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ヒャッハー!貴族の首だぁああ!

 まるで冗談のように、伯爵の屋敷は一瞬で戦場になった。いや、戦場などという呼べるものではなかった。それはまるで、強盗に押し入られたようなありさまだった。


 秀吉の兵に脅された文官たちは手近な部屋に閉じ込められ、伯爵の衛兵たちはわけもわからず武器を捨て、降伏した。


 なにせここは国の中央である王族領のすぐ隣の州だ。伯爵のお屋敷は、今まで敵に攻められたことなど一度もない。衛兵たちは実践経験のない素人ばかりで、戦う相手も泥棒ぐらいしか想定していない。


 一部の兵は抵抗したが数が違い過ぎる。


 秀吉が屋敷に送り込んだ兵は一五〇〇人。対する伯爵の屋敷を守る兵は、せいぜい二〇〇人だ。他にも五〇〇人の常備兵がいるが、彼らは州の各地防衛のために散っている。


 秀吉軍に逆らう兵は、一人残らず瞬殺されてしまう。

 伯爵は、自身の部屋でパニックになっていた。


「なんだ!? どうなっている!? なぜ私の屋敷が襲われているのだ!?」


 完全な平和ボケだ。乱世と言っても、地域によって温度差がある。隣国に近い国境付近の州を領地に持つ貴族は、それこそ年がら年中戦に明けくれている。


 反面、地理の問題で、国境から遠いこの州を治める伯爵は、戦などどこか遠い世界の話だと思っている。体裁を保つためにいくらかの兵や物資を国境線へ送ったが、それも『出費がかさむなぁ』程度にしか思っていない。


 自分自身が乱世の当事者になるなど、考えたこともないのだ。

 伯爵の屋敷は、ただ陥落のときを待つだけの身だった。


「みぃつけた」


 秀吉が伯爵の部屋のドアを蹴破り、酷薄な笑みを浮かべた。

 伯爵のそばには、妻や息子と思われる人と、それを守る衛兵たちがそろっていた。

 伯爵に歩み寄る秀吉に、衛兵たちが襲い掛かる。

 秀吉は両手に握った二本の刀を振るう。


「邪魔」


 その一言で、衛兵の首が全て、同時に落ちた。


 伯爵の家族は、目の前の光景に恐怖を感じることもできず、思考が停止した。


 秀吉は血だまりの上を歩きながら、伯爵の首をはねた。はねた。まるで雑草を摘むようにかんたんにはねた。


 床に落ちた伯爵の髪をつかんで持ち上げると、秀吉は笑顔で、


「総大将の首、討ち取ったのにゃ」


 血だまりの上に立ち、生首片手に喜ぶ少女。秀吉の姿を前に、伯爵の家族は腰を抜かして倒れ込んだ。


「あく……ま…………」


 伯爵の息子の言葉に、秀吉は疑問を返す。


「悪魔? 城が落ちた以上、当主が首を差し出すのは当然なのにゃ。命が惜しいならあらかじめ降伏すればいいのみゃ」


 秀吉の言葉を理解できず、腰を抜かしたまま動けない伯爵の家族たち。


 秀吉の部下たちが部屋に入ってきて、伯爵一家を捕縛した。


 こうして、最初の州は一時間とかからずに陥落した。


 かつて、秀吉の家臣である竹中半兵衛は、わずか十六人の兵で難攻不落の名城稲葉山城を一日で落としたことがある。それを考えれば、敵の七倍の兵力で拠点を奪取した秀吉の功績に不思議はない。拠点といえど、条件さえ合えば落とすのはたやすいのだ。


 とは言っても……この武将が、常識的なことをするはずがなかった……


「さぁて、次のお仕事が待ってるみゃ」


 秀吉は特に何も感じることなく、血だまりの上を歩いて立ち去った。


   ◆


 最初の州を落とした秀吉の行動は速かった。そして早かった。


 戦の常識ならば、敵の領地を手に入れれば、そこに兵を置く。そしてしばらく休みながら、建物や土地の検分をするのだ。


 だが秀吉は、ソフィアから預かった一五〇〇人の兵のうち、一〇〇人を伯爵の屋敷に残し、次の州を目指してそのまま出立した。


 兵は全員騎兵なので足は速い。その日の夜には、次の州都に着き、秀吉は同じやりかたでふたつ目の州も落とした。


 そのあいだ、最初の州に残した一〇〇人の兵はじつに良い仕事をしていた。まず、伯爵が領民を苦しめる暗君であること、それから王家に逆らった反逆者であることを説明し、その罪で処罰されたことを州都に広めた。


 この州は王の直轄地となり、民の暮らしが楽になる三つの政策は施行されることを一緒に伝えると、民衆はもう王家の味方だ。


 生き残った騎士たちは、主君の仇討ちにうごこうとする動きがあったが、どう考えても正義は秀吉たち王家にある。


 民衆の支持もあり、とてもではないが伯爵の屋敷攻め込み、秀吉が残した一〇〇人の兵と戦う気にはならなかった。


 伯爵の家族は捕縛され、屋敷の地下室に幽閉した。秀吉から、爵位の剥奪とお家取り潰しの決定を聞かされているため、生きた抜けがらのようになっている。

 昨日までは、いや、今朝まで優雅な大貴族暮らしだったのに、いまでは牢屋暮らし。伯爵の家族たちは、茫然自失といった状態だ。


 一方。落とすべき七つの州のうち、ふたつを落とした秀吉は、ひとりで屋敷を出立していた。兵は、全員屋敷に残している。


 電光石火の早業で、ふたつの州を落とした秀吉が、三つ目までこうはいかない。


 おそらく、秀吉の所業は明日には隣の州に伝わる。


 そうなれば、領主は戦闘態勢を整えてしまう。


 もう、平和ボケし、戦闘準備のない屋敷を攻めるようにはいかない。


 だから、秀吉はとある策の仕込みに行ったのだ。


 幸い、秀吉の目は忍びどうよう、夜でも見える。


 天下の名馬太平楽にまたがり、秀吉は手綱を振るう。


 全ては主君、織田信長のために。


「待っていて下さいね信長様。このサルめが、とびきりの天下餅を献上いたします♪」


 秀吉の口元は、恋する乙女のようにゆるんでいた。

   

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