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女子に包囲される勇者

 風呂からあがると俺らは、城の若い女たちに包囲されていた。


 場所は大浴場前の休憩所。イスやテーブルがいくつも用意され、大きなガラス張りの窓から外の庭をながめることができる憩いの場だ。ちなみにこの世界は俺の時代よりもガラスの生成技術がすぐれているため、一枚ガラスの窓は珍しくないらしい。


 はて? なんでこんなことになっているんだ?


 女性文官や武官、メイドという名の女中たちのなかから、ソフィアが怒った顔で進み出た。


「信長様、女風呂を襲撃したというのは本当ですか!」


 少しも迫力のない顔で俺を見上げるソフィア。他の若い女達も、恥じらいをふくんだ顔で俺をにらんでいる。


 恥ずかしそうに赤面した女って、どうしてこう可愛いんだろうな。


「聞いているのですか信長様! いくら勇者様といえど、こととしだいによっては許せませんよ!」


 ソフィアの怒声らしき声に、俺は頬をかいた。


「えーっと、女風呂ってなんだ?」


 聞き慣れない単語に、俺は首を傾げる。

 訊かれたソフィアたちは、目が点になった。


「……えっと、ですから、女性専用の大浴場に、男性の信長様が……」

「あん? 女専用? なんで女の専用風呂があるんだよ? 男の専用風呂もあるのか? なんでそんな不経済なことしてんだよ? 大浴場がふたつもある意味あるのか?」


 ソフィアたちは、あっけに取られた顔で固まってしまう。

 それから、ふるえる声で、


「あ、あのう……まさかとは思いますが、信長様の世界では……」

「男も女も一緒に風呂に入るぞ? ていうか分ける意味あるのか?」


 若い女たちが、服越しに胸元と局部に手を当てた。その顔は羞恥に染まり、よからぬ妄想をしているようだ。


 ソフィアも真っ赤な顔を両手で隠しながら、指の隙間から俺を見上げた。


「ななななな、なんてハレンチな国なのですか! だ、男女が湯をともにするなんて!」

「破廉恥? いやいや、普通の部屋ならともかく、風呂場で裸を見せ合ったって何も感じないだろ? 風呂場なんて裸で当然の場所なんだから」


 ソフィアは絶句。その背後で、若い女の家臣達が囁き合う。


「そういえば信長様の下半身……無反応だったわね」

「それに秀吉様も普通にされていたわ」

「あのふたり、一緒にはいってきたし」


 その時、女性文官のひとりが、


「聞いたことがあります。我が国も、古代ロマテナ時代は男女混浴だったとッ」


 みんなの注目を集めながら、女性文官はやや興奮しつつ、


「栄華を極めたかの時代では、大浴場において男女や身分の垣根はなく、すべての人々が平等に身を清め、交流し、笑顔を交わし合っていたそうです。しかし、のちに裸の男女が同じ空間にいることは風紀の乱れに繋がると混浴は廃止され、男湯と女湯に分けられました。もしや勇者様たちの世界は、失われたユートピアをそのままに残しているのでは!?」


 若い女たちの視線が、一斉に俺らへ向いた。


「ユートピア? それは知らないが、そうだな。俺らの国には『裸の付き合い』っていう言葉がある。風呂に入るとき、人は粗末な服も高価な服も脱いで裸になる。裸になれば人はみな同じ。身分を気にせず、性別も気にせず、すべての人間が平等に対等に交流する社交の場。それが大衆浴場だ」


 ソフィアは言葉を失う。若い女たちは、恥じいるように恐縮した。


「や、やはり勇者様は我々とは別次元のかたなのですね」

「なんだか、裸=ハレンチとしか考えられない私たち自身がハレンチな気が……」

「汚れなきガイアから降臨された勇者様に……私たちはなんて下世話なの……」


 そしてソフィアは申し訳なさそうに、


「の、信長様、このたびは誠にもうしわけ……?」


 頭を下げようとして、ソフィアの視線は秀吉に止まった。


「あの、秀吉様? さきほどから一言も話されませんが、どうかされましたか?」


 秀吉は、口から先に生まれたと言ってもいいほどよく舌の回る女だ。なのに、俺の隣でずっとおとなしい。秀吉はわずかに頬を染め、ぽーっとした顔で、


「あ、いえ……ちょっと……」


 視線を背ける秀吉は、指先で俺の着物の裾をきゅっとつまんだ。

その様子に、一部の女たちが目を光らせる。


「秀吉様。なんだか妙に肌がつやつやしていませんか?」

「まさか風呂場では何も感じないなどと言いながら信長様と!」


 秀吉はもじもじしながら、こくんと頷き、


「くちづけ……されちゃった……」


 大半の女たちが、まとめて和んだ。


 彼女たちの背後には『秀吉様かわいい』という心の声が浮かんで見えるようだ。


 女たちは、ふたたびささやきあった。


「勇者様というから、ちょっと気後れしていましたが」

「意外と、普通の乙女なのですね」

「秀吉様。今夜は私たちの部屋に来ませんか? もっと秀吉様とお話がしたいです」

「我々と夜のティータイムをぜひ」


 多くの女性たちに囲まれる秀吉。本人も嬉しそうだ。


 だが俺は確信した。あの女たち、今夜、全員秀吉に食われるな。もちろん性的な意味で。


 秀吉は男女両刀……ではなく、例外的に俺を好いているだけで、基本は女色だ。


 超絶美形男子を見かけると『なぁなぁお前に姉か妹がいたら紹介してくれにゃいか?』とか言いだすやつだ。それも激しく興奮しながら。


 そのとき、一部の女たちが騒ぐ。


「お待ちください。勇者様の世界のことはわかりましたが……」

「だからと言って……わたくしたち、すべて見られてしまいましたのよ!」

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