コボルト戦、決着!
「敵ながらあっ晴れよ! 来るがいい狼王! この織田建勲信長が相手となる!」
胸がすくような思いだった。これほど臣に愛される王が、これほど王を愛する臣を見られたことに、俺は素直に感動していた。
戦は殺しあいだ。数えきれない犠牲が出る。とても悲しい事件であり、俺は戦をなくすために天下統一を目指した。
だが、それでも、わかっていても昂らずにはいられない。
だって、戦場はこんなにも愛に溢れているのだ。
普段はどれほど愛を叫ぶ人間も、いざ戦場では味方を捨てて逃げるかもしれない。
けれど、戦場は嘘をつかない。
己が命を捨てて行動する戦場では、誰もが本音を体で示す。
人は日常のなかで、世の無常を嘆くかもしれない。利己的で身勝手な他人の行動に苦しめられて、生きることを辛く思うかもしれない。
でも、こういう相手と出会えると、コボルトたちを見ると信じられるのだ。
これほどの愛に溢れた世界は捨てたものではない。
この世界は、統一して救済する価値がある。故に、
「お前を下し! 俺はコボルト国を統一するぞ!」
「やぁっってみろぉおおおおおおおお!」
狼王は馬上から跳躍。年齢を感じさせない躍動的な動きで、俺に襲いかかった。
俺は愛刀、長谷部国重を閃かせると、無言のままに狼王の姿を背後へと流した。
馬を止め、俺は馬から降りて振り返った。
おそらくは、かなりの業物であろう双剣の刀身が地面に突き刺さっていた。
狼王はそのあいだに立ちつくし、ゆっくりとその背をひるがえす。
俺と向かい合うその姿は、血で濡れていた。
左右の上腕と胸板を、横一文字に斬られた狼王の闘志が、静かに燃え尽きてゆくのがわかる。狼王は、すべてを悟った顔で呟く。
「そうか……これが、チャンドラグプタ殿を屠った勇者か……勝てぬなぁ…………」
狼王の老いた瞳から、一滴の涙が流れ落ちる。狼王の涙が平原のなかに吸い込まれると、狼王は太陽を見上げて、遠吠えをした。
ただし、その遠吠えは最初の勇ましいものではない。悲しみを含んだ、それでいて誰かを鼓舞するような。嫁入りする娘との別れを悲しみながらも、娘を送りだそうとする父親を思わせるような響きだった。
途端に、戦場が静寂に吞みこまれる。
見渡す限りすべてのコボルトたちが、一斉に武器を捨てたのだ。
その行動を警戒して、人間へいたちも戦いをやめる。
でも、警戒の必要なんてなかった。コボルトたちは、同時に俺のほうを向くと、その場で膝を屈する。
頭を垂れ、誰もかれもが俺に平伏しているのがわかった。
狼王が、俺に歩み寄り、その首を差し出した。
「人間国の勇者殿よ。この年寄りの首を献上致します。以後、我が息子娘たちは貴殿の指揮下に入ります。願わくば、寛大なる処置を願いたく」
これ以上の抵抗は無駄と悟り、完全降伏こそが愛する国民を守る最善の手段と判断したのだろう。
顔を伏せる老兵たちも、その背中を見るだけで無力感にうちのめされているのがわかる。
だからこそ、こいつらが、そんな最高の姿を見せてくれたから、俺は鼻で笑った。
「たわけたこと言ってんじゃねぇよ。お前がいねぇとコボルト国の民を統治できねぇだろうが。コボルト国の処遇については俺とお前、それに人間国次期女王ソフィア姫参加の会議で決めることとする」
狼王と、コボルト老兵たちが信じられないものを見る目で顔を上げる。
コボルトたちの視線を一身に浴びながら、俺は愛刀を掲げた。
「俺らの勝ちだ! 野郎共! 勝鬨をあげろぉおおおおおお!」
俺の指示で、利家と秀吉が獲物を掲げて叫ぶ。
続けて、人間兵たちが勝鬨の声をあげた。
今日この日。人間国はコボルト国との戦争に完全勝利した。
「「信長様♪」」
そのとき、秀吉と利家が俺に抱きついてきた。
愛らしい笑顔で俺を見上げる二人を抱きしめ、俺は可愛がってやった。
すると、不意に利家が視線を落とす。
幸せそうに笑う秀吉を見つめながら、利家は言った。
「秀吉、この世界で信長様に会えてよかったね。また、一緒に信長様を支えようね♪」
生前、利家とは無二の親友だった秀吉は笑顔で応える。
「もちろんだみゃ利家♪ 信長様のために天下餅、ついてついてつきまくるのにゃ♫」
「うん♫」
そう言って笑みを交わし合う秀吉と利家。けれど、秀吉の笑顔とは違い、利家の笑顔は、秀吉の無事を知って安堵したような、慈愛に満ちた笑顔だった。




