IQ200のサル知恵
「じゃあまず、状況を確認するぞ」
二人の悲鳴を無視して、俺は机の上に人間国の地図を広げた。
「この通り、人間国は南に海を抱き、おおむね丸い形をしている。東にコボルト国、北にケンタウロス国、西にホブゴブリン国があるな」
言いながら、俺は地図の中央を人差し指で軽く叩く。
「人間国は四〇の地域に分かれているが、国境からもっとも遠い国の中央ど真ん中。この一番広い地域がレッドハート王家の領地であるロマテナだ。そして王を守るように、三十九貴族の領地が周囲をぐるりと何重にも配置されている」
続けて、俺は地図の右側へと人差し指を動かす。
「コボルト国は人間国の東隣の国だ。戦場は国境線で極東の土地、バトラング侯爵家が治めるバトラング州だ。王家の常備兵は八〇〇〇人。その半分にあたる四〇〇〇人をバトラング州に送り、コボルト軍の進行を阻止している。残る兵は四〇〇〇人。それもこのロマテナ州の防衛を考えると、動かせるのはさらに半分、二〇〇〇人がいいところだろう」
師匠から教えを受ける弟子のように、秀吉とソフィアはコクコクと頷いた。
「そして俺の政策に反対した大貴族。俺らが相手にする大貴族は三十九貴族のうち……」
俺は地図上に描かれた四〇の州のうち、半分近くに丸印を書きこんだ。
「っで、実際に攻め落とすのは……」
西端の州にペン先を置く。そこから、中央のロマテナ州を通り、極東のバトラング州手前までのあいだ。この範囲に存在する丸印を全てペンで繋ぎ合わせる。
「西端から極東まで、この国に真一文字を刻むように大貴族を滅ぼし、王の直轄地を広げる。南北にも逆らう貴族はいるが後回しだ。まずはこいつらを先に潰す」
地図を見下ろしながら、秀吉は自身の口元を指でなでた。
「なるほど、南北の人間が行き来するには、必ず王の直轄地を通らねばならないと。これなら人や物資の流れを監視しやすく、国内に信長様の目が届きやすくなりますな」
ソフィアは気づいていないようだが、このとき、秀吉の視線は人間国の西端、巨大な湾に面した州を見つめていた。
「もちろん二〇〇〇の兵で攻め込むわけじゃない。傭兵は雇う。だが、相手もとうぜん傭兵を雇うだろう。その先に待っているのは果てのない内乱だ。コボルト国を撃退する前に人間国が滅んじまう。と、いうわけでだ」
俺は秀吉の肩をつかむと、歯を見せて爽やかな笑顔を向けた。
「考えろ。こいつらを素早くサクサク消耗せずに倒して大貴族共の土地と財産をまるごと手に入れる方法をな」
「どんな無茶ぶりですか!?」
頬を引きつらせる秀吉の頬を、俺は人差し指でぷにぷに突っついた。
「できるよー、できるよー、サルならできるよー。生前、城の燃料費三分の一にしたろ? 大破した城壁三日で直したろ? 墨俣に一夜で城作ったろ? 味方の犠牲なしで城落としたろ? 金ヶ崎のしんがりで朝倉軍を単独で止めただろ? 中国地方をひとりで切り崩しまくったろ?」
俺が、秀吉の業績を口にするたび、ソフィアの目が驚愕に開かれるのがおもしろかった。
「で、ですがぁ……」
渋る秀吉の背後に回り込むと、俺はすばやく技をかけた。秀吉を逆さまに持ちあげて、秀吉のうなじを右肩で支えると、秀吉の足首をつかんでななめ下に引っ張る。
「ほらほらいつものサル知恵出せよぉ。ほらほらほら」
「ちょっ、いまウチお風呂場のアレで、敏感になっているのにこんなっ。みゃっ、にゃっ!」
秀吉は色っぽい表情で頬を紅潮させながら、頭を悩ませた。
「えーっと、えーっとですねぇ、ではこういうのはどうでしょうか?」
「お? どんなだ?」
秀吉は、逆さまになったまま、俺の耳元でとある策を口にした。
俺は、ニタリと笑って秀吉にほおずりした。
「いい策じゃねぇか。流石は俺のサルだ」
「みゃぁ~……❤」
秀吉は、はにかんだ笑顔を両手で隠す。
「……というか、信長様もこの策、気づいてますよね?」
可愛い顔で恨めしそうに見上げる秀吉。俺は歯を見せて笑いながら、
「バレたか?」
「とうぜんじゃないですか。さっきも言ったように、信長様が無策なはずはありません。ウチを試しましたね?」
「まぁな。贅沢三昧の天下人生活で、お前のサル知恵が鈍っていないか試したんだよ。俺の取り越し苦労だったようだがな」
俺は秀吉に技をかけるのをやめて、腕の中に下ろすとお姫様だっこの姿勢になる。
秀吉は子猫のように、俺の胸板にじゃれてきた。




