ブレイブヒーロー大戦!
信長の足音が遠ざかって行くと、秀吉は穏やかに口を開いた。
「ソフィアちゃん。信長様は酷い人だと思ってにゃあか?」
「そ、そんなことは……」
慌てて否定するソフィア。しかし、目は泳いでいる。
「生前も、信長様を理解できな人からは言われいたんだみゃあ。信長様は冷酷非道な人だって。逆らう者は皆殺し。寺、この世界だと教会とか神殿を焼き払ったり、現皇帝を追放したり、裏切った弟ぎみも殺したにゃあ……」
ソフィアの顔から血の気が引いていく。
「そんな、信長様は皆を幸せに平定する統一王者、それじゃあただの暴君では――」
ソフィアの言葉を遮り、秀吉は、
「弟ぎみは二度も裏切って戦をしかけてきた。一度目で殺していれば、二度目の戦で犠牲になった人は死なずに済んだ。二度目で弟ぎみを殺したから、三度目の戦は起きなかった」
ソフィアは息と一緒に言葉を吞みこむ。
「六十六の国が権謀術数に戦を駆使する戦国乱世だみゃあ。裏切りや反乱を許していたら、二度三度と起こる。それでも一度目の裏切りを許すあたり、信長様は甘い。それでも、ときには徹底してすべてを潰す。抵抗する存在そのものが消えるまで全て殺し尽くす。それを見た他の連中は震えあがって、誰も信長様に逆らわなくなった。一つの勢力を完全消滅させることで、潜在的な危機を未然に防ぎきったのにゃ」
「でも、神を祀る神殿は、僧侶もいたのでは?」
「腐りきった宗教組織だったみゃあ。神の名を借りて金儲けに走って女を抱いて酒を飲んで、武装して政治に口を出して、民を先導して信長様に襲い掛かってきたのにゃ。それも」
秀吉の声に、僅かな怒気がこもる。
「神罰を恐れて誰も逆らえないだろうという悪知恵のもとににゃあ。滅んだ皇帝家も、信長様の財力と軍事力で再興させてもらっておきながら、いざ皇帝の座についてしまえば手の平を返したのにゃ。しまいには、他の国の王共と共謀して信長様を殺そうとしたのにゃ、だから返り討ちにあった、それだけにゃ」
秀吉は、つとめて優しい声でソフィアに語りかける。
「何度裏切られても許す。反乱を起こしても降伏したからすべて許す。僧侶に手を出すのはバチ当たり。皇帝様の命は絶対。にゃあソフィア。確かに聞こえはにゃよ。でも、それで苦しむのは誰だにゃ?」
ソフィアはハッとして息を吞む。
「誰が、そのツケを払わされるのみゃ? 関係のない民草だにゃ。権力者共が、貴族が王が皇帝が僧侶が権威を傘にくだらないメンツ争いを続けるから数えきれない民草が苦しみ続ける。なら、一人の絶対王が、すべての滅ぼしすべてを統一しすべてを再創世する。ひとりの賢王とその家臣たちが、民草を救済し導く新世界。それこそが信長様の目指す世界であり、その世界の実現のためなら、信長様は容赦しないのにゃ。たとえそれで、どれだけの人に恨まれようと、小事と大事と吐き違えることはないのにゃ。それが、ウチの信長様なのみゃ」
秀吉の力強い視線。彼女の瞳の奥には、信長に対する絶対の信頼と光があった。
ソフィアは、信長に出会ってまだ間もない。
それでも、家臣である秀吉にこんな目をさせる信長を、ソフィアは信じたくなった。
◆
六月二日。
人間国バトラング領。その、コボルト国との国境線に触れる大平原で、両軍は睨み合っていた。この二ヶ月間、コボルト軍は主力である戦象部隊を使えなかったことで、戦線は大きく後退している。
前回、俺が使った砦は、大平原西側の砦だ。でも今は、大平原の中央の砦を越え、国境線に近い東側の砦を使えていた。
真上から太陽の光を浴びる正午。砦からさらに東に作った本陣に建てられた、見張り用の櫓から、俺と秀吉は大平原の奥へと視線を飛ばす。
「ほー、秀吉、敵コボルト軍の数、お前にはどう見える?」
「全部で五〇万はいますね。すごい大軍勢です」
一緒に櫓へ登っていたソフィアが、悲鳴を上げる。
「な、五〇万!? 人間国の全正規兵と傭兵を足した数と同じですよ! でもこっちは七万しか連れて来ていないんですよね!?」
ソフィアは俺の腕にしがみついてくる。くかか。ガキらしい可愛い行動をとりやがる。
「安心しろって、俺は少数で多数を攻めさせたら地球で一等賞だぜ。にしても多いな」
「ウチが小田原攻めで動員した人数の倍以上ですよ。それに戦象も、あれは全部で一万以上はいますな。それに、この戦気は」
俺は、愉悦で口角が上がる。
「ああ、いるな。チャンドラ以外にも勇者が」
ソフィアが俺と秀吉の顔を見比べる。
「え? え? どういうことですか!?」
「感じないか? この肌でびしばし感じる戦場の気配。なるほど確かに五〇万の兵を束ねればこれほどの戦気にもなるだろうさ。でも、五〇万の息吹のなかでもなお隠れられないこの圧倒的な戦気。ひとりで一軍にも匹敵する殺意や戦意はそうお目にかかれるものではないぞ」
心の臓が昂る。
頭が冴える。
魂が哂う。
見なくてもわかる。秀吉の双眸が爛々と輝き、全身からチャンドラグプタ二世にも匹敵する王気が溢れている。
チャンドラグプタ二世は武勇の太陽王を自称している。だが、秀吉もまた、日輪の子を自称する日輪皇帝だ。
それで天竺の太陽王よ。戦国魔帝たる俺はおまえにも劣らない日輪皇帝を連れて来たが、お前はどんな臣下を連れて来たんだ?
秀吉の口から熱い息が漏れる。
「信長様、こたびの作戦は、いかがいたしましょう?」
ソフィアが俺を見上げる。この戦国最強魔帝たる俺が、人間国救世の勇者がどのような采配をするのか期待する顔で。
もう、煙で戦象を撃退する異臭作戦は使えない。
俺は、作戦内容をおごそかに告げた。
「よし、今回は負けよう」
ソフィアの顔が石化した。




