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優しいみんなにさよならを  作者: 島津宏村
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秋の味覚6


秋田は両開きの扉を勢いよく開け放つ。赤色のカーペットと濃い茶色の棚がいくつも見える。並べられた机や椅子はどれも整えられていて清潔さを感じられる。


「あら、お客さん?」


 図書館の扉は図書館側に押し開けるようになっており、開くのにも限界があるので扉の裏に人一人が入れるくらいの空間ができる。そこから少女がひょこっと顔を出した。


秋田は少し驚いたように目を丸くした。


「誰なの?」


 警戒感を露わにして後ろから高山が聞いた。


「織田かりんと申します。中学一年二組の生徒です!」


 少女はニコッと笑ってお辞儀をする。艶のある長い黒髪がさらさらと流れた。


「立ち話もなんですから、入ってください。さあ」


 織田はいつの間にかふかふかの椅子にちょこんと座って、手招きしてくる。秋田たちは誘われるがまま椅子がたくさん置いてある所まで歩いていく。


「君はゲームを免除されたの?」


 秋田が他の生徒の疑問を代弁する。織田は「へ?」と首をかしげたが、直ぐに答えてくれた。


「いえいえ、免除される人なんていないでしょう? 私もゲームをしましたよ。圧勝でしたけどね」


 全員が着席し、束の間の休息。何人かは織田の様子に元気をもらっているようで表情が和らいでいる。


「ゲームの内容はどんなだった?」


 音楽室の惨劇を見るにゲームはそう簡単にはクリアできないはずだ。なぜこうも元気でいられるのか秋田にはわからなかった。


「少し長くなりますけど、よろしくて?」


 全員が頷いたのを皮切りに織田はゲームの内容を話し始める。




 織田が用紙に書いた特技は『本の速読』だった。そこで、案内された場所は図書館だったらしい。覆面の男に何をされるのか怯えていると、三百ページにも及ぶ単行本を手渡されたらしい。その本を四十分で読めと指示された。このゲームがポーカーであるというヒントの意味は分かっていたが、あえて速読で勝負したそう。


 本人曰く「本で死ぬなら本望です」とのことだ。


 三十分で読了した後、本の内容を問うテストに難なく全問正解。あまりの速さに十分時間が余ってしまったため、気になっていた新刊を貰った。だから、機嫌がいいらしい。


「私、運がいいみたいですぅ~」


 フフッと笑って、文庫本を見せびらかす。とても幸せそうだ。


 秋田たちは口を半開きにして聞いていたのだが、あまりに嬉しそうなのでつい口元が綻ぶ。


 その後、文庫本を読み終わったところで外から声が聞こえたそうだ。本を貰ったからか覆面の男をいい人だと思っているらしく、脅かしてやろうとして扉の裏に隠れた。しかし、扉の開け方が違ったので他の生徒だと思った、ということだった。


 運良く一度も酷い場所に遭遇していないようで、まだこれがデスゲームだと理解しているかも怪しい。


「君運がいいね。僕たちは酷いものを見たよ」


織田の表情が陰る。


「そうでしょうね。私も速読ができなければ、椅子を爆破されるところでした」


そういって今自分が座っている椅子をポンポンと叩いた。


 「もし、読めていなかったら今頃絨毯にべっとりくっついていたと思いますよ。中村君みたいに」


 彼女は泣きそうな表情をしている。速読のゲームをプレイしたのは織田だけではなかったようだ。


「おとなしく白紙で出せばいいものを……。ゲームの意味も考えずに突っ走っちゃって」


「知り合いだったのかな?」


 秋田は好奇心を抑えて優しく話しかけた。


「いえ、クラスメイトというだけでした。話したこともほぼなかったんですが、やっぱり辛いですね。身近にいた人の断末魔を聞くのは」


 織田はそう言ってカウンター近くの床に目を向ける。つられて秋田も同じ場所を観察した。目を凝らすと、僅かな肉片と毛髪だけが『中村君』がいたことを物語っている。他はあらかた片付けられたのだろう。


高山が手を合わせた。それに倣って全員手を合わせる。


 しばらく沈黙が流れた。死をガラス越しではなく直接、近くで見たことで今自分たちが現実にいることを思い知らされる。


 沈黙を破ったのは織田だった。


「自己紹介しませんか? まだ私、皆さんのお名前を聞けていませんし」


 その提案に全員が飛びついた。


初めに立ち上がったのは、高山だった。


 「そうね、なら私から。高山優(たかやまゆう)、三年一組よ。ここにいるのは全員三年一組。えーっと、趣味はランニングかしら」


 次に秋田が立ち上がる。


「秋田未来。趣味は……ない、けど読書は嫌いじゃない。よろしく」


 織田はぺこりと頭を下げた。


次に立ち上がったのは、背の高い男子だった。よく見ると体格もいい。どこのクラブに所属しているのだろう。それより、名前はなんだっけ。苗字さえも思い出せない。


「俺は剣崎優馬(けんざきゆうま)。剣道部だ。剣道に自信があるわけじゃないんでここにいる」


 端的に説明を終えると、さっさと椅子に座ってしまう。


「剣崎っていうんだぁ」


「名前、知らないんですか?」


 秋田の呟きを織田は聞き逃さなかった。仕方がないので答える。


「うん、高山さん以外の名前は知らない」


 織田は面食らったようだった。


「し、知らないんですか? クラスメイトなのに」


「知らない」


 秋田はどうでもよさそうに言ってのける。


「そ、そうですよね。そんな人もいますよね」


 何故か、場の空気が凍っているのを感じて織田は小さく「すいません」と言った。


また沈黙するのは嫌なのか、ギャルっぽい女子が立ち上がった。そういえば、こんな人もいたような……。


波多琴音(はたことね)、吹奏楽部にいまーす。楽器自信ないから、ここに来た感じ? まあ、良かったわけだけど」


 次に立ち上がったのは男子で、日に焼けた腕と高い身長が特徴だ。


緑走(みどり はしる)です。陸上部に所属していますが、興味はないのでここにいます。よろしくお願いします」


 運動部特有のお辞儀をすると姿勢よく席に着く。年下に対しても、敬語を使ってしまうのは運動部だからなのだろうか。帰宅部の秋田には知る由もない。


 次も、男子が立ち上がる。優しそうな顔で、眼鏡をかけている。背は平均的で秋田と変わらない。


化本光(ばけもと ひかる)。僕は化学部に入っているんだけど、別に化学に詳しいわけじゃないんでここにいるよ。特技は、調べ学習が好きなことかな。まあ、織田さんみたいにずば抜けた特技はないです。よろしく」


 顔からも言動からも優しい印象を受けた。


「あ、あの文堂彩(ぶんどう あや)と言います。文芸部に所属しています。小説を書くのが好きなのですが、拙い文章しか書けないのでここにいます。よろしくお願いします」


「素敵な趣味ですね。今度、私にも読ませてください」


織田は同志が見つかったとでもいうように、目を輝かせている。


「い、いいですけど、面白くも何ともないですよ」


「いいんです、いいんです。文堂先輩、約束ですよ」


「う、うん。わかった」


 顔色の悪かった文堂が少し回復しているように見える。


 「自己紹介も終わったとこだし、飯食いてーな、飯」


 剣崎が貧乏ゆすりをしている。時刻は十一時近くになっていて、空腹になってもおかしくない時間だ。


「剣崎先輩、ここで食べるのはいかがなものかと」


 織田は苦虫をかみつぶしたような表情だ。



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