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優しいみんなにさよならを  作者: 島津宏村
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秋の味覚4

テレビから陽気な声が流れ始める。


「白紙で出した皆さん、おめでとうございまーす。一次試験合格です。早速皆さんにはゲームをプレイしてもらいたいのですが、せっかく合格したのでご褒美をあげましょう。特別に他のゲームを見せてあげます。さあ! 席を立って。楽しみましょう!」


 その異常性におされてか、秋田以外は全員椅子を飛ばす勢いで立ち上がる。秋田もゆっくりと立ち上がった。


 リーダーらしい男が秋田たちを先導する。廊下に出ると他の組の生徒も何人か出てきていた。彼らも白紙を選んだのだろう。


 秋田たちは不気味なほど静かな階段を下って二階へ向かう。足取りは重く、一歩一歩慎重に歩く。二階にあるのは音楽室とその準備室。それに、理科教室、家庭科教室。最後に二年の教室があるのだがここも異常なほど静かで、普段の騒がしい様子は一切ない。


 しばらく廊下を進んだところに音楽室は位置している。秋田たちはその隣に位置する準備室へと案内された。途中で音楽室の扉が見えるが、ガラスの部分は黒く塗られており中を覗くことはできなかった。


「入れ」


 覆面の男はそれだけ言うと扉の横に移動して道を開ける。秋田たちはたった七人では広すぎる部屋に入っていく。本来あるはずの楽器はすべて撤去されていて、僅かなゴム痕だけがそこに楽器があったことを物語っている。掃除も丁寧にされていて蛍光灯も切れかけのものから、まぶしいほどのものに変えられている。


 しかし一番に注目すべきは、壁がくり抜かれてガラスに変わっているところだろう。ガラスは壁のかわりと言ってもよいほど大きい。ガラス越しに何台も並べられたピアノが見える。ピアノは鍵盤以外真っ黒に塗られていて艶がある。近くには男女合わせて二十名が並んでいた。数えてみるとピアノの数は四台。この台数が音楽室の限界なのだろう。一台のピアノに生徒が一人座っていて、残りの生徒は奥の壁に並んでいる形だ。


「な、なにをするつもりなの」


 高山が窓のそばに陣取る。秋田はそれを見ると言った。


「どうやらマジックミラーみたいだね。厚みもあるな。高層ビルに使われるようなガラスと同じようだ」


「なんで」


「今から説明があると思う」


 秋田が敬語を使わなくても高山は気にした様子がなかった。心の中で、こんな時でも他人の顔色を覗ってしまう自分を叱る。


 もはや聞きなれた、快活で陽気な声が聞こえる。


「『ピアノ』を選んだ皆さん、ゲームの内容を説明しまーす」


 テレビがついて、例の男が話始める。どうやら録画のようだ。


「皆さんにはシューベルトの魔王を弾いてもらいます。ピアノにおいてある楽譜通りに弾いて下さい。もし一音も違えなかったら、ゲームクリアです。ですが、曲のテンポに遅れたり音を一音でも外すとピアノから刃が出てきて二十秒以内に両手を切断します! どうですか? 楽しそうでしょ? ただし、急に弾けと言われても無茶なので五分間の練習の後本番とします。練習の時間はいくら音を外そうとかまいません。それでは、楽しみましょう!」


 ピアノに座っている四人からは血の気が引いていた。目をありえんばかりにひん剥いて楽譜をめくっている。


「練習はじめ」


 覆面の男が合図すると同時にピアノが演奏される。指が震えているのか誰もまともに演奏できていない。


「こんなのひどすぎる」


 後ろの男子が言った。


「そうよ! 私、昔ピアノ教室に通ってたけど魔王なんて弾ける人見たことないわ。仮に引けたとしても指がつってしまうこともある。ただの中学生には不可能だよ!」


 秋田の真後ろにいた女子がヒステリックな声で叫んだ。秋田が後ろを向くと彼女は理解を求めてきた。


「秋田くんもそう思うよね」


 その女子が秋田に質問すると微妙に場が緊張した。


「君名前は?」


「え、覚えてないんだ。同じクラスの塩川愛だよ」


「なら、塩川さん。僕はこのゲーム理不尽とは思うけど不可能だとは思わない。それは、練習時間があるから」


「でもたったの五分だよ。魔王を一曲弾けるかどうかの時間なんだよ」


「もし運が味方すれば勝つ見込みはある」


「運って……」


 塩川は黙り込む。秋田は無表情で続ける。


「練習時間があるってことは、最低限の公正は保とうとしているってこと。だから、彼女らはまだ運がいい方なんだ」


「そんなぁ……」


 タイマーが練習の終わりを告げる。数秒後大きな声で男が演奏開始を告げる。


「本番開始!」

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