間接キスはキスには入りますん
「なぁ、もしかして小長谷さんって俺のことが好きなのかな?」
「お、コイバナか?」
「お前から切り出すなんて珍しいな」
「これが修学旅行パワーか」
高校二年の修学旅行の夜。
布団に寝そべりながらクラスの男友達とトランプで遊び、少し疲れたと思い休憩していた時の事。
話が途切れて沈黙になったタイミングで眼鏡をかけた優等生風の男子、赤羽根 龍一が仲の良い女子、小長谷 胡桃について切り出した。
恋人がおらず普段は恋愛話などしない草食系の男子達。
だが内心では恋愛に興味津々で、修学旅行という特別な空気にあてられたということもあり、目が輝き出した。
「小長谷さんって何故か俺らと一緒にいるもんな。誰かが好きなんだろうな~とは思ってたけど、どうして赤羽根はそれが自分だと思ったんだ?」
「むしろ斎藤が好きなのかと思ってたわ。ゲームやるとき良く隣にいるだろ」
「偶然だって、それより上田じゃね? 小長谷さんいつも上田を潰そうとするじゃん。好きだから構ってるのかなって思ってた」
彼ら四人は学校での友達グループで、昼休みにスマホゲームやトランプで一緒に遊んでいた。小長谷は彼らの輪の中に入り一緒にゲームをする仲の女子である。
「やっぱり止め! 今の無し!」
「なんだよ、そこまで言ったなら話せよな」
「そうだよ、気持ち悪いだろ」
「それにもうおせぇよ。これからお前が小長谷さんのこと意識してるって思って扱っちゃうぞ」
例え自然な行動であっても恋愛フィルターがかかってしまうため、全て彼女を意識してのものだと勘違いしてしまうだろう。そして不自然な反応をしてしまい、純粋に遊びだけにのめり込むことが出来なくなり妙な空気になってしまうかもしれない。
「だって自意識過剰って思われそうで嫌だし……」
「だ~いじょうぶだって。勘違いでも笑わねーし」
「そうそう。それに俺も小長谷さんの気持ちが気になってたしな」
「せっかくだから相談しようぜ」
小長谷は彼らから決して特別扱いされておらず、あくまでも一緒にゲームをするだけの仲だ。
決してオタサーの姫的な感じでは無い。
だからこそ何故彼女が彼らと一緒にいるのかが分からないのだ。
純粋に一緒に遊ぶのが楽しいからなのだろうと四人とも思い込もうとしていたが、本当は誰かに気があるのではないかと心の奥底でこっそりと疑っていた。
そしてどうやらそれは自分だけでは無かったようだと全員が気付き、自分だけが変に気にしていたわけでは無いことに安堵した。
「じゃあ聞くけどさ。高校生の男女ってどこまで触れて良いと思う?」
「触れる?」
「エロい話か」
「え!? お前小長谷さんの胸触ったのか!?」
「馬鹿! んなわけないだろ!」
触れると聞いていきなり胸や尻のことを想像してしまうのは仕方ない。
彼らはあくまでも恋愛に縁のなかったむっつり草食系男子なのだから。
「例えば手が触れるのはアリかな?」
「そりゃあありだろ。俺らだってトランプやってるときに触れることあるだろ?」
「そうそう、そのたびに『あっ……』って感じで同じ本を取ろうとして触れて照れちゃった的なお約束になんてならないじゃん」
「だよなぁ。別に普通普通」
否。
断じて否。
世の中の一般的な答えはさておき、彼らの中ではそれはあまりにも特別だった。
ただ意識しているのが恥ずかしくて触れても何とも無いフリをして虚勢を張っているだけなのだ。
内心では『やっべ、女子の手に触っちゃった!』と毎回大焦りなのだ。
「(うわ、反応しなくてマジで良かった)」
全員が『特に意識するようなことではない』と虚勢を張ってしまったので、それが高校生男子として当然の事であり反応して恥をかかなくて良かったと安堵しているのもまた四人全員だった。
ピュア男子なので許してやって欲しい。
「頭を撫でるのはアウトだよな」
「当然」
「あり得ない」
「あんなの漫画だけだって」
否。
断じて否。
本当は彼らは女子は頭を撫でられるのが好きだと思っていた。創作物の定番行為なのだから当然なのだと思っていた。彼女が出来たらやってみたい行為の上位に入っていた。
しかしむっつりな彼らはいつか彼女が出来た時のためにと女性とのスキンシップについて調べてしまい、なでなでや髪を触る行為が超NGであるという現実を知ってしまったのだ。
「じゃ、じゃあ肩を組むのは?」
「アウト」
「付き合ってれば良さそうだけどな」
「でも紅林 の野郎は付き合ってない女子と肩組んでるぜ」
紅林とはクラスのチャラ男。
女子が大好きで可愛い子を見つけるとすぐに絡みにいき、馴れ馴れしく肩を組もうとしている姿をよく見かける。
「いやいや、あれガチで嫌がられてるって」
「紅林が近づくと女子すげぇ嫌そうな顔してるじゃん」
「でも俺らにも優しいギャルとか笑って受け止めてくれてね?」
「よく見ろ、顔がガチで強張ってるぞ。片桐さんのあんな表情、あの時以外みたことねーもん」
彼らは普段、女子の方を見ていると勘違いされそうなので極力見ないようにしていたが、実は自分が思っている以上に観察していたことに気付いていなかった。観察しているからこそ紅林に対する女子の表情を知っているのだ。だが残念ながら友達の発言を聞いて女子観察しすぎ問題に気付くことが出来なかった。女子達はちゃんと気付いているぞ。
「やっぱりそうか……」
「まさか手を握られたのか?」
「それとも頭を触られたとか?」
「肩を組まれた?」
「いや、ちげーって」
これまでの質問から、赤羽根が小長谷からそれらの行為をされたのかと思ったが違っていた。
本題を切り出すのが恥ずかしいから時間稼ぎも兼ねて彼らと自分の恋愛観を確認していただけだった。
「じゃ、じゃあ聞くけどさ……」
赤羽根は露骨にここでどもってしまい、これから口にすることが本題であるとモロバレである。
「か、間接キスは、どうかな?」
「間接キス!?」
「え、お前小長谷さんとキスしたの!?」
「マジで!?」
「お、おい、慌てるなって」
キスという言葉にテンションがブチ上がってしまうが、改めて話を聞いてみるとこの質問の答えは案外難しい物だと悩むことになる。
「ペットボトルのジュース飲んでたら小長谷さんがやってきてさ。それちょっと頂戴って言って来て飲んだんだ。女子って間接キス気にしないのかな。それともアピールなのかな」
「そんなのお前、好きでもない男子にそんなことしないだろ」
「そうか? 中学生ならともかく、高校生の女子なら気にしないのが普通じゃないのか?」
「そう言われると……」
中学生レベルの恋愛観しかない彼らがJKの内面など分かるはずもなく、気にしないのが普通かも知れないと言われるとはっきりと違うとは言えなかった。
「ネットで調べてみたのか?」
「調べたけれど、清潔感的な意味でNGって話はあったけれど、恋愛的な意味でどう感じるのかが普通なのかは良く分からなかった」
「そっか……」
この時、四人はまたしても考えていることがシンクロした。
「(俺なら意識しまくっちゃけどな~)」
だがそれを表に出して照れるだなんてとんでもない。
男は格好つけたがる生き物なのだ。
「小長谷さんの性格ならきっと気にしてないよな」
「いつも普通にゲームを楽しんでるだけだもんな」
「普段から不思議なくらい匂わせが全く無いしな」
「でも徹底的に隠しているからだったりして」
「「「!?」」」
自分達が男性として意識されていて欲しいという気持ちと、俺らなんかを相手にそんなわけがないと思いたがる気持ちの間で揺れ動き、結論が出そうになるとつい反対意見を出してしまう。
「確かにそうか。もし気になる男子がいるなら隠すよな」
「だからそういうフリすら見せなかったってこと?」
「そう言われてみればスキンシップがあまりにも少なすぎたような気も」
「いやいや、気のせいだって」
身近な女子の内面をあれこれ想像して、それはあるかも、それはないかもと思っていることを伝え合う。まさにコイバナである。
「話を元に戻すけど、もしも小長谷さんが赤羽根のことを好きなら照れ隠しで間接キスしたってこと?」
「その時って周りに誰かいたか?」
「いや、居なかったと思う」
「二人っきりだから攻めたとか?」
「うわぁありそう」
「おい、その時の小長谷さんの様子はどうだったんだ?」
「いつもと違って照れてたとかさ」
「えぇ……普通だったと思うけど」
否。
断じて否。
赤羽根は動揺していて当時の事をよく覚えていない。
仮に覚えていたとしても小長谷の顔をまともに見ることが出来なかったので、どのような様子だったのか分からない。
「普通かぁ、小長谷ならありそう」
「小長谷が俺らに照れる姿とか想像出来ないもんな」
「ほんそれ」
「やっぱり俺の自意識過剰だったか」
「そう言うなって。俺らにJKの気持ちを察しろなんてのが無理な話なんだ」
「JKは間接キスを気にしない生き物の可能性が高い。それが分かっただけでも良しとしようぜ」
これが女子の会話であれば『絶対脈ありだよ。告白しようよ』と面白がって背中を押すのだろうが、草食系男子達は恋愛に臆病なので例え他人の話であっても無責任に行けるなどとは言いはしない。
この話は最初から『勘違い』で終わる結末になると決まっていたのだ。
そして赤羽根もまた友達にそう否定してもらいたかったのだ。
自己評価が低い彼らにとって異性に好かれている可能性を信じるなど到底無理な話だったのだ。
だがここで予想外の事が起きてしまった。
「でも本当に小長谷さんが赤羽根のことを好きだったら勿体ないよな」
一人の男子が未練がましくまだ諦められなかった。
そしてその諦めたくないという気持ちが、恋愛から逃げようとしていた彼らの心に火をつける。
「告白すれば付き合えるかもしれないんだろ」
「チャンスあるんじゃないか?」
「いやいやいや、無理だって」
だが当の赤羽根だけは流石に恥ずかしくて告白だのなんだのと考えられない。
失敗したら恥ずかしいとか、女子との付き合い方なんて分からないとか、男同士でつるんでいる方が楽だとか、色々と脳内で理由をつけて断ろうとする。
「そもそも赤羽根は小長谷さんのことどう思ってるんだ?」
「べ、別に普通だよ……」
否。
断じて否。
女っ気の無いむっつり男子に女子が近づいて来たならばすぐに意識してしまうものだ。
明らかに好きなのだが、恋愛に対する恐怖と、嫌われたくないという気持ちと、勘違いで浮かれたくないという恥によって強引にその気持ちを心の奥底に封印しているだけだ。その封印はあまりにも強固で、小長谷を夜のオカズに使う事すら考えられない。自分は小長谷のことをなんとも思ってないただの遊び友達だと思いたいからだ。
その強固な無関心の装いこそが、好意の裏返しになっていると赤羽根は気付いていなかった。
拗れた恋愛初心者の草食系男子高校生は面倒臭いのだ。
「またまた、ホントは好きなんだろ?」
「素直になれって」
「応援するからさ」
「本当にそんなんじゃないって。それにお前らは良いのかよ。お前らこそ小長谷さんのことが好きじゃないのか?」
「べ、べべ、別にそんなんじゃねーし」
「そうそう、ただの友達だって」
「俺は少し気になってるけど、赤羽根なら良いや」
友達のために身を引いたんだぜとアピールしているように見せかけて、実際の所は小長谷が赤羽根に取られることを自分に納得させるために敢えて口にしていたことを本人は気付いていない。
「明日の自由時間でさ、小長谷さんに告白してみたら?」
「確か近くに恋愛成就の神社があるんだろ。チャンスじゃん」
「絶対成功するから大丈夫だって」
さっきまでは小長谷の気持ちが分からないはずだったのにいつの間にか『絶対成功』に変わっているところ、現金である。
「嫌だよ。それで失敗したらこれからどんな顔して会えば良いんだよ。気まずくてもう一緒に遊べなくなっちゃうんだぞ」
「バッカ、そんなことよりお前の恋の方が大事に決まってるだろ」
「そうそう、失敗した時のことなんか考えるなって」
「ダメならダメで今まで通り俺らだけで楽しくやれば良いんだよ」
「お前ら……」
間接キスなんて普通のことだと言ってもらいたかっただけなのに告白しろと背中を押されてしまった赤羽根だが、深夜テンションも重なってか不思議とやる気が出てしまった。
これこそが修学旅行マジック、これこそが深夜テンションの恐怖、そしてこれこそが近しい異性を直ぐ好きになってしまう男子高校生の悲しき性である。
「赤羽根君、こんなところに呼び出してどうしたの?」
「俺……小長谷さんのことが!」
修学旅行という特別なシチュエーションで少し仲の良い女子への告白の結果がどうなるのか。
それはJKにとっての間接キスがキスに含まれるのかどうかと同じくらいの難問なのかもしれない。