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弓の勇者の正体

 コボルト兵たちは、息を吞んでその戦いを見守っていた。


 ポーンVSルーク。


 利家と姫ルークが戦いをはじめてから五分。誰も姫ルークの援護をしようとはしない。


 朱槍を信長に壊された利家は、天下五剣の一振りである名刀、大典太光世を手に、姫ルークと戦っていた。そして姫ルークの武器は弓矢。それは実に奇妙な戦いだった。


 バックステップで一定の距離を保ちながら、利家に矢を放つ姫ルーク。対する利家は、放たれた矢を大典太光世で叩き落としながら、何とか接近を試みる。


 利家が距離を詰めた。姫ルークは、秀吉並の跳躍で利家の頭上を飛び越え、また距離を取る。


 二人の周囲には、コボルト歩兵の死体の山だ。姫ルークを援護しようとした歩兵から順に、利家に斬り殺された。


「ガーウー♪ やっぱりお前つっよーいガウ。お前はガウの獲物。今日は犬狩りだガウ♪」


 破顔して笑う姫ルークに、利家は犬歯を見せて笑う。


「へへっ。なに、ボクが裏切ったこと、怒っているの? アタランテ?」


 アタランテ。


 ギリシャ神話に名を残す、最速にして最強の女弓使いだ。


 数多の英傑が彼女と駆け比べては敗北し、神獣カリュドンの猪を屠った豪の女傑。

 その生まれこそ王族だが、山に捨てられ、狩猟の女神アルテミスの使いである神熊に育てられた経歴を持つ。


 故にその動きは猛獣そのもの。人間如きの限界点など、やすやすと越えた超三次元駆動と機動力。そして狩猟神アルテミスを思わせる弓術を有する。


「でも悪いね。ボクは最初から、身も心も信長様のものなんだよね!」

「ガウガウ。そんなのどうでもいいだゾ。ガウは強いやつと戦えればそれでいいだゾ♪」


 神獣並の身体能力に、狩猟神級の弓術。

 対する利家は、たんなる一武家の生まれで神の加護も一切ない。両親は普通の人間だ。


 いかに天下五剣の一振り、大典太光世を持っていようと、埋められる差では――


「せいやぁ!」


 利家が地面に転がる槍を拾い上げた刹那、その穂先がアタランテの頬をかすめ、髪の毛が数本、宙に舞った。


「ガウ!?」


 目を丸くするアタランテに、利家のさみだれ突きが襲い掛かる。

 アタランテはどれも紙一重で避けるが、矢を射る余裕がなかった。


「っ、そんなただのナマクラ槍でガウを仕留められるとでも?」


 アタランテは強がるが、ここでひとつの疑問がある。


 戦国一の槍使いとして名高い前田利家だが、実は天下の名槍と呼べる名物は持っていない。確かに特注の朱槍はなかなかの業物だが、天下の三名槍からは外されている。


 利家ほどの槍使いが、剣聖ならぬ槍聖と言うべき利家が何故?


 理由は、死んだコボルト槍兵の槍でアタランテに肉薄する腕前を見ればわかる。


「弘法筆を選ばず!」


 利家の槍が空を薙ぎ払う。アタランテは身を逸らして避けるが、一〇〇分の一秒でも遅ければ危なかった。


 そうなのだ。逆なのだ。利家は槍聖だ。故に、利家ほどの達人にもなれば、名槍でなくても問題ない。およそ槍という概念の当てはまる得物ならば、利家は十全に、万全に、万能に使えてしまう。


 無論、名槍の方が斬れ味はいいから、名槍のほうが強い。だが、人の命を取るにはナマクラ槍でも十分だ。それに今回はアタランテを手に入れるのが利家の役目。動けなくするだけなら、朱槍でなくとも十分過ぎる。


「お前、最高に楽しいゾ♪」


 ギリシャ神話最速の足でさがりながら、アタランテは同時に三本の矢を放つ。

 横には逃げられない、跳ぶかしゃがんでかわせば、その挙動の隙を突いて二射目を放つ。


 槍で薙ぎ払うのは無理だ。狩猟神アルテミスから貰った神弓の一撃。ソレに槍の木製の柄が耐えられるわけがない。


 案の定、利家は槍を横に薙いだ。薙いで、槍の柄に当たった矢が柄を砕いた。


 アタランテは二射目を放つ。これで利家は終わる、はずだった。


 なのに、利家は矢に向かって走って来た。


「ガウゥウ!?」


 これにはアタランテも驚いた。


 矢の瞬発力は凄まじい。矢を一発喰らえば、普通の兵は致命傷だ。弓につがえた矢を向けられれば、どんな戦士でも恐れるし、放たれるのを見れば、絶望感で心が止まる。


 でも利家は、自らは矢に突っ込んできている。丸腰で。


 次の瞬間。利家は平原の草むらを蹴りあげた。草むらから死んだ槍兵の槍が跳ね上がり、利家はその手につかむと矢を弾く。


「ガウ!?」


 完全に意表を突かれたアタランテは反応が遅れる。


「これが、ボクの槍だぁあああああああああああ!」


 希有な武将。前田利家。いかに戦国時代といえど、出世するには限度がある。ただの槍兵から加賀百万石の大大名など異例も異例。仮にそれほどの出世をするならば、秀吉のような知略で大手柄を立てるのが異例のなかの普通だ。


 けれど利家は、純粋な槍働きで、個人的武力を以って大出世を遂げた傑物なのだ。


 百万石。二十一世紀の日本に例えれば、価値はおよそ二兆円。


 利家の槍は、値千金どころではない。値二兆円の槍働きが、アタランテへと閃いた。


 熟練の槍さばきを見せたナマクラ槍が伸びきったのちに、アタランテの弓が地面に落ちた。わざと狙いを外され、そのうえで得物を奪われる。狩猟者として、アタランテは完全に敗北していた。


 利家は槍をひくと、犬歯を見せて笑った。


「にひひ♪ ボクの勝ちだね。ねぇ、アタランテも信長様のもとへおいでよ。信長様のところは楽しいんだよ♪ それに、君好みの強い男だしさ♪」

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