルーシャは怖いと思ったし、逃げようと思った。しかし、罪悪感が足を重くさせる。
「っ、し、死ねぇ!!」
女性らしからぬ野太い声が叫び散らす。勢いをつけてルーシャにナイフを突き立てるために走り出した。
視界は何故かスローに見えて、考える時間があった。
ゆっくりと迫ってくる必死の形相、きっと天罰に殺されるぐらいなら、やられる前にやるしかない、そんな風に考えての事だろう。
きちんと彼女は謝ったし筋は通った、彼女には正当性がある。
でもルーシャはどこにも行けないし、他に何もない、何も持っていなくて復讐のやめ方が分からない。どこまでもどこまでもこのまま一生彼らを苦しめて生きる未来以外が見えない。
その先にあるのは何か、考えない日はなかった。
……死ぬだけです。先には何にもありません。私は確実に死に向かっているだけです。
だったら、今、彼女に刺されるのとこの先もずっと苦しみ合って憎しみ合ってその末に死ぬのと何が違うだろう。
行き着く先が同じなら苦しみは少ない方がいいと思う。そう考えて、ただ目をつむった。逃げもせず、でも彼らを許せもせず、自分の人生に目をつむる。
……終わってしまってもいいんです。
最後に考えたのはそんな言葉だった。きっとすぐに衝撃が来て殺される。覚悟なんか決める暇もなかったけれど、また復讐の日々に戻るよりも、いま何もしない方がずっと楽で心が健やかだった。
「っ!!」
しかし、ぐっと襟首をつかまれて背後に引き込まれる。体が動いて反射的に目を開くと、入れ違いに前に出るユリシーズと眼鏡越しに目が合った。
彼は少し怒っているような責める様な瞳をしていた。
すれ違って前に出た彼はアンジェリカのナイフを簡単にいなしてバランスを崩して転ぶ彼女をほおってルーシャの方へとやってきた。
驚くルーシャの手を取って、無理やり引いて言った。
「走って!!」
滅多に大きな声を出さない彼の怒鳴り声に驚いて、いわれるがままに足を前に踏み出した。後は強く引かれるのに従って足を動かす。
走ることに向いていないヒールで何度も転びそうになりながらも階段を駆け上がる。
後ろからは「待ちなさい!!」と叫びながらアンジェリカが追いかけてきている。
追いついて絶対に殺してやるのだという強い意志をひしひしと感じて背筋がぞわりとした。
「っ、はっ、っ」
階段を上がり切ると息が切れて足が重たい、それでもユリシーズはルーシャの手を引いた。
刺されるのは痛くて怖いだろうけれどそれでも、ルーシャには刺されるだけの理由がある。これ以上やったら死んでしまうであろうことを今でも望んでる。
天罰を止められる気もしないし、許すとも口にできない。だから、こうなるのは仕方がないのにユリシーズはルーシャを助けた。
「ユ、ユリシーズ、っ、いいんですっ、もうっ」
助けられてもルーシャは結局、復讐の為に死ぬしかない。それ以外の選択肢がない。だったら今、死んだ方がずっといい。
傷つけあって生きるよりも自業自得で死んでしまいたい。
そんな風に思っての言葉だった。
久しぶりにこんなに走って肺が痛くて涙が出てきた。泣く資格もないのにボロボロと涙が出てくる。
なにに泣いているのか自分でもまったくわからない。
廊下を駆け抜けて自室の扉をユリシーズは乱暴に開いた。それからルーシャを連れて中に入って、ドアノブに自分の腰に差している剣を通して内にも外にも開かないようにする。
そんな彼の行動を視界に収めつつもルーシャは必死に息を整えて、剣を外してしまおうと彼の元へと向かった。
しかし、両肩をガシッと掴まれて無理やり向き合わされる。
いつもの気弱な笑顔ではなくルーシャを睨みつけて、口を開く。しかし、少し自分を落ち着けるように眼鏡をかるく押し上げてから、ふっと息を吐いてルーシャに向き合った。
「……ルーシャ、何がもういいの?!」
「っ」
「生きるための復讐なら、いくらでもやればいいよっ! 殺したっていい、俺だってクリフ様もアンジェリカも誰でも殺してもいい! それは正しくないかもしれないけど、君の苦しさを知らない人間は間違ってるなんて言えないから! どれだけやってもいい!」
落ち着こうとしながらも、口を開けばどんどんと気持ちが溢れてくるようで早口でまくし立てた。
とても辛そうな顔をしていて瞳は涙に濡れていた。
彼が言っていることはとんでもない暴論で、でも優しい言葉だった。
「でも、それはルーシャが生きるために必要な復讐だからだ!」
「……」
「やってルーシャの中で整理をして終わらせるための事ならいくらだってやっていいよ! でも、ルーシャ、君は君の人生を復讐だけにするつもり?」
ガンッと後ろで扉を引く音がする。剣が挟まっていて開くことは無いがアンジェリカがすぐそばまで来ている。
「そんなことしても、君は幸せになれないじゃないか! ここで終わらせるなんて悲しすぎるよ! 君は君の幸せを望んであげることは出来ないの?」
まるで、それを望むべきだとユリシーズが思って言うような言葉だ。しかし、そんなの分かっているし、ルーシャだってそう思っている。なれるものならなってみたい。
もてるものなら希望を持ちたい。
「ルーシャは愚直すぎるんだ! もういいじゃないか、もう苦しんだ君の事を君は忘れていいし、彼らを傷つけても当たり前だったし、簡単に考えて次にどんな風に生きようか考えたながら楽しく過ごしていいんだよ!」
……苦しんだ私を、私が忘れる、ですか。
必死に言い募るユリシーズの言葉は、ルーシャの中に積もって彼の珍しく必死そうな顔も、いつもは加減をしてくれるのに、そんなのを忘れて強くつかまれた力も、ルーシャを酷く揺さぶって苦しい。
「ルーシャ! ……ね、未来に進もう? これ以上、執着したらルーシャが傷つけられてしまうよ。君が満足するまで手出しはしないって決めてたけど、君が危ないんだったら俺は止めるよ」
それらはすべてルーシャを思いやっている言葉で間違うことなく、ルーシャの味方としてのユリシーズの優しさだった。




