織田信長 勇者適正:キング
人生五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり
一たび生をうけ 滅せぬもののあるべきか
生きる全ての者はいずれ死ぬ。人の一生は儚く短い。その中で望みを叶えようと思えば、普通のやりかたでは不可能だ。
星の綺麗な夜だった。
燃え盛る本能寺の座敷で、死に体の俺は、さらに奥の座敷を目指した。
焼けた空気が、俺の肺腑を焦がす。
炎に包まれた本能寺は、その身を崩し始めている。
轟々と燃える炎の声に混じって、柱や天井の悲鳴が聞こえる。
遠くから『信長はどこだ』と俺を探す連中の声がした。
赤い世界を、鉛のように重たい足で踏みしめる。
燃える壁やふすまが、俺の視界を埋め尽くす。
焼けた空気が俺の喉を嗄らし、肌を炙る。
焦げつくような匂いが鼻腔を侵し、消耗した体に追い打ちをかける。
流れる汗が、あごからしたたり落ちると、俺は最後のふすまに手を伸ばした。炎ごとふすまに手をかけると、俺は苦悶に顔を歪めながらもなんとか開けられた。
最奥の座敷であるこの部屋には、火縄銃用の黒色火薬を大量に保管している。
畳の上に積み上げられた木箱の中は、全て火薬壺だ。
最後の力を振り絞り、俺は座敷の奥まで足を運ぶ。火薬に背中で体重を預けてから、俺は崩れ落ちた。寝衣の袖から、炎よりも鮮やかな赤が流れ落ちる。
痛みはない。ただ、矢傷や刀傷が、火鉢を押し当てられたように熱く濡れている。
「あー……やっぱ一三〇〇〇人も相手にするのは無理だったかぁ……」
主君たる俺を殺そうと、謀反を起こした明智軍の数は一三〇〇〇人。
俺は銃の弾が尽き、弓の弦が切れ、槍をへし折られるまで戦ったが、これが限界だった。
何人殺したかなんて覚えちゃいないが、一割も殺せていないだろう。
さすがは手だれの明智軍だと褒めてやりたい。
そして、その明智軍大将、明智光秀。あいつの計画した謀反なら隙はない。
退路は既に封鎖済み。追撃準備も万端。ねずみ一匹逃げる余裕もないに違いない。
迫る炎が俺の足を食べはじめても、俺の頭は驚くほど冷静だった。
かすむ視界を天井に向けて、俺はいつものように詠う。
「じんせいごじゅうねん……げてんのうちをくらぶれば……ゆめ、まぼろしのごとくなり」
天下を統一したかった。一〇〇年続く戦国乱世を終わらせたかった。
小国尾張を統一することからはじめて、大国をいくつも攻略して、京を手にして、天下統一への道が完成して、後は歩くだけだった。
だが二〇もの国を支配下に置き、日の本最大の国を作り上げても、最後はこんなものだ。
「人生五〇年。俺の五〇年は夢で幻か……」
炎よりも熱い涙がほおをつたう。
死ぬのが怖いわけじゃない。まして、天下統一が夢におわったのが悔しいわけでもない。
俺が最後に思い出すのは、たった一人の笑顔だ。
「なぁ吉乃……俺は、どれだけの争いを減らせたんだ? この乱世が終わるのを、どれだけ早められたんだ? それとも俺が死んだら、また乱世に戻るのか?」
記憶の中で笑う彼女は何も言わず、笑顔も崩さなかった。誰よりも笑顔が綺麗だった彼女は、最期の時まで笑っていたから……
誰よりも彼女を愛した。誰よりも彼女に笑って欲しかった。
そんな彼女が悲しそうに口にした。
――いつになったら、人が人を殺さなくてもよくなるんだろうね。
だから言った。
――俺が乱世を終わらせるから、俺と結婚してください。
笑顔で頷いてくれた吉乃。彼女の為に、天下を統一しようとした。
今になって思えば、あの時以上に緊張したことも、勇気が必要だったこともない。
この戦国の魔王信長を、人生でもっとも追い詰めたのは、まちがいなく彼女だろう。
本当に、途方もない女だ。
俺は口の端をゆるめた。炎に足を食われたまま、思わず笑みがこぼれた。
俺の足を食べ続ける炎は、とうとう火薬壺で満たされた木箱にまで舌を伸ばす。
一人の武士として、謀反人に殺される気なんて寸毫もありはしない。
叶うなら切腹をしたいが、今の俺には腹を斬るだけの力も残されていない。
でも、この量の火薬なら、その爆発は俺の体を命もろとも灰塵に帰してくれるだろう。
そうすれば、吉乃のいるあの世に行ける。
いや、吉乃は極楽浄土行きでも俺は地獄行きだろう。ずいぶんと人を殺してきたからな。
「なら……閻魔相手に国盗りをして、地獄を統一してから吉乃に会いに行くか」
俺が自嘲気味に笑うのと、俺の意識が消し飛ぶのは同時だった。
西暦一五八二年――織田前右府信長――崩御
適性勇者タイプ:キング
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