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起死回生

  

 コボルト国に勝利してから半月後。

 戦後処理を終えた俺は、王城でウルフェンとの会議の準備を進めていた。

 そんなとき、信長は執務室で利家に尋ねた。


「そういえば利家。チャンドラが光となって消えたとき、これを拾ったんだが」


 俺が見せたのは、未使用のクイーンの駒だ。


「チャンドラはこれを肌身離さず持っていたようだが、どうして使わなかったんだ?」


 クイーンの駒は、キングの勇者が任意の勇者を召喚できる。俺ならば真っ先に使うが、チャンドラはどうして温存していたのだろうか?


 すると、利家は思い出したように説明する。


「あ、そういえば死んだ奥さんを生き返らせるって、そう言っていましたよ」


 俺が首を傾げる。


「は? 神の駒で召喚できるのは勇者だけだろう? それともチャンドラの妻は軍師や姫武将だったのか?」


 しかし、利家は首を振って、


「いえいえ。クイーンの駒は任意の勇者ではなく、任意の人材を召喚する効果がありますから。特に勇者と呼べるような人でなくても生き返らせられますよ」


 俺は自分の耳を疑った。疑いながら、胸の内から期待せずにはいられない熱い感情が湧きあがってくるのを感じた。


「チャンドラ殿は愛妻家だったようです。それで天下を統一したら、もう一度愛する妻とこの世で第二人生を謳歌するのだと言っていましたよ」


 俺は、言葉がでなかった。


 俺は、チャンドラはこの世界の今川義元だと思った。チャンドラとの戦いは、勝利は、俺を大きく後押ししてくれると思っていた。


 でも、まさか……それが本当ならば、チャンドラは、チャンドラグプタ二世は、もはや恩人など生易しい言葉では語れない。


 懐から、金色に輝くクイーン駒を取り出すと、俺は、自然と彼女の名前を漏らしていた。


   ◆


 その日の夜。俺の寝所には、秀吉と利家がそろっていた。窓際で、クイーンの駒を眺める俺の背後で膝を屈し、秀吉は静かに進言する。


「信長様、天下統一は、我々だけで支え切ってみせます」

「どうぞ、その駒は吉乃様を召喚するときのために温存してください」


 クイーンの駒で、俺が誇る信長四天王の誰かを召喚すれば、俺らの天下統一事業はさらに進むだろう。でも、それは吉乃の蘇生を諦めることにもなる。


「お前ら……」


 俺は振り返り、二人と向き合う。すると、秀吉が顔をあげた。


「ウチは、吉乃様の推薦で信長様にお仕えさせて頂きました。吉乃様は、ウチの恩人です。信長様どうよう、一生尽くして返し切れない恩があります。また昔のように、お二人のなかむつまじい姿を見ることは、サルの悲願にございます」


 秀吉は真摯な眼差しと凛とした声。秀吉からは、強い意志が感じられた。


 吉乃の実家は商家だが、行商人が集まる情報屋でもあった。そこで吉乃は、よく訪れる行商人のなかでも口が上手く、気が利いて、諸国の事情に明るい秀吉を俺に紹介したのだ。


 利家は顔を下げたまま俺に訴える。


「男として育てられたボクは昔、色小姓として信長様に愛されました。けれど主君が結婚されれば色小姓は役目を終えます。他の色小姓が近衛兵やただの小姓になり、男として仕えるなか、ボクは期待してしまいました。女として仕え続けろと、信長様がボクを側室にしてくれるんじゃないかって。でも、信長様はボクを近衛兵にしました。そのときにボクはすべてを諦めました。ボクはあくまで信長様の家来。前田家の人間として、槍働きで役に立とうって……なのに……」


 顔を上げた利家の瞳は、涙で滲んでいた。


「吉乃様はボクの手を握って言ってくれました!」


『じゃあいーちゃん、戦場では信くんのこと、よろしくね。奥さんは戦場についていけない。愛する男の人が戦っているときに、ただ無事を祈ることしかできない。いーちゃんにはそんな辛い思いをして欲しくないの。でも信くんの近衛兵なら、戦場でも日常でも信くんの側にいられるでしょ? だから信くんに言ったの。いーちゃんは近衛兵にしてあげようって。それと、戦場では私の代わりにたっぷり愛されてね。ふふ』


 夜の相手を含めた世話係である色小姓は、本来男の役目だ。

 でも、前田家で男として育てられた利家は、女の身でありながら色小姓として俺のもとに寄こされた。

 槍術が好きだったこともあり、利家は男として生きるか、女として生きるか随分悩んでいたようだ。そんなとき、吉乃が俺に言ってきた。

 『男か女かじゃなくて、両方にすればいいじゃない』と。


 利家の目から、宝石のような雫が床へ流れ落ちた。


「ボクは! ボクも吉乃様に会いたいです! そしてもう一度お礼が言いたいです! ボクが本当に幸せだったのは信長様がいて、吉乃様がいて、秀吉がいて、みんなで笑っていたあの頃なんです!」


 かつては、そんな光景もあった。


 秀吉と利家は、吉乃のことを姉のように慕っていたし、吉乃も二人を妹のように可愛がっていた。その光景を、もう一度見たくないはずがない。


 二人前ので、俺はクイーンの駒を握りしめる。


「はんっ、そんなのあたり前じゃねぇか」


 俺は歯を見せ、得意顔で自身の胸を叩く。


「吉乃に戦のない世界を見せる! それこそが俺の悲願だ! そのためにもお前ら、足腰たたなくなるまでコキ使ってやるから覚悟しろよ!」


 秀吉と利家が満開の笑みを浮かべ、俺に飛びついたきた。


「「はい♫ 信長様♫」」


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