楽市楽座
俺、ソフィア、秀吉の順に入室すると、呼び出した連中はもう到着しているようだった。
謁見の間ほど豪奢ではないが、より広い作りになっているお目見えの間。そこには、あらかじめ俺が呼び出しておいた商人達が集まっている。
何十人もいる男達は、いずれも高価な装いをしている。彼らはみな、王都や四つの主要都市を拠点とする大商人達だ。五大商業組合は、彼らが支配している。
商業組合とは、名前の通り、商人たちの組合だ。
王都で商売をするには、王都商業組合に入らねばならない。
そして、組合の決まりを守らなければいけない。当然、その決まりとは大商人達に都合のいい決まりだ。
特定の商品を自分達だけの独占販売にしたりしている。
そのため、行商人がお金を貯めて街商人になったり、新顔の商人が出世する弊害となっている。
商業組合は、大商人たちが自身の独占利益を確保するための要だ。
商人達は俺らの姿を目にすると、すぐに挨拶をしようとする。俺はそれを手で制した。
「堅苦しい挨拶はいい。本題に入ろう」
お目見えの間に貴賓席は三つ。
いずれも、床よりも高い位置に作られている。
中央の玉座にソフィアが座り、俺はその右隣に、秀吉は左隣に座る。
ソフィアは可能なかぎり、余裕の演技をして何も話さない。代わりに俺が口を開く。
「よく来てくれたな、俺がキングの勇者、織田建勲信長だ。生前は戦乱の世を束ね天下を治めた統一皇帝だった。この国を救うべく、ガイア世界より降臨した。そしてこっちが」
俺が目配せをすると、秀吉は威厳のある面持ちで、貴賓席から商人たちを見下ろす。
「ウチは信長様の手で、クイーンの駒を使い召喚された勇者、法王皇帝豊臣秀吉という」
秀吉のことを、俺が補足する。
「秀吉は百姓の出身だが、その溢れる才知で百姓から商人に、武士に、貴族に、王に、そして俺から皇帝の座を継ぎ、己が才覚のみで法王皇帝となった叩き上げだ。俺の右腕だと思ってくれ」
秀吉は目を閉じ、『もったいなきお言葉』と口にして感極まる。
「きょうはお前らに商談があってきてもらった。その前に訊くが、新しい街道はどうだ?」
俺の問いに、商人達は上機嫌に笑う。
「それはもう、感動の極みでございます」
「今までは王都へ行こうにも関所が多く、通行税がかさみ困っておりました」
「通行税がなくなっただけでも助かっているのに、街道が整地され、広くなったことで日に日に馬車にスピードが出るようになりました」
「我が都市の商品を王都にも流通させることができるようになり、助かっております」
税を撤廃して一週間。街道の整備も秀吉の力で日に日に進み、すでに大きな成果をあげているようだ。
重畳重畳。俺のおかげで商いがうまくいき、こいつらは上機嫌だ。俺への好感度もあがっている。あとは……
「それはよいことだ。下級貴族たちの横暴は目にあまるものがあったからな。それでな、次は住民税を撤廃しようと思う」
商人達は、豆鉄砲をくらったハトのような顔になる。
「お待ちください。住民税は国の収入源。そのようなことをしてよいのですか?」
「構わん。国に収める税が減れば、平民の暮らしは楽になる。浮いた金でお前ら商人からものを買う。そうすればお前らは儲かり、俺らに収める売上税も増える。結局は変わらん。平民の金がお前ら経由で国に入るだけだ。だが、お前らを経由することが大事なのだ」
俺の説明に、商人達はハタとする。
ここにいる連中達は、いずれも大都市の経済を牛耳る大商人たちだ。
頭の回転力は並じゃない。
経済をまわし、景気をよくする仕組みは貴族より詳しい。
商人の一人が、すこしわざとらしい振る舞いで、
「いやはや。勇者様の采配には感服いたします。恥ずかしながら、勇者様と聞いて絵物語のような騎士を想像しておりました。それがまさか、ここまで経済に明るい方だったとは」
「税を重くすれば貴族王族は笑っても民が泣く。だが国民を儲けさせれば、税を重くすることなく所得税と売上税の税収が増える。万民すべてが幸せになる」
商人達は、大きくうなずいた。
「はい、その通りです」
よし、わずかだが心の警備が弛んだな。
「それでな、お前らがある願いを聞いてくれれば、固定資産税を廃止しようと思うのだ」
『ッ!?』
海千山千であろう大商人たちが目を剥き、その場で固まった。その後、連中が息を飲んだのを、俺は見逃さない。
大商人は多くの財産を持っている。多くの土地を、多くの店舗を。それらの資産価値に応じてまいとし払うのが固定資産税だ。これは資産家である大商人たちにとって、目の上のタンコブだろう。
それをなくしてやろう、と言われれば、商人たちが驚くのも無理はない。ただし、俺の隣でソフィアも表情を崩しそうになっている。
俺の計画は、ソフィアにはあらかじめ説明済みだ。それでも、資産家からの固定資産税は国の大事な収入源。俺の計画、経済政策が失敗すれば、王家は大損害をこうむる。コボルト国との戦どころではなくない。
商人達が度肝を抜かれたのは最初だけ。連中は、すぐに平静をとりもどす。
商人の一人が、
「それは助かりますが、なればこそ、勇者様も我らに相応の見返りを期待するのですね?」
また、別の商人が、
「固定資産税を免除して頂けるなら、コボルト国との戦争に必要な物資の援助は致します」
「この国が滅べば困るのは我々も同じ。武器、食糧、荷馬車の提供なら……」
商人たちは、俺へ探りをいれるような声音だった。
俺は鼻から息を抜いて、視線を秀吉へ投げる。
「秀吉、説明をしろ」
「はは」
秀吉は貴賓席から立ち上がると、商人たちの前に進み出る。笑顔で、
「全商業組合、今すぐ廃止で」
秀吉のひとことが、大商人たちの度肝をブチ抜いた。
誰もが絶句した。ソフィアでさえ『本当に言っちゃった』という顔をしている。
おいおい、余裕の表情で威厳を保たないとダメじゃないか。
我に返った商人のひとりが、何かを言おうとする。
その直前、その絶妙な隙に秀吉はすべりこむ。口から先に生まれたような少女、秀吉は饒舌に語る。




