楽しい石鹸作り
「お待ちください。勇者様の世界のことはわかりましたが……」
「だからと言って……わたくしたち、すべて見られてしまいましたのよ!」
未だに、一部の女たちは恨めしそうな顔で俺を睨んでいる。両手は服越し胸や局部を押さえていた。俺に裸を見られたのが、よほどお気に召さないらしい。
まぁ、俺らの世界に例えれば、風呂場ではない城内で、裸にされたようなものなのかな?
そう考えると、女たちの羞恥がわからないではない。
「そうだサル。風呂といえば、アレ、できているか?」
俺は、おかんむりな女たちの怒りを鎮めようと、ある計画を早めた。
「はいですみゃ。しょうしょうお待ちを」
秀吉はその場から立ち去る。しばらくすると、右手に桶を、左手に鉄鍋を持って姿を現した。
頭上に疑問符を浮かべる女性陣のなかで、ソフィアが最初に口を開いた。
「秀吉様。それはなんでしょうか?」
「こっちの桶には水と灰を混ぜ二日寝かせたものを、こっちの鉄鍋には植物油をいれてあるのにゃ。誰か、このなかに魔術師はいないかにゃ?」
ひとりの女が手をあげた。
「あ、あたし魔術部隊の隊員です」
「じゃあこの油を熱するから火を頼むのにゃ」
「? はい……」
一体何をするんだろう? そんな顔でみんなが取り囲むなか、それははじまった。
女魔術師が、両手の平に大きな炎を生み出す。秀吉はその上に鉄鍋をかざし、植物油を熱っする。
そこへ、桶をかたむけて、灰を混ぜた水のうわずみ水を投入した。
とうぜん、水と油は混ざらないので分離してしまう。
けれど、秀吉がいっしょに持ってきたおたまでかきまぜると、おもしろい現象が起きた。
水が沸騰し、じょじょに量が減ってくる。それにともない、白い固形物が浮かんできたのだ。それに減るのは水だけじゃない。水と油、その両方が減り続け、白い固形物が増え続ける。
誰もが目を丸くするなか、とうとう水と油は完全に消滅。鍋の中には、拳大の白い塊だけが残された。
「ほい♪ 石鹸の完成だみゃ♪」
秀吉が鍋をかかげると、炎を消した女魔術師がまばたきをする。
「この白いの、いい香りがするわ」
その言葉に、周囲の女たちも匂いをかごうとする。
「サル、説明しろ」
「はいにゃ♪ みなのものよく聞けい。これは石鹸といって、体の汚れを綺麗にする効果があるのにゃ。頑固な汚れも石鹸ならイチコロ。それに、これはよい香りがするんだみゃ」
秀吉の誘うような言葉。おかんむりだった一部の女たちが、
「そ、そんな都合のいいものがあるわけないわ」
と反論。しかし秀吉は、ニヤリといやらしい笑みを浮かべる。
「なら見るのにゃ」
秀吉は左手を、鍋底と鍋の裏側にこすりつける。そのせいで、風呂上がりで綺麗になった秀吉の手は、残った油と黒い煤で汚れてしまった。
しかし、秀吉が鍋を床に置き、魔術師に水を出してもらいながら石鹸で手を洗うと……
「嘘!? 油と煤がどんどん落ちていくわ!」
女たちがざわめく。
それに、秀吉が綺麗になった手で、ふわりと空をなげば、石鹸の香りがたちこめる。
ソフィアを含めた女たちは、その香りにうっとりとする。
最後は、俺から説明してやろう。
「石鹸は、戦場の衛生問題解決のための道具だ。戦場では皮膚病や、傷口が腐る破傷風で死ぬ兵士が多い。これは汗や泥、返り血を浴びたままほうっておくからだ。この石鹸を戦場に普及させ、戦闘後は石鹸で体や傷口を洗わせれば死人は減る。しかしながら、香りが良いので日常で使うのもすすめるぞ」
まぁ、戦場のは俺じゃなくて、健康博士の家康がはじめたことなんだけどな。ポルトガルから石鹸が入ってきたとき、俺は嫁たちと一緒に風呂場でしか使わなかった。
でも健康大好き健康博士の家康はすぐに言ったのだ『汚れが落ちる!? なぁ兄貴! じゃあこれ使えば皮膚病や破傷風で死ぬ兵士いなくなるんじゃね!? これ凄くね!?』
そして大量生産して、本当に戦場へ持って行きやがった。
それにしても女たちのこの反応。これはイケるな。
俺の腹のなかで、ニタリと笑う。
「それに石鹸を大量生産して売れば、軍資金も稼げるだろう。言っておくが、いまここで見た製法を商人に教えて報酬をもらおうなんて考えても無駄だぞ? 詳しい材料の種類、作り方を知るのは俺とサルだけだ。城の大浴場には石鹸を常備してやる。だが、製法が商人に漏れるようなことがあった場合は、この場の誰かが漏らしたと判断する。罰として大浴場の石鹸は撤去だ。いいな?」
『はい♪』
上機嫌に返事をして、ソフィアを中心に女たちは石鹸に夢中だった。
おかんむりだった連中も、いまでは石鹸のとりこだった。
メイドたちはソフィアに、この石鹸でいますぐ入浴をしようと進言している。
でも、それが実現することはなかった。
「姫様、勇者様!」
廊下の奥から、数人のメイドたちが駆けてくる。
メイドたちの手には、数枚の書状が握られていた。その慌てた様子と暗い表情から、この書状を届けた使者はよほど怖かったようだ。
だが、俺はメイドたちのようすに腹のなかで哂う。
どうやら、俺がまいた種が芽吹いたらしい。六大改革の残り三つを実現するべく、俺がまいた火種という名の種がな。
「サル、刈り入れのときがきたぞ」
「はい、信長様」
秀吉の顔もまた、黒い笑みを浮かべた。




