戦国魔王VS太陽王 決着!
「未来……だと……?」
可哀そうに。憔悴しきったチャンドラは力なく立ち上がると、気が触れたように笑い声をあげた。そして右手に湾刀を召喚すると、全身に王気をみなぎらせる。
「理屈は知らぬが、強力な兵器は連続して使えぬが道理。投石機がそうであるようにな!」
チャンドラが俺に向かって走る。俺は自分の武装として火縄銃を一丁召喚すると、チャンドラに向けて構える。そして引き金を引いた。
俺の放った弾丸は、まっすぐチャンドラの腹を撃ち抜いた。
「ぐっ、がぁあああああああああ!」
やはり、チャンドラは頭がいい。はじめて見る鉄砲の、連射できないという弱点を見抜いている。弾込めのあいだに距離を詰める。それも正しい、けどな。
「甘ぇよ」
俺はその手に、早合を召喚した。火縄銃は、熟練した兵でも弾込めには二〇秒かかる。
その工程は、銃口から火薬を入れ、カルカという棒で押し固め、それから銃口から弾を入れるなど、作業が多い。
しかし、最初から火薬と弾を一緒にし、紙でくるんだものを用意しておけば、この問題は解決する。そして、俺ならば、
「行くぜ!」
俺は右手で火縄を上げると、早合を銃口に勢いよく叩き込んだ。早合は銃身の奥へと叩きつけられる。そのあいだに、もう俺は火種となる火薬を火皿に入れている。
この間、実に三秒。目の前まで迫ったチャンドラの胸板に銃口を突きつけ、俺は重たい引き金を引いた。
新時代を告げる爆音と共に、旧時代の王は倒れた。
口の端から血を流し、偉大なる太陽王は苦しみに喘いだ。
チャンドラの戦象は、間違いなく無双の軍勢だったろう。弱点のすべてを克服した熟練の戦象部隊。そんなものに勝てる道理はない。
ただチャンドラの不運は、未来の勇者である俺と出会ってしまったことだ。
チャンドラがどれほど優れた王であっても、象を、まだ発明されていない銃声や硝煙の匂いに慣れさせることはできない。一撃で象の皮膚を貫通する威力を持った携帯兵器の使用など、想像できない。
きっと、俺さえいなければ、チャンドラはこのアガルタ世界を統一する最有力候補だったことだろう。けれど、最初に思った通り、チャンドラは今川義元だった。
天下を取って当然の勇者王。なのに、例外的に相性の悪い俺と最初に当たってしまった。
しかし、チャンドラが義元と同じなのは、最期の瞬間もだった。
チャンドラは悔しさに顔を崩すことなく、酷く落ちついた、それでいて高貴さを感じさせる表情で、太陽を見上げていた。
戦は生き物。地上では戦況がめまぐるしく変わり続けているのに、青空に浮かぶ太陽はなにひとつかわることなく、堂々と俺らを見下ろしている。
「まさか……余が負けるとはな……」
「…………悔しいか?」
満ち足りた声で、太陽王チャンドラは微笑を浮かべる。
「いや……余が敗北したということは、貴公のほうが強かったというだけの話だ。ならば、余の敗北は必然だ」
チャンドラの命の炎が、徐々に燃え尽きる。
「それに……この世のすべてを手に入れた余も、そういえば敗北だけはまだ手に入れていなかった…………なぁ、いま一度、貴公の名を聞かせてくれぬか?」
消えゆく命が苦しまないよう、俺は告げた。
「織田信長。織田家当主、信長だ」
「良き名だ。信長、貴公からの献上品は、ありがたく頂戴するとしよう。ふふ、悪くない……敗北とは、こんなにも心地よいものであったか……次の機会があるならば、次こそは勝ちたいものだ……余はまだ高みへ昇れる……敗北を知った余は……いま完成したのだ……二度目の生があるならば、きっと三度目もある。だから……後悔はない……」
そう言い残して、チャンドラの肉体は光の粒子へと変換されていく。
風にまって展へ昇る光の粒子を見上げ、俺は呟いた。
「ばーろー。それが悔しいってことだよ。それに……」
俺は思い出す。生前、俺の天下取りをもっとも後押しした勝利。俺の天下取りの基礎となった今川義元を。義元という敵が俺の前に立ち塞がってくれなければ、俺の天下取りはどれだけ遅れたか。
だからきっと、チャンドラグプタ二世への勝利もまた、俺の天下取りに大きな役割を果たしてくれるだろう。
今回の戦で多くの人間が死んだことを思えば口には出せないが、今回の戦も、実に心が躍った。楽しかった。だから、
「ありがとうな、チャンドラグプタ二世。お前のコボルト国は、俺が幸せにするぜ」
俺はチャンドラの多くを知らない。知らない相手が死んで感傷に浸るのはおかしいと、人は言うだろう。けれど、チャンドラが外道ならば、利家に殺されているだろう。
チャンドラはきっと、悪い奴じゃないんだろう。そして、悪人でない人間が天下に名乗りを上げるのは、並大抵のことじゃない。
俺が知らないだけで、チャンドラにはチャンドラの歴史があり、理由があったに違いない。だから俺は、チャンドラグプタというひとりの男を背負うのだ。
この世のすべてを統一するということは、この世のすべてを背負うということに等しい。それは、ともに覇を競った好敵手もまた同じだ。
ふと、俺はその輝きに気がついた。チャンドラが横たわっていた場所へ歩み寄り、輝きの正体を手に取った。




