人間国VSコボルト国 最終決戦
次の日の朝。俺、利家、アウ、ソフィア、回復したアタランテはコボルト国との国境線を目指して進軍した。
昨日の戦闘による負傷兵、消耗の激しい兵、構成員の多くを失った部隊は砦に残した。代わりに、追加で到着した傭兵部隊を吸収。
率いる兵の総数は五万五千人にのぼった。
これで先行している秀吉の騎兵隊と合流すれば、再び七万の軍勢に戻る。
そして昼過ぎ。俺らは一平の敵とも合わないまま大平原を行進し続け、国境線に到着した。人間国とコボルト国との国境線は、浅いが幅の広い川だと聞いている。
いま、俺らがのぼっている小さな丘の先に、その川があるはずだ。
そのとき、俺の隣を進むアタランテが眉をひそめた。
「おい信長、なんだかこの匂い、おかしいゾ」
隊列について説明すると、大将である俺やソフィアたちは馬に乗って移動していて、利家は俺の左、アタランテは右、ソフィアは俺のうしろで、アウはさらにその後ろだ。
「おかしいって何だが?」
熊に育てられたアタランテはうなりながら、
「確かにこの方角からコボルト兵たちの匂いがするけれど、年寄りの匂いが多過ぎるぞ。逃げた兵だけじゃなくて、増援もいるんだろうけど、老兵ばかりだゾ」
「そうなると、いくつか考えられるな。数ばかり多く見せて警戒させるとか。主力部隊は別な場所に固まっているとかな。どれ、もうすぐ丘を越えるが……」
丘を越えた光景に俺は馬を止め、手であごをなでる。国境線である川の向こうには、地平線まで続くような大部隊が待っていたのだ。
「ほう……すごい数だな……でも、確かに老兵ばかりだ」
コボルト軍の多くは双剣を持った歩兵たちだ。ひとりひとりの顔を確認すると、どれも初老や中年を過ぎている男たちだった。その数は、国中の老兵を集めたようにも思える。
けれど、気になる点はもうひとつあった。軍勢の奥に、豪奢な戦車に立つ老将の姿が確認できる。チャンドラと比べればいささか以上に劣るが、なかなかの王気だ。
老将は闘志を充溢させた佇まいで、まるで好敵手の到着を待つ剣客のようだ。
「利家、あの戦車に乗っているのはコボルト国の王か?」
俺の問いに、利家も目をこらす。
「はい。あの人が狼王。コボルト国の王様です。チャンドラを召喚してからは王位を譲り、隠居の形を取っていました。コボルトはより各上のものを王と崇めるので」
眉間にしわを寄せるソフィアは、大きく溜息をついた。
「勇者様たちの目って何でできているんですか? 私には戦車も見えませんよ?」
アタランテとアウが、
「お前、目ぇ悪いゾ」
「姫様は目が悪いのですね」
「え? 私が悪いんですか? 私がダメなんですか?」
頭を悩ませる可愛い可愛いソフィア嬢を無視して、俺は戦況を把握する。コボルト軍が布陣しているのは、川の向こう側。川の手前には、秀吉と騎兵隊が布陣していた。
「ソフィアはここに残れ。利家、アウ、アタランテはついて来い」
俺が馬を走らせると、利家たちも俺に続いた。
そうして俺らは、騎兵隊の先頭に立つ秀吉の横に並ぶ。
「信長様」
「秀吉、状況を説明しろ」
「はい。コボルト軍は明朝より向こう岸で布陣しておりますが、睨み合ったまま動きはありません。この数の差ですし、浅いとはいえ川では馬の足も鈍ります。何か罠を張っている可能性もありますので、信長様の到着を待っておりました」
「そうか、御苦労だったな」
俺は、コボルト軍の老兵たちへ視線を映しながら、狼王の表情を思い出していた。
あの表情は、何か罠を張っている策士のソレではなかった。それにこの兵力差なら、秀吉の騎兵隊などひとのみにできるはずだ。
上流で水をせき止めていて、俺らが川を渡ると鉄砲水が流れ出す。ということはないだろう。ここ数日は雨もなかったし、資料で確認したが、この川の水位はもとからこの程度らしい。
それにしても布陣が早いな。俺がチャンドラを倒したのは昨日だぞ。おそらく、チャンドラが敗北したときに備え、あらかじめ狼王が第二軍を国境付近に待機させていたのだろう。チャンドラが勝てば、そのまま合流させて人間国へなだれこませてもいい。
そのとき、コボルト側から一本の矢が飛んできた。矢文だ。狙いが悪く、俺から離れた地面に刺さるが、秀吉が素早くとってきた。
読むと、チャンドラを討ったのは本当かどうか尋ねてきている。だから俺は口を開け、あらん限りの声で叫んだ。
「貴様らの王! チャンドラグプタは討った! 称賛に値する見事な散り様だったぞ!」
コボルトたちに動揺が走るのは一瞬。コボルトたちが俺の背後、丘の上の人間軍を意識していると、獣の声が聞こえた。
それは狼の遠吠えだった。
コボルト軍の遥か奥から、きっと、戦車の上に立つ狼王の遠吠えだろう。
雄々しく勇ましい遠吠えは、狼たちの王にふさわしい鐘の音だった。
老兵たちの顔から、剥き出しの戦意が溢れだす。
やや前傾姿勢を取り、遠吠えがやむと同時に、コボルト兵たちは駆けだした。
視界を覆い尽くす半人狼の群れ、群れ、群れ。俺は落ちつきはらい、感心した。
「便利な遠吠えだなおい。伝令いらないじゃねえか」
秀吉と利家が同時に、
「「信長様!」」
「慌てるな。俺が合図をしたら、騎兵隊を全部突っ込ませろ」
俺は語気を強めてから、愛馬鬼葦毛に跨ったまま、一人前へ進み出る。秀吉達の騎兵隊から離れ、川辺まで足を運ぶ。そして、俺は王の権能を発動させる。
「召喚! 織田鉄砲隊!」
光が吼えた。俺の左右へ光の粒子が迸り、かつての臣下たちが時空を越えて馳せ参じる。




