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 王宮の敷地内に存在するとある離宮、その離宮の天井はドーム状になっておりガラス張りだった。


 外に出られない王太子の婚約者である聖女の為に作られたその離宮は大きさこそなかったが、幸運の女神の聖女ルーシャが一人で住んでいるだけなのでさして問題はない。


 婚約者である王太子が会いに来るのは月に一度初めの日だけ、その日には一番日の光が入る大きな応接室を使って、使用人と協力して彼をめいっぱいもてなす二人にとって大切な時間だ。


 しかし、今日ばかりは違っていた。


 恋人同士の蜜月な時間になるはずだったのに、異物が入り込んでいる。そしてそれを王太子クリフもさも当たり前の事のように受け入れていた。


「呆けた様子で聞いてらっしゃるの? 聖女ルーシャ」

「…はい、聞いてます」

「では続けさせてもらうけれど、貴方は他の女神の聖女たちとは違って聖女の能力はあまり具体的ではないですわ」


 淡々とルーシャにそう告げる女は、先ほどアンジェリカだとクリフから紹介を受けた。


 公爵家の出らしく、彼女はとても高価なドレスを身にまとって指の半分以上に宝石のついた指輪をしている。


 先ほどの異物とは彼女の事だ。


 ルーシャはそもそも女性に久しぶりに会った。自分の母親にだって十年以上会っていないのに、彼女は何のつもりでルーシャに会いに来たのだろう。


 首をかしげて考える。


 クリフを見て、それからその後ろにいるクリフの護衛騎士のユリシーズを見た。彼はいつもより体調が悪そうな顔をしていた。


「幸運の聖女の寵愛を受けている者が幸運になるなんていいますけど、あたくしは、そんなのおかしいと思いますの」

「……どうしてですか」

「だって、たまたま幸運をはじめから持っている人のそばにいた可能性の方がずっと高いではないの」

「……」

「幸運な人間は確かに存在すると思いますわ。クリフ殿下のような……ね?」

「ああ、そうだな」


 二人は、隣に座って、何やら親しげに視線を交わして笑みを浮かべる。


 それにしても引っかかる言い方だ、その言い方ではまるで……。


「でも、他人に幸運をもたらすなんて、そもそも現実的に考えてありえないでしょう? 」


 鼻で笑うように彼女は口にする。ルーシャの事を心底馬鹿にしている様子だった。


「ずっと離れて暮らしていて、月に一回しか会わないなんてもうほぼ他人なのに、そんな人間を愛して幸運を与えているなんて、そんな話あるわけないのよ」

「あるわけないと、どうして断言できるのですか?」

「あたくしがずっとそばで見てきたからよ、クリフ殿下のこと。貴方と違って社交界に出て、彼に寄り添って色々な相談も乗ったりして」

「……」

「そうして寄り添って初めて愛って生まれるものでしょう? そして分かったの、クリフ殿下はご自身の力で幸せを勝ち取ってる」


 確信しているのだと熱を入れてアンジェリカは続けた。ルーシャはそれになんだか言い表しようのない感情がこみあげて来る。


「あたくしはクリフ殿下の事を本当に愛しているの、貴方と違って真の愛で彼を包んであげられる。それなのに貴方はどう? こうしてクリフ殿下をだまして愛のない結婚にこぎつけようとしているわ!」

「……だます?」

「そうよ、だってあなたの愛情は嘘だもの、そうでしょうクリフ殿下」


 アンジェリカは隣にいたクリフの手を取って彼に視線を向けた。


 それにまるで勇気をもらったみたいな顔をして、それから恐れている悪役に立ち向かうみたいな顔をして、クリフはルーシャに視線を向けた。


「……私は、ずっと……君の力など感じたことは無かった。女神の加護があると言われ続けて、私はずっと騙されていたんだ」


 真剣な言葉だった。ルーシャの胸にぐさりと刺さって、ハッと息を吐く。


「私は生まれた時から自分の力だけでここまで歩いてきた。もう……嘘をつくのはやめてくれ、私は私の望む相手の真実の愛を手に入れたい!」

「……」

「婚約破棄させてほしい、ルーシャ」

「もうすでにサイラス国王陛下には打診済みですわ。後は貴方が、嘘を認めてうんと頷くだけでいいのですよ」


 驚きすぎて言葉を発せないルーシャに、アンジェリカがそう付け足してしたり顔でそういうのだった。


 なんと言ったらいいのか、正直なところ分からなかった。


 愛が本物だとか嘘だとかルーシャにはよく分からない。


 騙さないでほしいだなんて言われてもルーシャだって自分の力を実感したことはほとんどない。


 確信もない中で、幸運の女神の聖痕があるという理由だけで、幼少期から勝手に婚約を結ばれて、すべての加護を彼に向けるようにと家族との交流の一切を絶たれ、この鳥かごのような離宮に閉じ込められたのだから当たり前だろう。


 ……何言っているんでしょうこの馬鹿な人たち。


 私は嘘なんかついていない、つく暇もなかった。むしろ、聖女なんかじゃないと嘘をついてよかったのなら、もっと早くやっていました。


「驚くのも無理はない、君は私とアンジェリカの関係も知らずに、ただこの離宮で優雅に過ごしていただけなのだから」

「そうですわ。怠惰に過ごせる貴方がうらやましいぐらいですの。でもこうして怠け者はいつかそのつけが回ってくるのですわよ」


 好きでここにいるみたいな言い方をされて、あまり怒りっぽい方ではないルーシャも目の前がぐらぐらして体が熱くなるぐらいの激情が体を支配した。


 ……今はガラスの天井も扉もすべて鉄格子も鍵もついていないからそんな風に言えるんでしょうか。昔は牢獄顔負けだったんですから。


 だから、ルーシャが聖女を騙って離宮で怠惰に過ごしているなんていう発想が出てくるんだ。


 たしかにルーシャは仕事もしていないし、社交界にも出られない。


 しかしそれは、出来る限りクリフ以外に会わないように国王がやっていることだ。


 勉強をしようと思っても、教師をつけてもらえないし、ここにいる使用人とは手紙でしかやり取りできない。


 誰の顔も見たことは無いし、クリフと護衛騎士のユリシーズ以外と言葉を交わしたことがない。


 それがどんな苦痛か知らないだろう。聖女では無かったら今目の前にいるアンジェリカのように当たり前に愛を語って自由に生きられた。ルーシャだってそうなりたかった。


「そう落ち込まなくていい、君の今後の生活は教会が保証してくれる」

「貴族としては生きられないけれど、教会は聖女を大切にしてくれますわ。……まぁ、本当に聖女ならですけどね」


 ……ああ、そうでした。貴族としても立場を失うんですね。


 平民から聖女が生まれた場合には、聖女として優遇されてとても生活水準が向上する。しかし貴族に聖女が生まれた場合は、貴族としての立場に聖女の称号だけが与えられる形になる。


 しかし、ルーシャはこの離宮に閉じ込められていて貴族としての役割も仕事もこなせない。だから貴族の子供として登録がない。


 彼から婚約を破棄された時点で文字通りすべてを失うことになる。


 ……悔しくて悲しいはずなのに……それよりも、ずっと。


 その先を考えてしまうと、今まで必死に維持してきたクリフへの愛情が消えてしまうような気がした。






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