老兵の意地!
大河は老兵たちの死体で埋め尽くされ、流れる水は真っ赤に染まった。
そこで、コボルトたちの耳が同時に動いた。撤退の遠吠えでも聞いたのだろう。ようやく背を見せる。それでも地獄は終わらない。
何せ浅くとも川だ。コボルトの俊足も鈍る。俺の火縄銃の射程は一五〇メートル。この川の対岸までまるごと射程に収まっている。
川のなかのコボルトも、川から上がったコボルトも、流れ弾を喰らって死に続けた。
そうして、大半のコボルトが射程が出て行くと、そこで俺は鉄砲隊を消した。
俺は自分の手に火縄銃を召喚すると、天へ向かって引き金を引いた。
「全軍突撃ぃいいいいいいいいいいいいい!」
俺の背後から、一五〇〇〇人の騎兵隊が一斉に進軍する。
川で減速するのは馬だが、コボルトほどは減速しない。騎馬はコボルト以上の速度で川を渡り切ると、コボルトたちの背中を追った。
俺も鬼葦毛に鞭を入れ、秀吉たちとともに川を渡った。
川の向こう側、コボルト領は地獄絵図だった。
コボルト兵が何十万人いるのか、それとも一〇〇万人以上いるのかはわからない。しかし、どれだけいようがもう関係ない。
背を見せて逃げるコボルトたちの背後を、騎兵隊は槍で次々突き殺していく。一度突けば、すぐに標的を次の兵に移す。負傷したコボルト兵は、あとから来る歩兵にトドメを刺させればいいし、そうでなくとも他の騎兵の馬に踏み潰されるだろう。
コボルト軍は酷い有様だった。
前衛の兵は、火縄銃と騎兵隊の地獄に吞みこまれ、大勢の死者を出した。中衛の兵は、前衛の状況がわからないまま、火縄銃の轟音と味方の悲鳴に何が起きたんだと恐怖し、その不安は後衛の兵にも伝播する。
それでも、普通の軍よりもだいぶましだ。
ここまでくれば、軍が総崩れになってもおかしくない。
軍団が三々五々に散ってもおかしくない。なのに、撤退する兵はいても逃げ出す兵はいない。流石は老兵。完全には浮足立たず、不安に耐えしのぶ精神を持っているようだ。
体力のない老兵ばかりだから容易い相手、とはいかない。
むしろ、老兵ばかりなのが功をそうしているようだ。
さてとここからはどうするか。俺がそう思ったとき、頭上からアウの声が振りかかる。
「信長殿! 狼王殿、自ら出陣されるようです」
振り返ると、自慢の戦象に乗ったアウがコボルト軍を注視していた。やはり騎兵、ナイトの勇者だけあり、あの規格外の戦象はアウ自身が生前乗り回していた愛騎らしい。
「ばかに早いな。それで、率いる兵は?」
「およそ二万。老兵が多いというよりも、老兵のみで構成された軍勢です。狼王を中心として、縦列隊のようです」
縦列隊。突破力があり、敵勢へと奥深く突入するときに使う陣形だな。
アウの顔色が変わる。
「動きが妙です。あれでは死兵だ。老兵たちは肉の壁となり、無理矢理道を切り開いております! 我が運の中央から、真っ直ぐこちらへと!」
それもまた、老兵に合った戦い方だ。老兵は経験豊富な熟練兵だが、体力はない。しかし、短期決戦ならば若い兵よりもずっと強い。長く戦おうとせず、老兵に、死ぬことを前提とした死兵として、命を投げ捨ててこられるのは厄介だ。
だが妙だ。狼王のほどの王気ならば、兵たちの不安を鎮め、大軍で以って俺らを迎え打つこともできるだろう。その方が犠牲は少ない。
死兵の攻撃力は高いが、味方の犠牲も多くなる諸刃の剣だとういのに。
それとも、家臣を死兵としてでも短期決戦に持ち込まなくてはならない理由が?
俺の疑問は、アウが晴らしてくれる。
「!? 信長殿! 奴らの目的がわかりました! 老兵たちは、王をこちらへ送るための道を作っているようです! 兵はみな、王をただ守るだけでなく、王がこちらへくるための道を作るように戦っています」
俺は、さきほど目にした狼王の表情を思い出した。あの、好敵手を待つ剣客のような顔を。それで、狼王の狙いがわかった。流石は異世界アガルタ、俺の世界にはない信念だ。
俺が狼王へ感動を覚えていると、ついにコボルト老兵が俺へ迫るのが見えた。
視線の高い馬上から戦場を見下ろせば、コボルト老兵の軍勢は人間兵をかきわけ、そのまま左右に分かれて人垣で道を作っていた。
「俺が行く! 道を開けろ!」
俺の前を走っていた騎兵が左右に割れる。案の定、コボルト老兵は俺を無視して、他の兵が王の道に侵入しないよう壁となる。
左右に並んだコボルト老兵たちが作りだす、王の道。その奥からは、馬に乗って駆ける狼王が双剣を構えて俺を見据えていた。
王に背を向け、人間と戦い続ける老兵たち。その老兵たちの背中に見送られながら、送り出されながら狼王は叫ぶ。
「我が国にはもう勇者はいない! 我らが国は我らの手で守る‼ そして次なる若き世代のために死ぬことこそ‼ 我らが生涯最後の役目と心得る‼」
『然り! 然り! 然り!』
老兵たちが声をそろえて叫ぶ。叫びながら、命を捨てて人間兵と戦い続ける。その叫びはひとつなり空気を震わせ、俺の胸の奥にまでびりびりと響いてくる。
王の理想を、王の想いを、すべての老兵が共有しているのが心の臓で感じられた。
死兵となった味方が次々倒れるなか、仲間をかえりみる老兵はいない。コボルトたちは誰もが鬨の声をあげながら、命尽きるまで目の前の敵と対峙し続ける。
俺は、何も考えず声を張り上げていた。
「敵ながらあっ晴れよ! 来るがいい狼王! この織田建勲信長が相手となる!」




