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恒星間移民船のとても長い一日  作者: 川越トーマ
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第12話 トラブルへの対応

 第一街区の漏水事故の現場は主に葉物野菜を栽培する地下工場の一角だった。

 小中学校の体育館くらいの空間に、棚のように多層の栽培設備を設け、レタスやサラダ菜といった野菜を水耕栽培している。

「おい! 大丈夫なのかよ、この宇宙船!」

 地下工場の扉を開けると、象牙色のヘルメットとつなぎの服、ライムグリーンのジャケットという簡易宇宙服姿の若い男が、罵声で三人を出迎えた。

 あたり一面に漏れ出た水が、無重力環境下でシャボン玉のように漂っている。

「おい、ヘルメットだ!」

 サムに指示されるまでもなく、マコトもベンもヘルメットを被った。

 無重力のため、水玉は身体に触れると表面張力で張り付いて、拭っても拭っても離れない。ヘルメットを被ってないと大量の水が鼻や口を覆って窒息する恐れがあった。

「漏水個所、わかるか?」

「あそこの給水管の接合部からみたいだね」

 水玉の動きを目で追っていたベンが、サムの問いに答える。

「とりあえず、人工重力が発生した方が事態は好転するな」

「人工重力は、いつ復旧するんだ?」

 黄色いジャケットの年輩の男がヘルメットの向こうで困ったような表情を浮かべている。

「ごめんなさい。もう少し待ってください」

「こちらサム。第一街区の現場は水耕栽培に用いる給水管の損傷によるもの、負傷者なし、エンジンの始動には影響ないと判断します」

 マコトが年配の男の対応をしている間に、サムは、さっそく事務局長に報告を送った。

「時間がないから、ここは僕に任せて」

 報告が終わったサムにベンが申し出る。

「大丈夫か?」

「農業設備の修理だからね。慣れた仕事さ」

 ベンは丸い顔に笑みを浮かべた。


 第一街区の現場をベンに任せて、マコトとサムは大慌てで第三街区に移動した。

 サムが地下居住区の通路に面したEPS室(電気通信関係の配線を管理するために各階に設置された部屋)に設置されている機器を素早くチェックし、不具合箇所を特定した。さすが電気設備のプロフェッショナルだ。

「この黄色いのは高圧ケーブルだ。気をつけろよ」

「わかった。触らないようにする」

 テキパキと作業をするのは主にサムで、マコトは完全にお手伝い要員だ。

「で、マコ、いつ、クリスにコクるんだ?」

 居住ブロックを稼働させた衝撃で接触不良を起こした電源ケーブルを設置しなおすという作業をしながら、サムはマコトに何気なく話しかけた。マコトの方を見ることなく自分の手元だけを見て作業している。

「えっ、い、いったいなんのことカナ」

 マコトはいきなり心臓に杭を打たれたような衝撃を覚えた。一生懸命とぼけようとするが動揺が声に出る。

「見ていてまどろっこしいんだよな」

 マコトがシラを切るのは織り込み済みという態度で、サムはさらに追及を重ねる。

「わかってねえと思ってるのは、多分お前だけだろ。きっとクリスも気づいてるぞ」

「そ、そんなぁ」

 マコトの声が明らかな動揺で震えた。

「煮え切らない野郎だな。それで、このまま旅を続けるつもりか?」

「だって、今の関係を壊したくないから」

「じゃあ、ずっと今みたいに人間関係良好な同僚というポジションでいいんだな」

 サムの声に多少の苛立ちが感じられた。

「うん、まあ」

「他の誰かの恋人や奥さんになっても我慢できるのか? エドも狙ってるみたいだぞ」

「それは」

 困るとマコトは思った。

 今日もエドがクリスを食事に誘った時、目の前が真っ暗になって自分ではどうしようもないドス黒い感情が胸の中を渦巻いた。

「一生、この船から下りられないんだぜ」

 サムが追い打ちをかける。他の場所に逃げ出すことはできないのだ。それは拷問だと思った。

「でも、下手に告白して気まずくなったら、それこそ」

 マコトが一歩踏み出すことができないのは、それが理由だった。

「結局おんなじだろ。告白して気まずくなるのも告白しないで気まずくなるのも。どっちが後悔が大きいと思う?」

「それは」

 確かにサムの言う通りかもしれないが、自分はサムのようにメンタルは強くない、マコトはそう思った。

「告白して気まずくなって、それで、どうしようもなかったら、この船から降りろよ。今ならまだ間に合う。テスト航行だからな」

 サムの声に優しい響きが混じったような気がした。サムなりに自分のことを心配してくれている。マコトはサムに感謝した。そして、女性にだらしなくて途方もなくいい加減な奴だと思っていたら、彼は彼なりに色々考えているんだなということにも気付かされた。

「よし、おわり」

 口を動かしながらもサムは手を休めることなく、無事に作業を終わらせた。テスターで検査して通電を確認すると、左腕の携帯端末を操作し、スマート眼鏡の蔓の部分に取り付けられたマイクとスピーカーで事務局長に連絡を入れた。

「第三街区完了。これより第六街区に向かう。なお、第六街区は通信障害しか発生していないため、テスト航行の支障にはならないと判断する」

 それでいいよなとサムがマコトに目で確認する。マコトが通信関係の技術者でもあるからだ。

 マコトは大きくうなづくと、EPS室の中に設けられたネットワーク回線の中継器に自分の持ってきたケーブルを挿して、携帯端末で何か作業を始めた。

「まもなくテスト航行を開始するってよ。ん? 何やってんだ?」

 事務局長からの返事をマコトに伝えたサムは、怪訝な表情でマコトの作業を見つめた。

「ここから、第六街区のネットワーク機器の導通試験をしてるんだ」

「へぇ」

 サムは感心すると同時に『それってコントロールルームにいてもできたことなんじゃね?』と内心マコトに突っ込んだ。そうであるなら、サムやベンと一緒に現場に出向く必要などなかったのだ。

「どうも第六街区の通信障害は、中央ブロックに設置してあるネットワーク機器に原因があるみたいだ」

「それは無駄足が省けて助かったな。中央ブロックに戻ろう」

 二人が移動を開始すると、だしぬけにマコトが笑みを浮かべた。

「は? 何ニヤけてるんだ?」

「クリスからテレビ電話だ」

『もうすぐ対消滅エンジンが始動するよ。さっき対消滅エンジン始動の瞬間はコントロールルームで立ち会いたかったって言ってたよね。私が見せてあげる』

 クリスは、そういいながら自分のスマート眼鏡のフレームに設置されている小型カメラの映像をマコトに送ってきた。クリスの目で見たものが、そのままダイレクトにマコトのスマート眼鏡にも映し出される。

「ありがとう!」

 クリスと全く同じ体験を共有できることに、マコトは心の中が温かいもので満たされていく思いだった。

「クリスも、お前のことは嫌いじゃないみたいだな」

 マコトはサムの言葉を優しいそよ風のように感じた。

「はぁ、今の、この関係、十分幸せだなぁ」

 マコトは心の底からそう思い、思わずつぶやく。

「ダメだ、こりゃ」

 サムは、先ほどの忠告が全く生かされていないことに、あきれるばかりだった。

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