勇者集結
信長と秀吉の思惑は当たっていた。
この時、実は一部の商人は思っていた。
――他の町に楽市楽座を施行すれば、確かに組合は意味をなくすだろう。しかし本当にそんなことが可能なのか? それに市民が、わざわざ買い物のたびに駅馬車に乗って隣町まで行くのか? 騙されるな私。我が商会のモットーは『手堅く堅実に』だ。冒険するよりも、組合の利権を確実にキープしておいたほうがいい。だが……
周囲を確認しても、楽市楽座反対に手を挙げる者はいない。商人はいらだつ。
――誰か手を挙げろよ! マズイ。秀吉の言っていることは、筋は通っている。ここで手を挙げ組合に固執すれば、私は経営手腕がないと宣伝するようなもの。しかも手を挙げるのが私一人なら、楽市楽座は通ってしまう。どうせダメならば、新政策賛成派、という立場でいたほうがいい。くそっ。
全ては人心掌握の匠、秀吉の手の上だった。
◆
秀吉は笑顔で手を叩く。
「よっし♪ ではこれで楽市楽座は可決だな。念書はこちらで用意済みだ。みなのもの、署名を頼むぞ」
秀吉はふところから、一枚の用紙を取り出した。
すかさず周囲の衛兵が移動式の机を運んでくる。インクと万年筆の用意も忘れない。
心からの賛成派がつぎつぎ机の前に並び、どんどん念書に署名をしていく。
本当は反対派だった連中も覚悟を決めて、署名をした。
人間は追いつめられると、自分にとって都合のいい解釈が頭をめぐる。
例えば、さっきまでは『確実に組合の利権を持っていた方がいい』と思っていたのに『組合に固執して、本当に組合が機能しなくなったら大変だ。なら、この波に乗ったほうが賢い選択だ』と考える。
そうして最後の一人が署名を終えると、王都商業組合の中でも中核を担う老人商人が秀吉に声をかける。
「秀吉殿。七〇年も生きてきてはじめてでしたぞ。これほどの大取引は」
その表情と声から、その老人が秀吉に尊敬の念を抱いているのがわかる。
対する秀吉も、敬意を感じさせる声で応対する。
「それは光栄。では皆様、今後ともよき商いを」
秀吉は歯を見せて、快活に笑った。
これで俺の六大改革のうちの三つ。
①交通網の整備――街道を整地し、道幅を三倍にする。関所を撤廃。
②一部の税の撤廃――通行税。住民税。固定資産税の廃止。
③商業の自由化――商業組合の廃止、楽市楽座の施行。
が完了したことになる。
残るは、
④単位の統一。
⑤貨幣制度の整備。
⑥金になる街を直轄地にする。
の三つだ。これらの詳しい説明は、まだソフィアにもしていない。
この三つを完了させるには、でかいでかいとある作戦を行う必要がある。
作戦の火種はまいた。
あとは、いつ釣れるか。
戦場に西向きの風が吹き、コボルト軍が戦象を使えるようになるまであと一ヶ月と三週間。さて、どこまでやれるかな……
次なる作戦遂行を想像して、俺は胸を躍らせた。
やはりやめられん。国盗りはやめられんよなぁ。
◆
その頃、コボルト国のとある城には四人の勇者が集結していた。
コボルト国の西方。人間国との国境にほど近い場所に、その城はあった。
謁見の間には、絶え間なく鋭い金属音が響いている。剣と剣が衝突する音に近いが、少し違う。これは槍など、長モノどうしが食らい合う音だ。
玉座に座るのは、コボルト国のキングの勇者、チャンドラグプタ二世だ。
生前、インドを事実上統一した太陽王は、玉座の高みより刃の冴えを見下ろしていた。その美貌には、薄い笑みをたたえている。
謁見の間には壁一列に、半人半狼の種族、コボルトの衛兵が立ち並んでいる。得物は槍が半分、剣が半分といったところだ。
しかし、この金属音を鳴らす者も、チャンドラグプタが笑みを向ける相手も、決してコボルトではない。
コボルトは、狼並の動体視力と運動神経、瞬発力を持つ。けれど、コボルトの衛兵たちは、謁見の間で繰り広げられる神秘に、ただひたすら圧倒されるばかりだった。
毎秒十合以上も打ち合うのは、二人の人間だった。
互いに人類の限界点を越え、周囲のコボルトたちとは違う時間のなかで殺し合う。
一人は小柄な少女だった。体躯に合わない長槍を雷のように鋭く、風のようにしなやかに操る。彼女の長槍は柄の部分がまるごと朱色に染められていた。朱槍。戦国日本において、武勇第一の猛将だけが持つことを許される誉れの槍だ。
少女の槍は神速必中。その神がかった槍さばきを相手に譲らないのは、彼女とは対照的な美女だった。
デカイ。
身長は、ゆうに二メートルを越えている。そしてなによりも、乳房と臀部がデカかった。
彼女の身長を考慮してもなお不釣り合いなほど発育した乳房は乳牛を、臀部はスイカを彷彿させる。規格外の乳房と臀部は、彼女の動きに合わせてダイナミックに躍動する。
それでも、男たちの視線が彼女の乳房と臀部に釘づけられることはない。
彼女の鍛えこまれた筋肉でひき締まった長い腕は、長大な戟に十分な膂力を乗せて空間をえぐりとる。
少女とは逆に、体躯に合いすぎる大戟で戦う美女の攻撃はまさに嵐。
雨あられと少女に浴びせる斬撃は見せかけではない。そのひとつひとつが、馬を獣用鎧ごと両断しうる威力を持っている。
見る者は、少女がいまだに五体満足なのが不思議でしょうがない。もっとも、それはつまり、少女の腕前が並外れているからに他ならない。
リーチも、ウエイトも、パワーも、美女が勝っている。スピードですら、せいぜい互角か優勢勝ちていど。それでも、少女は技術一本で全てのハンディをくつがえしていた。
少女は、その手に槍を扱わせれば右に出る者はいないテクニシャンだった。
美女がパワーとスピードで攻めるバイオレントファイターイターなのに対して、少女はテクニックとスピードで攻めるソリッドファイターだった。
「はっあぁあああああああああああああああッッッッッ‼‼」
コボルト兵たちは息を吞む。美女の過激な斬撃と威圧感に圧し潰されて確信した。勝てない、と。この美女が相手では、たとえ戦象に乗っていても戦いたくはない。戦象ごとミンチにされる自分を想像して、コボルト兵達は表情を硬くする。
その一方で、コボルト兵達は少女の戦いぶりに、額から冷や汗をたらす。
美女も凄いが、美女が放つ必殺の豪撃を全てさばききり、しっかり攻めにまで手をまわす少女は何者だろうか。
どれほどの研鑽を積めば、ヒトはあそこまで神がかった動きができるのか。
コボルトたちには見当もつかない。
次の瞬間、勝負は決着した。
少女の穂先が、美女の喉元に触れている。
少女は美女の斬撃を巧みにかわし、カウンターの突きを寸止めしたのだ。
「そこまでだ。互いに矛を収めよ」
チャンドラグプタは手をかざすことで二人の戦い制し、満足そうに目を細めた。




