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戦国最強カップル

「ああ。もうソフィアたちには女だってバレているしな。このまま女勇者としてやっていくのがいいだろう」

「じゃ、じゃあ……」


 秀吉は一度うつむいてから、また俺のことをうわめづかいに視線を送ってくる。かと思えば、俺の正面にきて、怯えた表情になる。


 俺の顔色をうかがいながら、必死に勇気を出そうとしているのがわかる。


 そのいじらしい姿が、ますます可愛い。


 じりじりと距離をつめてから、秀吉はそっと、俺によりそうように正面からだきついてくる。涙を浮かべた目で俺を見上げながら、


「期待しても……いいですか?」


 一世一代の告白だったろう。その生涯をかけて俺に尽くし、俺の死後までも俺のために人生を捧げた人間が、第二の生という例外を得て口にした言葉だ。


 きっとその言葉に嘘偽りはなく、世界で一番純粋な想いだったろう。


 だからこそ俺はこの、俺の可愛い子猿を幸せにするために言わねばならない。


「お前は生前から変わらないな。でもそれは俺も同じだ。俺も生前と変わらねぇ……」


 家臣としてしか接してくれなかった生前を思い出したのだろう。秀吉の目から涙がこぼれそうになる。そして俺は、


「俺の本妻は吉乃だけだ。俺は政略結婚や後継ぎの関係で、正室も側室も持った。多くの女を抱いたし子供も作った。妻となった全ての女を愛した。それでも一番に愛する本命妻は吉乃だけだ。お前の幸せが俺の一番になることなら、俺にその力はない」


 秀吉の顔色が変わる。

 幸せそうに笑い、目を閉じて涙がこぼれた。


「もとより、側室どころか愛人ねらいでした。貴方の愛の巣の末席を汚せればと」

「……よくやった。大義であった。褒めてつかわす。誰よりも手柄をあげたお前には多くの賛辞を送ったが、これはまだ言っていなかったな」

「?」

「お前かわいいな」

「みゃっ!?」


 秀吉は頭から湯気を噴き出し、サッと俺の胸板で表情を隠す。

 俺に表情を見られまいとしながら、秀吉は俺を離すまいと両腕に力をこめてくる。


「信長様……もう、どこにも行かないでくださいね……」


 秀吉の言葉の意味が、すぐにはわからず俺は反応が遅れる。先に秀吉が続けて、


「ウチ、いまでも毎晩、不安なんですよ」


 俺の胸板に顔をおしつけ、秀吉は泣きそうな声で語る。


「これはぜんぶ夢で、寝て、朝起きたら伏見城の天井が見えるんじゃないかって……」


 秀吉の力ない声には、恐怖がにじみだしている。

 秀吉は俺の胸板から顔をあげて、


「ウチ、ほんとうのほんとうに寂しかったんですよ……信長様がお亡くなりになって……夢を引き継ごうと天下を統一しても、ウチの頭をなでてくれる手はなくて、どれだけ贅の限りを尽くしても空しいだけで……もう嫌です。もう離れたくないです……」


 サルのくせに、捨て猫みたいな顔で俺に甘える秀吉。その姿は、反則的に可愛かった。続けて秀吉は、やや俺から視線を逸らす。


「信長様……召喚されてからのこの三週間。ずっと怖くて訊けなかったことがあるんですが……いいですか?」

「なんだ?」


 小柄な秀吉は、お湯のなかで俺の下半身にまたがった。目線の高さを俺と同じにすると、秀吉は表情を俺に見られまいと、俺の肩口に顔をうずめる。そして、俺の耳もとで、


「ウチのこと……恨んでいませんか?」


 秀吉はためらいがちに、不器用な言葉をつむいだ。


「ウチが、信長様に毛利輝元を討ち取ってもらおうと備中に招いて、信長様はウチのいる備中へ向かう途中、本能寺で光秀に……ウチが余計なことをしなければ……ウチがいなければ信長様は死なずに済みました……」


 心臓がつぶれそうな声をしぼりだして、


「の、のぶながさまは……ウチがころしたようなものですッ!」


 俺の肩に熱いしずくが落ちた。俺の胸板には、秀吉のけなげな胸が押し当てられているから、自責の念で乱れる秀吉の鼓動が、俺の心臓に伝わる。


 近づくだけで砕けてしまいそうなほどに儚げな少女は、力いっぱい俺にしがみつきながら泣きはじめる。ごめんなさい、と子供のように、武将らしくない口調で何度も泣いた。


 だから俺は、小さなこどもを扱うように優しく抱きしめ、頭に手をそえた。


「だいじょうぶ。だいじょうぶだ。俺は死んでいない。俺はここにいる。俺もお前も、ここにこうして生きているんだ。お前は俺を、殺してなんかいないぞ」

「でも――」


 俺から顔を離し、秀吉は俺と視線を交えると言葉を奪われた。俺が、そのちいさな唇に接吻をしたからだ。


 やわらかい口内を舌で探ると、緊張した口の中がじょじょに弛緩し、同時に熱を帯びてくるのがわかる。俺を抱きしめる手足が脱力していく。俺のまつ毛を映す大きな瞳はトロけて、俺にされるがままだった。


 俺が口を離すと、秀吉は夢心地といった表情だ。うしろに倒れそうになり、俺が腕で支えてやる。体に力の入らない秀吉は、俺に体重を預けたまま、つぶやいた。


「……お、男の人と……はじめてくちづけ、しちゃ……った……あたまとおなかの奥……熱い❤」


 熱い湯に何時間はいったとしても、ここまでのぼせないだろう。そう思えるくらい、いまの秀吉はトロけて、ぐったりとしている。


 年齢と男性未経験歴が同義の秀吉には、まだ刺激がつよすぎたらしい。


 じょじょに免疫をつけて、慣れさせる必要があるな。


 そう判断しながら、俺は秀吉の小さな体と体温を共有した。


 熱いお湯のなかでも、秀吉の体温だけはしっかりと感じとれた。


 風呂場で女の裸を見ても興奮はしないが、好きな女と一緒にはいるのはいいものだなぁ。


 このアガルタ世界で、幸せをひとつ手に入れた俺だった。

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