アイ・キャン・フラーイ!
今日の開戦は早かった。
早朝から人間軍とコボルト軍は睨み合うが、長くは続かない。
コボルト軍には昨日の勝利という勢いがある。
午前七時、コボルト軍の戦象部隊が動きはじめる。
「我が愛騎につづけぇええええええええええ!」
戦象部隊の最中央先頭。戦象部隊を文字通り率いるのは、あの長身の超乳の女だ。
注目して目をこらすと、何キロ離れていてもちゃんと姿をとらえられた。
「報告通りすげぇ乳だな。吉乃より乳のデカイ女がいるとは驚いたぜ」
「そうですなぁ。ではウチは太平楽で出陣しますので」
櫓から跳び下りようとする秀吉の肩を、俺はつかんで離さない。
「おやおやぁ。秀吉ちゃんの出番はまだ先のはずなんだけどなぁ?」
秀吉は櫓の手すりに指を食い込ませ、筋肉に血管を浮かせながら逃れようとする。
こいつどんだけ力入れているんだよ。
秀吉は平静を装い、
「いやほらあれですよ。早めに勇者が出陣したほうが兵の士気もあがるし先端を切り開いてこその勇者ではないですか? 総大将の信長様は後方で戦場全体を監視しながら采配を振るい右腕たるウチは現場で直接指揮する。これぞ必勝の策ですよ」
「うわぁ。お前ソレ即興で思いついたのか? なんていう才能の無駄遣い」
秀吉は血の涙を散らす。
「だってだってあんな超乳超尻の半裸美女が迫ってきているんですよ! ウチの前尻尾はもうさっきから怒張しっぱなしですよ!」
そこには、興奮しながら両手を股間にあてがう美少女の姿があった。
うん、サルは生前、男のフリをしていてよかったと思う。女でこんなことしていたら取り返しのつかないことになりそうだ。俺はそう思わずにはいられなかった。
「ったく、お前は俺だけを見ていればいいんだよ」
「みゃっ❤!?」
秀吉の顔が、キュンと固まった。
「まぁ、どのみちあいつはお前に任せるつもりだったしな。少し早めに出陣といくか」
「みゃあ~❤ だから信長様大好きだみゃあ❤♫」
秀吉は俺に跳びついて、首筋に何度も接吻を浴びせてくる。ここまで淫乱に俺を求めておきながら、決して自分からは唇に接吻をしない。
女には容赦ないのに、相変わらず秀吉は俺に対して中途半端に臆病だった。
「じゃあソフィア。総大将役は任せたぞ!」
「は、はい! 御武運を!」
俺は秀吉の可愛らしい小ぶりな尻を手で支える。そうして秀吉を抱いたまま、櫓から飛び降りた。
「鬼葦毛!」
「太平楽!」
俺らの着地点に、鹿の優美さと、牛の力強さを兼ね備えた英馬が召喚される。
俺は白毛と灰毛の混ざった毛並みの馬に、
秀吉は鹿色の毛並みの馬に着地して跨った。
俺らの愛馬は、生前と変わらぬ勇猛さでいななきをあげる。
同じ馬同士、通じるものがあるのだろう。
俺らの愛馬の威勢に、周囲に待機する騎兵の馬に緊張が走ったのがわかる。
腹を蹴れば、鬼葦毛と太平楽は雷鳴のように猛然と平原を疾駆する。
あらかじめ味方に開けさせておいた陣形の道を通り、左右の兵の姿が、うしろへ流れて行く。背中に秀吉の気配を感じながら、俺はめをこらして敵陣の様子をうかがった。
並はずれた体格の鬼葦毛に乗ると目線も上がって、戦場の様子を見るのは楽だった。
◆
変化は、突然起こった。
コボルト軍の超乳ナイトは、勇ましい声を上げ、戦象部隊を率いていた。
しかし次の瞬間、ナイトの第六巻が愛騎へ有り得ない指示を出した。
「跳べぇえええええい!」
地球史上最大級のマンモス、松花江マンモス並の体格を誇るナイトの戦象は指示通り、跳んだ。生物学的にこれは有り得ない。
象はその巨重ゆえに、跳躍はおろか走ることもできない。歩幅が大きく速いために勘違いされがちだが、あれはただの早歩きだ。
しかし、人間のなかでもナイトである彼女のような超人がいるように、象のなかにも規格外の超象がいるのだろう。
ナイトの愛騎は、他の戦象の三倍にもなる体重で、跳躍を成し遂げた。
そして何かを飛び越えたとき、ナイトはその何かを目にした。
「落とし穴……だと……?」
背の高い草で巧妙に隠され、穴のなかにも同じ色の草を仕込み、目立たないようにされている。ぽっかりと平原に口を開けた穴は、明らかに戦象用のサイズだった。
「マズイ! 全軍とまれぇえええええええええええ!」
ナイトの指示は間に合わない。
彼女の戦象が先頭を走っていたため、他の戦象は後方を走っている。だが、ダメなのだ、間に合わないのだ。
地球の戦史上、進化した火器が普及するまで最強を誇った象騎兵にも弱点はある。あらゆる攻撃を跳ね返し、あらゆる防御を踏み潰し、あらゆる兵の戦意を威圧感でへし折る象騎兵にも弱点はある。ひとつは信長が突いた、異臭に弱いということだが、まだある。
それは象騎兵最大の武器である巨体巨重ゆえに、一度前進するとブレーキが効かないという点だ。故に、落とし穴など、トラップに御者が気付いても……
『ぎゃああああああああああああああああああ!』
戦象部隊の、最前列が一瞬で全滅した。
多くの象騎兵は落とし穴へと落ちた。必死に止まろうとした象の半数はつんのめって前に転んで穴へ落ちた。もう半分は前足が運動エネルギーに耐えきれずに骨が折れ、やはり転んで穴へ落ちた。
いや、それは穴というよりも、堀だった。これほどの深さの堀を、戦場に長々と用意するには、なまなかなことではない。
信長はその巨体を見ただけで戦象の弱点を見抜き、事前にこの堀を掘らせていたのだ。




