日本の戦国魔王VSインド統一の太陽王
「騎兵隊は左右の歩兵隊に当たれ! 残りは予定通り藁束を配置!」
俺の指示で、一万の騎兵隊のうち、大半の騎兵は左右へ散った。チャンドラの陣形は古来より必勝の型と言われる鶴翼の陣だ。
俺は騎兵たちを鶴の両翼の足止めにする。
そして、騎兵隊と言われたのに、左右へ行かず俺についてくる兵は動いた。一斉に横へと広がってから藁束ごと馬を降りる。降りて、藁束に手で火をつけた。
前方では、チャンドラのやつの澄まし顔に動揺は走る。
そして、藁束に炎が広がるあいだに騎士たちは、いや、騎士の格好をさせた魔術師たちは詠唱をはじめる。
風下は俺ら。煙を嫌がって、馬が一歩二歩と下がるなか、黒煙は徐々に成長する。チャンドラの戦象は迫る。やがて炎が、獣油をしみこませた藁束中央部分へ到達。黒煙は爆発的に広がり、悪臭を撒き散らす。
「放てぇえええええええええええ!」
俺の合図で、魔術師たちが一斉に風の魔術を放った。
悪臭漂わせる黒煙はすべて風上へ、チャンドラ率いる戦象へと注がれた。
すべての戦象が一瞬で瓦解。
コボルト兵たちを振り落とし、踏みつぶし、戦象同士でぶつかりあっている。
危険を察知したチャンドラは戦象から飛び降りるがもう遅い。
「クッ、余の象たちが……」
チャンドラが振り返れば、そこには総崩れとなった自慢の戦象部隊があった。
生き残った戦象たちは反対方向、コボルト陣営へと走り去っていく。あのままコボルト陣営に突っ込めば、さぞ多くのコボルト兵たちを踏み殺してくれるだろう。
戦象部隊の崩壊は鶴翼の陣の両翼を担う歩兵にも波及。俺の騎兵隊は優位に戦いを運んでいるだろう。
俺が召喚された初日。魔術は実用的ではないとソフィアたちに言われて思った。運用方法の問題ではないかと。その通りだ。
ソフィアたちは、戦場でまともに魔術を使わずにいた。ならばそれを利用すればいい。コボルトは魔術をほとんど使えないらしいから、魔術文化は存在しないだろう。
まして敵である人間も戦場で使わないのだ。コボルト軍には、戦場で魔術に対抗する手段なんて考えていないだろうし、チャンドラにも魔術の重要性なんて伝えないはずだ。
これこそが、俺がチャンドラとコボルトたちに見せるコロンブスの卵だ。
俺の魔術師たちが勝利を喜ぶなか、ただひとり、取り残されてしまったチャンドラは俺を見据えた。チャンドラと俺の距離はおよそ三〇メートル。天竺の太陽王の顔が、悔しさに歪むことを俺は期待した。だが、その顔を拝むことはできない。なぜなら、
「計算通りだ」
チャンドラの顔は、相も変わらず冷静で、そして余裕に満ちていた。
チャンドラは、今までと変わらぬ王気をまとい、俺へ語りかける。
「貴公の名は?」
「織田建勲信長だ」
「そうか、では信長、まずは見事と褒めてつかわす。貴公はこれまで出会ったなかで最高の道化だったぞ。生前のインドにも、貴公ほどの道化はおらなんだ。だが悪いな。チェック・メイトだ」
チャンドラの五体から、尋常ならざる力が溢れだす。俺の魔術師たちは、息を飲んで後ろへ下がった。
「貴公はキングの勇者であろう? ならば貴公も使えるはずだキングの力をな。そして思ったはずだ。これならば負ける道理はないと。生前の力を十全に振るえる勇者の力はこれほどのものかと」
チャンドラの言う通り、勇者は生前の力を十全に振るえるようになっている。
若く、完全再生能力を持った肉体。生前の武器や馬の召喚。だがキングの勇者は、王であるが故に、その生涯における最大最強の武装を召喚する能力を持っている。
チャンドラの顔が、圧倒的な自尊心で歪んだ。
「見よ! これが! これぞ余の軍勢! 王たる余の力よ!」
チャンドラの背景に、金色の光がほとばしる。光はチャンドラの足もとからも立ち上り、チャンドラを持ちあげる。
チャンドラを背負うのは、金の鎧で飾られた白象だった。
チャンドラの背後に召喚されたのは、熟練された空気をまとう御者のまたがった戦象たちだった。
「さぁ! 貴公の軍勢はなんだ!? 弓兵か! 重装歩兵か! 戦車隊か! 温い温い温い温い温い温い温い温い温い温いわぁッ! 余の軍勢は熟練された無双の戦象部隊! 矢も槍も剣も通さず、戦車をも踏み潰す真なる王者の軍だ!」
遥か高みから俺を見下ろして、チャンドラは有頂天になる。
「言っておくが、コボルトたちの戦象と一緒にするでないぞ。余の戦象はすべて、幼い頃よりあらゆる音、匂いに耐性をつけさせ、人工的な罠を見抜き、自己判断で罠を避ける! 貴公がいかなる軍勢を召喚しようが、いかなる戦象対策をしようが無駄と知れぇ!」
俺は静かに、自分の軍勢を召喚しはじめる。
「この距離ならばかわしようがないぞ! 数千の戦象に骨も残らず踏み潰されるがいい! 全軍進めぇ!」
俺の軍勢は、迫る戦象部隊へとの冷静に得物を構えると、三千発の雷を束ねたような轟音を鳴らした。
チャンドラの白象を含めて、先頭の戦象は全て転倒。振り落とされたチャンドラは俺の前方十メートルの地面へと放り出される。
「な……!?」
チャンドラは尻餅をついたまま、呆けた顔で振り返る。
二列目以降の戦象は、一頭残らず混乱状態になってコボルト軍の戦象の二の舞だ。自らが信じる無双の戦象部隊が崩壊する光景を、チャンドラは愕然として眺めるしかなかった。
「なんだ……それ……は……」
古代人であるチャンドラは、俺の部下たちが構える鉄の筒を見て、情けない声で問う。
「鉄砲だ。もっとも、お前が死んだ千年後に発明された未来の兵器だがな」
「未来……だと……?」




