ここが俺の桶狭間だ!
この日は、人間軍の敗北だった。
戦線は大きく押し下げられて、本陣は東砦のすぐ前まで後退した。
だが、兵の動揺は少ない。
これもすべて、俺の策だったからだ。
俺は、あらかじめ各部隊に通達しておいた。
今回の任務は情報収集。各隊は防衛戦を敷き、最後はわざと負けたふりをして、後退せよ。そして、敵勇者の情報を俺に報告せよ、と。
その日の夜。兵たちに食事を取らせると、俺、秀吉、ソフィアの三人は、大広間で兵たちに聞きとり調査を行っていた。
「戦象を率いていた女は、とにかくデカかったです」
そう証言するのは、戦象部隊と戦った騎兵や弓兵、投擲部隊の兵たちだ。
「俺はそいつの姿をしっかりとは見れていないが、デカイってどうデカイんだ? 俺よりデカイのか?」
俺の身長は六尺、この世界の単位で一八〇センチだ。生前の地球でもだが、ガタイのいい武士たちのなかでも長身の部類に入る。
「信長様よりも頭ひとつ分は大きかったです。あと胸と尻がもう、まるで牛でした」
「信長様! 明日はこのサルめがその勇者を捕縛してきます!」
「お前は黙れ」
鼻息を荒くする秀吉の首をしめて黙らせ、俺は兵たちの言葉に耳を傾ける。
「頭には金の髪飾りをしていて、あと象牙の首飾りをしていました」
「武器は戟ですが、戦象の上では弩も使っていました」
兵たちの話をまとめて、俺は頷く。
「なるほどな。それと、あの戦象だけほかの戦象とは外見が違いすぎる。おそらく、あれは勇者としての能力で召喚した、あいつ自身が生前乗っていた戦象だろう。読めて来たぞ、あいつの正体がな」
ソフィアが目を丸くする。
「本当ですか!?」
「ああ、女の戦象乗りで、二メートル越えの長身で超乳超尻。そして金の髪飾りと象牙の装飾品とくればひとりだけだ。でもまさか、あの三国時代最強の女が来ているとはな」
俺はひとりで納得しながら、次の部隊の証言を聞いた。
「お前らは、とんでもねぇ弓使いと戦ったんだったな?」
「はい。あの女の弓術は信じられません。一度に三本の矢を放って、しかもそれが全て命中するんです!」
やや興奮気味に語る投擲兵、彼に続き、騎兵が、
「私は装備が目につきました。鎧ではなく、猪の毛皮を着ていました」
「それに熊ともライオンともつかない猛獣のような声で、恥ずかしながら肝を冷やしました。それと、顔立ちですが彫りの深い顔立ちでした」
「同じ女性の勇者様でも、秀吉様とは雰囲気が違います」
それらの情報から、俺はルークの正体にも察しがついた。俺は、宣教師から聞いた神話を思い出す。
「そいつは南蛮人だ。西洋の女弓兵で、猪の毛皮に熊ともライオンともつかない叫び声。となれば、あの神話の姫様しか思いつかんわな。宣教師から大陸の話を聞いておいてよかったよ。まさかこんな形で役に立つとはな」
ソフィアが、俺の顔を覗き込んでくる。
「チャンドラのこともですが、信長様は相手の勇者様のことをみんなご存じなのですね」
「まぁな。どうやら俺は、今回召喚された勇者たちのなかでは比較的未来の勇者らしい。チャンドラもナイトもルークも、みんな、俺からすれば古代の勇者だ。」
ポーンの勇者について触れない俺に、ソフィアは問う。
「ポーンは違うのですか?」
「ああ。ポーンは俺や秀吉と同じ時代の勇者だからな。ていうかあいつ俺の家臣だし」
「そうなのですか!?」
ソフィアの顔に衝撃が走り、次の瞬間には笑顔になる。
「ではこちらに寝返ってくれますね。信長様は生前、家臣から愛されていたのですよね?」
ソフィアの期待に、俺も腹のなかで期待が溢れる。口角を最大まで上がって、顔が歪んでしまう。
「とうぜんだ。そのためにも、明日は俺があいつの首をはねる」
俺が見せた極上の哂い顔に、秀吉をのぞいた全ての人間が息を吞んだ。
◆
次の日の朝。
砦の櫓からコボルト軍の様子を確認すると、ソフィアは青ざめて声を震わせる。
「昨日よりも……増えていませんか?」
秀吉はあっけらかんと、
「目測で七〇万。ウチが小田原攻めに動員した人数の三倍以上だにゃあ」
「夜の間に援軍が来たか。こちらは七万のままだから、ちょうど十倍だな」
「こんなのどうやって勝てばいいんですか!?」
鳥乱すソフィアの頭を、俺は手の平でわしわしとなでまわす。
「安心しろって、俺は十倍の敵と戦わせたら地球で一等賞だ」
「ていうか一度勝っていますからね。二五〇〇〇の今川軍相手にたった二五〇〇で」
「本当に十倍の相手に勝ったのですか!?」
「たりめーだろ。俺は十倍の敵に勝てる軍略が基本装備だぜ。作戦に変更はない。相手は昨日の勝利で調子こきまくってバカスカ突っ込んでくるはずだ。仕込みは万端。今日一日でチャンドラの首を取るぞサル!」
「ハハ! このサルにお任せあれ!」
秀吉が頼もしく笑って、俺も嗤わずにはいられない。
心の臓が昂る。
頭が冴える。
魂が哂う。
「ここがアガルタ世界の桶狭間! チャンドラは今川義元! 俺がこの世界に覇を唱える足掛かりになってもらうぜ!」




