究極の選択!
秀吉は子猫のように、俺の胸板にじゃれてきた。そんな甘いひとときを、ソフィアが切り裂く。
「待って下さい、本当に……三十九貴族を滅ぼすおつもりですか? この国の姫として、それは認められません」
毅然とした態度のソフィア。だが、俺は秀吉を床に立たせると、冷めた表情で、
「俺の政策の効果は説明した通りだ。庶民は安くものが買える。商人と国は儲かる。下級貴族や悪徳商人は征伐できる。いいこと尽くめだ。なのにどうして多くの三十九貴族、この大貴族たちはこの政策を受け入れないかわかるか? 答えは単純だ」
腕を組み、俺は口元を歪める。
「連中は私腹を肥やすために、格差を求めているんだ」
王の代理とはいえ、まだ子供のソフィアは表情を硬くする。
「連中はな、平民が自分たち貴族に逆らえない世界が正しいと思っている。貴族は平民とは別世界の存在であるべきと思っている。だから、みすぼらしい貧乏貴族がでないように、下級貴族には通行税など、不当な徴税で平民の金をまわしている」
平民は、煌びやかな貴族の姿を見て『貴族様は自分たちとは違うなぁ』と畏れる。でも、爵位はあれど金のない貧乏貴族ならどうか。きっと平民は『貴族って言っても大したことないなぁ』とあなどるに違いない。
「一部の貴族があなどられれば、貴族全体があなどられる。そうなれば、一揆も起きやすくなる。それに、俺のにらみでは、一部の大貴族は商業組合と癒着しているな。一部の大商人だけが得する商業組合を認めるかわりに献金をもらっているだろう。商業組合を廃止すれば、その献金も手に入らなくなる。連中にはな、民を守る気なんてないんだよ」
俺が言い切ると、ソフィアの目に薄い恐怖が映った。
「だいいち、この国がコボルト国に圧されているのも三十九貴族のせいだ。この国の国力は決して低くない。三十九貴族と王族が一致団結すれば、コボルト国撃退は難しくないだろう。けどな、資料を見て確信したぜ。貴族達が治める州の軍事経済力と、戦場へ送る兵の数を見れば一目瞭然だ。この国の危機に、どいつもこいつも出し惜しみしてやがる。コボルトたちに国を滅ぼされたくない。だけど自分の軍事力や経済力を削りたくない。体裁を保てる程度に派兵しながら、誰かがなんとかしてくれないかと思うだけ。おおかたそんなところだろう」
恐怖と戦いながら、ソフィアは俺に問う。
「だからと言って、三十九貴族を滅ぼすなんて……彼らはみな、建国に尽力した一族の末裔です。我がレッドハート家が人間国を建国したさい、三九の有力者が大きく貢献しました。初代国王は、彼らの功績に応じて公爵から伯爵までの爵位を与え、領地経営を任せたのです。彼ら三十九貴族は我が国の象徴であり伝統です!」
「その伝統が、この国を衰退させたんだ」
俺の重たい声に、ソフィアは口をつぐんだ。
「そもそも、この大貴族という存在は国家運営のうえで不経済なのだ。もしもこれが土地を『管理する代官』ならばいい。代官は土地管理の役職を与えられた雇われ役人だ。税収から自分の給料をもらいながら、国の命令通りに予算を使う。だが土地を『支配する貴族』は駄目だ。平民から絞り取った税収で私腹を肥やし、残った予算で領地経営をする。ひとつの国に搾取する存在は少なければ少ないほどいい。全ての土地を王の直轄地とし、三十九貴族を三十九人の代官とするのが理想だ」
俺は視線を窓の外に投げ、ややぶっきらぼうに、
「と言っても、本当に全ての大貴族を滅ぼそうとなんて思っちゃいない。俺の政策に従い、領民を愛する八人はそのまま残す。俺も、三十九貴族が全員、俺の六大政策を受け入れれば何もしないつもりだった。だが駄目だ。こいつらはこの国に巣食う寄生虫だ」
ソフィアは息を乱し、動揺しながら一歩前に出る。
「しかし! しかし……国家の象徴たる三十九貴族を…………」
「嫌なら俺は勇者をやめるぜ」
全身を硬直させるソフィアに、俺は歩み寄る。
「俺がこの国を救おうと思ったのはなソフィア、お前に光を見たからだ」
ソフィアの目が、意外そうに大きく開く。
そんなソフィアに、俺は真摯な眼差しで語る。
「俺は召喚された日、お前を見ながら思ったんだ。この小さな女の子は、民を愛し国家のために身を捧げる真の君主なのだと、王者の器なのだと。地球から来た俺は、この国のことなんて知らない、だけど、お前が愛する国なら、救ってやってもいいと思ったんだ」
と、いうのは嘘だ。
そこまで熱い想いはない。
だが、俺とて義侠心がなかったわけじゃない。いまの言葉はほんの脚色だ。誇張表現に過ぎない。嘘だというの嘘だ。そうだ嘘は言っていないのだ、嘘はな。
続けて、俺は重々しい声でソフィアを見下ろした。
「だがだ。もしもお前が民よりも伝統を重視し、三十九貴族の肩を持つならば話は別だ。結局はお前もその程度の器よ。俺とサルが助けてやる義理はない」
空気を読んで、秀吉も全身に覇気をまとい、ソフィアに重圧をかける。
ソフィアの目には、俺らふたりが救国の勇者ではなく、神とも悪魔ともつかないナニカに見えているだろう。
この国が滅びるか否か、自分のひとことでそれが決まると予感して、ソフィアは震えた。




