最前線で戦う王!
「利家ぇええええ! てめぇとはガキの頃から死ぬほど殺し合ったが敵味方に別れたのははじめてだなぁおい!」
「ええ♪ これで、合法的に本気を出せますよぉ!」
信長と利家の刃が加速する。人間が、コボルトが、まだ上があるのかと度肝を抜かれる。
信長の心は、かつての戦場へと帰っていた。
後世の人たちがイメージする知将信長は人生後半の話。彼の天下取り物語、その前半で信長は誰よりも戦っていた。
信長はどの戦場でも自ら刀を振るい、敵を斬り殺しながら部隊を指揮し、敵を槍で突き殺しながら戦場を采配していた。弓矢や火縄銃で殺した敵兵も数えきれない。
おまけに新武装は、必ず自分で使って試すという超武等派大名だ。勢力が大きくなると、総大将らしく後方に下がるようになったものの、本来、信長は神話の英雄と同じく自身こそが最強戦力を地でいくタイプの王だ。
そして最後の時はあっさりと訪れる。
裂帛の気合と同時に利家が朱槍の軌跡を放ち、信長が白銀で半月を描いた。
朱槍の切っ先と、白刃の中央が衝突。
キン という鋭くも軽い音だった。刃が、一切の抵抗を受けずに対象を切断した音だ。
かくして、利家の朱槍は、穂先を真ん中から左半分を失っていた。
切断面は信長の首筋に触れていて、穂先が万全ならば信長の首を斬り裂いていたことだろう。そして信長の白刃は、利家の肩口に据えられていた。信長が振り抜いていたながら、鎧ごと利家は心臓まで断ち割られていただろう。
利家は笑顔で、
「一万……三一〇五戦……一九八九引き分け、五一一五勝…………」
利家の両目から、涙があふれて、こぼれ落ちた。
「六〇〇一敗……また、離されちゃいましたね、信長様」
「然り。そしてお前の首を俺が討ち取った。また俺の軍門に下れ、俺の可愛イヌよ」
利家のあごをつかむと、信長は強引にその唇を奪った。
利家の全身に多幸感が流れ、利家は絶頂を迎える。何年振りかわからない信長の接吻の味に、もう体はおろか魂まで骨の抜きだった。
前田利家。後世では男として伝わっているが、同時にこのような話も伝わっている。
前田利家は信長の色小姓、わかりやすく言うと『肉体関係ありの専属メイド』だった。
さらに『あの日は本当に愛しかったぞ』『殿はあの夜、私を片時も離しませんでしたね❤』という熱烈なラブレターを交わした。
安土城で信長が家臣たちの前で『昔は毎日利家を抱いた』と発言し、利家は嬉しそうに照れ、周囲の家臣たちは悔しそうに羨ましがった。一時期、信長に嫌われたときは『殿が機嫌を直してくれない』と家族の前で赤ん坊のように泣きじゃくり続けた。つまりは、秀吉どうようそういうことなのだ。
利家は女の子で、信長のことが大好きで、もう溢れる愛が止まらないのだ。
ついでに言うと、歴史上では男と記録される信長の家臣には男装の女性が多くて『周囲の家臣たちは悔しそうに羨ましがった』というのも、そういうことなのだ。
「ではイヌ! アガルタ世界で初仕事だ! あの弓姫を手に入れろ!」
「合点承知の助です♪ いでよ谷風♪」
利家の掛け声と同時に、見事な体躯の黒馬がその威容を見せつけるように召喚された。
これぞ、あの有名な前田慶次の愛馬松風の親馬、谷風である。
その健脚ぶりは、息子の松風に勝るとも劣らない。
「しかし信長様、ボクとしてはポーンで召喚されたことには不満ですよ。だって」
谷風にまたがると、利家は顔色を変えて手綱を握った。
「戦国最強の槍騎兵である僕がナイトじゃないなんて、アウに嫉妬しちゃいますよ」
鋭利な闘志を研ぎ澄ましながら、槍神は反転。さっきまでは味方だったコボルト兵たちを睨みつけると、
「のいて」
忠犬利家が、闘犬としての本性を見せると、コボルト兵たちに衝撃が走る。
コボルトは狼の半獣人だ。敵の強さをはかる野生の本能は、人間よりもはるかに優れている。まして、信長との殺し合いを見たばかりだ。
コボルト兵たちが逃げるようにして道を開けると、利家は馬を走らせ、信長から遠ざかっていく。
「さて、それじゃあてめぇら、覚悟は出来ているんだろうな?」
信長が邪悪に笑うと、コボルト歩兵たちは肝を冷やす。ここにはまだひとり、勇者が残っているということを、いま思い出したようだ。
「騎兵隊! 進めぇ!」
『おぉおおおおおおおおおおおおお!』
信長が率いてきた一万の騎兵が、一斉にコボルト歩兵に襲い掛かる。
士気を折られたコボルト兵に対し、人間騎兵はその逆だ。信長の強さをうしろだてに、勇気百倍の勢いでコボルト兵に立ち向かった。
かつて、地球の征服王アレクサンドロス三世、別名イスカンダルは言った。『余は羊に率いられた獅子の群れは恐れない。だが、獅子に率いられた羊の群れは恐れる』と。
群対群の戦場に、一個人の武勇などさして影響しないか、違う。一個人の武勇こそが兵を鼓舞し、士気を高め、無双の勇者兵団へと変えるのだ。
いつの時代も、英傑こそが戦場の華であり、伝説が人々を駆り立てるのだ。




