ポーンの勇者と弓の勇者
その頃、信長は将軍ナイトを見ていなかった。敵勇者の姿を確認することは大切なことだが、いまの信長は、それ以上に大切なものを見つけてしまったのだ。
信長の視線の先には、コボルト歩兵がいた。
コボルトの戦象部隊を率いるのは、騎兵の、ナイトの勇者である長身の女性だった。
コボルトの歩兵部隊を率いるのは、歩兵の、ポーンの勇者である美少女だった。
少女は長い朱槍を操り、縦横無尽に暴れている。
体に似合わない長槍で人間の兵を突き、薙ぎ、その穂先は容易く一〇〇以上の首をはね飛ばした。
獅子奮迅とは彼女のためにある単語だ。人間の歩兵が左右に割れて、姿をあらわした弓兵部隊が一斉に矢を放つ。信長は鼻で笑った。彼女に矢が効かないのは、明白だった。
事実、少女は矢を恐れず、矢に向かって駆けた。駆けながら槍で矢を薙ぎ払い、そのまま二度目の薙ぎ払いで弓兵たちの首をまとめてはね飛ばす。
熟練の兵でも、矢の切っ先を向けられれば恐怖が生まれる。弓兵が指を離せば、コンマ一秒後には自分が死んでいるのだから。
なのに、少女は顔色ひとつ変えなかった。チャンドラグプタから大名殿と呼ばれた彼女いは、元来、矢を恐れるという概念がないのだ。それは、生前から変わらない。
「!?」
少女の視線が、遥か遠くの櫓、その上にいる信長と合った。途端に少女の目が輝く。
千年の恋に目覚めたような、乙女の顔だ。
信長の隣に秀吉がいるのも確認して、少女は歓喜に叫ぶ。
少女は歓喜のつもりでも、周囲の人間兵はそうとらえない。
あまりの雷声に、威嚇かと思って、人間兵は恐れおののく。
少女は信長と秀吉に手を振ると、
「もういいや。みんな、あとは任せたよ」
そう言って、コボルト陣営へと帰ってしまう。
◆
最後の勇者、チャンドラグプタから姫と呼ばれたルークは、戦象の上で寝ていた。
他の戦象についていく形で、彼女の戦象も進行している。
御者のコボルトが振り向くと、姫ルークは獣のように寝ている。
「あのう、戦わなくてもよろしいのですか?」
「がぁうぅ……ガウは強いやつにしか興味ないんだぞ。だから強いやつがきたら――」
人間が放った矢を、一緒に戦象に乗っている盾兵が弾いた。
金属音に、姫ルークの言葉は遮られる。
そのあとも、ガンガンキンキンと、寝るにはうるさい音が続く。
姫ルークの寝顔は徐々に崩れ、やがて犬歯をむきだしにして跳び起きた。
「ああもう! お前らうるさいだゾ!」
姫ルークは、一度に三本の矢を弓につがえると、まとめて放った。三本の矢は、吸い込まれるように三人の人間の喉を貫いた。
その腕前に、人間のみならずコボルトたちまで言葉を失う。
続けて、姫ルークは二度、三度と矢を三本ずつ放ち続ける。放たれる続ける三本の矢は、ただの一本とはずれることなく、確実に三つの命を射ぬいていく。
姫ルークの弓の弦は、一度弾くごとに三人の人間を殺せるという呪具も同然だった。
百発三百中の腕前を持つ姫ルークの暴虐は止まらない。
歯を食いしばる姫ルークは、はらたちまぎれに、思い切り弓を引き絞る。いままで以上に背後へと肘が引かれて、三本の弓は解放された。
そして惨劇は生まれる。三本の矢は三人の命を貫通して、さらにその後ろの兵の胸板に刺さった。三本の矢は、実に六人の命を射ぬいたのだ。
人間兵は、姫ルークの戦象から必死に逃げ続けるが無駄だ。姫ルークの弓の射程は異常に長い。一〇〇メートル、二〇〇メートル、三〇〇メートル離れても、まだ必中の精度は衰えない。
走って逃げる人間の兵はその場に倒れて動かなくなり、騎兵は落馬し、主人を失った馬が人間軍の本陣へと逃げていった。
「つまらない。ガウはすっごくつまらないだゾ! お前ら~~……早くガウを楽しませろだゾぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
次の瞬間。姫ルークが吼えた。叫んだのではない。それは獣の咆哮だった。
熊のような、あるいはライオンのような。獣王の雄叫びは人間のみならず、味方の戦象すら怯えさせた。むしろ、人間以上に戦象のほうが怯えている。




