猫同盟
深夜0時、俺は明後日には仕上げないといけないゼミの課題に取り組んでいて、ちょうど気晴らしがしたいなと思っていた矢先だった。
「変な時間に悪いんだけど、ちょっと会わない?」
そうメールをよこしてきたのは、同じゼミの川田雪斗だった。
彼はバイトやら飲み会やらで単位を落とすことがしばしばあり、教授からは目をつけられていて、女からは「川田には気をつけろ」と言われているような学生である。
そんな彼からメールが来た。
アドレスを交換したのは一昨日の事で、よく覚えている。
「みー助、って呼んでもいい?」
そう言われた。
俺の名前が 田畑 光明。"みつあき”で"みー助”。
安直だし可愛すぎるから丁寧に断ったら、「おもんな」と言われて冷や汗が出た。
シめられる。
大学生が行う"シめる”は一気飲みやら全裸やら吊し上げやら、中・高の頃とはまるでレベルが違うことが起きるのだろう(俺はシめられた経験がないので想像だ)。
そんな事が脳裏を過り、「ごめん」と言った俺の顔は、相当怯えていたと思う。
すると、彼は目をまん丸く見開き、キャキャキャッと甲高い声で笑うとメールアドレスを交換しようと言ってきた。
「みつあきくん、仲良くしようね」
そういった彼の眼は糸のように細くなって、その奥に見える瞳は漆黒の闇だった。
このメールが来た時も「終わった」と思った。
寝ていた振りをして、朝になったら返信をしようと思ったのだけど、フツフツと沸き上がる好奇心と、見てしまったメールを放っておけなくて、返信をした。
「いいよ」
シめられるのか殺されるのか。
彼のみなら良いけど、リンチされたらどうしよう。
様々な不安が過ったが、そんな事より次は何が起きるのかというワクワクには抗えなかった。
「大学の隣にあるコンビニに来て」
川田からの返信。
「了解」
そう送ると、課題の保存を行ってからダウンジャケットと鞄を持って一人暮らしのアパートを出た。
深夜といえど、道路には車も人も猫もいて、意外と賑やかだった。
そういえば、こんな時間に外に出たのは初めてかもしれない。
「よっ」
寒空の下、SEKAI NO OWARIのボーカルが着ていたみたいなモッズコートを身にまとい、一昨日見た時はオレンジ色だった髪色が金に染まった川田は、煙草を咥えてまっていた。
「お待たせ」
頬とタバコを持つ白い手が紅く染まっていて、長い間ここにいたのだろうと推測して言った。
「行こーぜ」
彼は外に立っている灰皿にマカロニくらいに短くなった煙草を押し付けると、手をコートのポケットに突っ込んで歩き始めた。
背が低くて細い身体にモッズコートは全く似合っていないのに、それが全て正解であるかのように歩く彼の背中は凛としていて、180cmある俺の方が小さくなりながら後ろをついて行った。
彼の白のような金髪が目に痛かった。
「いらっしゃいませー」
「2人」
廃屋とか工場の倉庫とかに連れて行かれたらどうしようと思っていたけど、着いたのはファミレスだった。
友人とご飯を食べる時、安くて長くいても嫌な顔されないここのファミレスをよく使う。
しかし、そんな馴染みな所に全く馴染みではない川田といるのは、とても居心地の悪いもので、俺は初めて来たみたいにキョロキョロした。
「ごゆっくり」
よく見る年配の店員がメニューを置いた席に、向かい合わせになって座る。
「なんか食う?」
まだキョロキョロしていた俺に、川田はメニューを差し出した。
「いや、うん、いや」
「どっちだよ」
吃る俺を、川田はニヤニヤと見ていた。
俺が食べられるのではないかと怯えながらメニューを眺めたが、やっぱりお腹が空いていなくて困った。
「決まった?」
「あ、ドリンクバー……」
「すいやせーん!」
ピンポンがあるのに、川田は手を挙げて店員を呼ぶ。
「えーと、フライドポテトとチョコパフェといちごパフェとドリンクバー2つ」
「かしこまりました」
店員が去って一息ついた川田はドリンクバーを取りに行く。
コートを脱いだ川田は自分の体よりひとまわりもふたまわり大きい黒いニットと彼の足にぴったりと合ったスキニーのズボンを履いていて、遠目で見ると女みたいだった。
「みつあきくんも取りに来なよー」
ドリンクバーのボタンを押しながら川田が叫ぶ。
数人いる客とレジで欠伸をしていた店員の目線がこちらに注がれる。静かにしてくれ、と思いながらも立ち上がって飲み物を取りに行く。
「背、高いね」
コップにストローを刺して飲み始める川田の横でコーラを注ぐ。
「180あるからね」
「いーなー」と言いながらも、思っているのか思っていないのか、目線は虚空にあった。
変な男だ。
そう思った。
「猫をさ、さっき拾ったんだわ」
何の脈略もなく川田が言う。
「猫?」
俺もコーラに赤のストローを刺す。
「そう、猫。捨て猫。黒いんだわ」
飲み終えたコップに同じやつをもう一度注いだ川田は、席に向かって歩きだす。
「みつあきくんさ、猫、好きでしょ」
「え?」
席に着いた時、そう聞かれた。
席にはもうフライドポテトが置かれていて、川田がポテト1本を口に入れる。
猫が好き?
誰から聞いたんだろう。
「いや、別に普通だよ?」
「うっそだぁ」
キャキャキャッと笑う。
その笑い方、耳に残るからやめて欲しい。
そして別に嘘をついてはいない。
俺が困った顔をしているのに気がついたのか、川田は携帯を取りだした。
「ほらここ。mitu.222って」
俺のメールアドレスを呼び指す。
「222のところ?」
「うん」
そういうことか。
誰かに聞いたのではなく、222の数字は猫が好きだから付けたと思ったのか。
安直だな。
そう思うと笑ってしまった。
「おい、何笑ってんだよ」
川田の漆黒の瞳が細くなる。
「あ、ごめん……」
その目で見られると、俺は縮こまってしまう。
弁明しなくては。
「222は、俺の誕生日。2月22日が誕生日なんだ」
それを聞いた川田は数秒止まって考えると、意味が分かったのか目を丸くして椅子に反り返った。
「えー!なんだよそれ!」
「ごめん……」
「いやぁオレてっきり猫が好きなんだと思って……なんだよぉ、ちげぇのかよぉ」
自分が大変おかしな間違いをしたことに彼は、大口を開けて笑った。
「あーおかしい」と涙を流して笑う彼は一息ついてポテトを口に入れ、ジュースで流し込む。
「そっかぁ違うのか……」
困ったな、そう言いたげな顔をしている。
その間に俺もポテトを口にいれた。
塩加減が丁度良くて、コーラの炭酸とよく合っている。
「お待たせ致しましたぁ」
初めて見る若い店員がパフェを2つ、お盆の上に置いて立っている。
「チョコがオレ。こっちがいちご」
「え?」
頼んでいない。
川田が2つ共食べるんだと思っていた
「いや、え、あ」
「ごゆっくりどうぞ~」
店員が去る。
待ってくれ。
「呼び出しちゃったから、そのお礼」
川田はパフェのクリームにポテトをつけながら食べる。
「え、あ、う」
お礼を言った方がいいのか、迷っていると、真剣な顔をして言った。
「猫の飼い方をさ、聞こうと思ったんだよ」
「え」
拾った猫を育てたいらしい。
「猫好きなら知ってんじゃないかと思ってさ。オレの友達、みんな動物嫌いだから知らねぇの。だからみつあきくんなら教えてくれるかなって思って」
その為に呼び出したのか。納得したが疑問が生じる。
「今は?猫、どうしてるの?」
「オレの家にいる」
「病院とか」
「病院?元気だよ?」
川田はパフェとポテトを交互に喰らいながら、時折ジュースで流し込んだ。
もしかして、急いで食べているのでないだろうか。
「猫、小さいの?」
「こんなん。ねぇ早く食べなよ」
彼は握りこぶしを作ってみせた。
「子猫?」
「うん。ちっちぇーの。食べねぇの?」
「今から……」
今から川田の家に行くよ。
そう言おうと思ったが、止めた。
行ってどうする。
俺は猫の飼い方なんて知らないし、相手はあの危険人物川田だ。
ん?
危険人物?
確かに見た目はおかしいし言うことも変だし、よく大学生になれたな、とは思う。
だけど、パフェを奢ってくれた。
猫を拾い、責任をもって育てようとしている。
本当に気をつけないといけない奴なんだろうか。
「今からさ、家に行っていい?」
自分の中で答えが出る前に口に出していた。
「え、なんで?」
「猫が心配」
「みつあきくん猫嫌いなんだろ?」
「嫌いではない。育てたことはないけど、俺の知り合いは猫好き多いし、ネットとか図書館とかに本があるから、調べたら分かると思う」
そう言い終え、俺はいちごのパフェにかぶりつく。
うん、美味しい。
「え、いいの?助かる!すげぇな、優しいな!みつあきくん!」
ぽかんと口を開けていた川田は、俺の言葉を理解したのか飛び上り、スプーンを持っていた俺の手を取って、その場で体を揺らして喜びを表現した。
面白い奴だな。そう思った。
全てを平らげたあと、川田が会計をしてくれた。
「ありがとう」
家に向かいながら、前を歩く川田の背中に言った。
「良いってことよ!」
夜の歩道に似つかわしくない川田の明るい声が響く。
途中で子猫用のフードやらトイレやらベッドやらを揃え、準備万全で向かった目的地の家は、路地を入った奥にひっそりとあった。
4部屋しかないアパートは古過ぎて川田しか住んでいないらしい。
部屋は2階にあり、階段を駆け登る川田の後ろを着いていく。俺は大学生になって初めて人の敷居を跨ぐことに躊躇をしていたが、川田は何も感じていないように鍵を開けて「ただいまー」といいながらドアを開いた。
電気をつけられたキッチンは意外と綺麗にしていて、あまり生活感がない。
そう思った時、声が聞こえた。
「みい、みい」
猫だ。
キッチンの奥にある6畳1間の布団の上に段ボールがあり、そう中に敷き詰められたタオルの上に、猫がいた。
「この子か」
「うん」
黒くて本当に握りこぶしくらいしかない小さい猫。
めちゃくちゃ可愛い。
ひと目で恋に落ちた。
犬派だったけど、すぐに猫派に乗り換えてしまうくらい可愛い。
「この子、病院連れてった?」
「まだ」
「じゃあ明日、連れていこう」
その間に出来ることをしよう。
段ボールの中のタオルには尿やら糞やらが着いていたから捨てて、新しい段ボールを工作し、その中に買ってきたベッドをいれる。
その間、川田には猫に付着していた目ヤニの掃除や、ぬるま湯に浸けたタオルで体を拭かせた。
「ヒヒヒヒヒッ」
川田が猫と戯れている。
その様子を眠気眼をこすり、子育てみたいだな、なんて呑気なことを考えながら見ていた。
「ありがとな、みつあきくん」
「いいよ」
本当に眠くて、その日は川田の家で眠ってしまった。
翌日、俺は初めて授業をサボり、川田と一緒に早朝から開いている動物病院に向かった。
診察の後、猫を育てる事の責任やしなくてはいけない事を教えてくれた獣医の話を、教授の話もロクに聞かない川田が真剣に聞いてメモまで取り、時折質問もしていた。
良い奴なんだ、そう確信した。
会計の時、待合室で一緒に待っていると、キョロキョロと挙動不審になっている川田に言われた。
「授業はいいの?」
俺はこの後も川田のアパートに戻って猫の世話をしようと思っていたし、病院の代金も一緒に支払おうと思っていた。
そうか、猫の育て方は専門の人にちゃんと聞けたから、俺はもう用済みなのか。
「帰るよ」
そう言って鞄を持って立ち上がろうとした俺の腕を、川田が掴む。
「よかったらさ、また来てよ。猫に会いに来てよ」
丸い目が細くなり、奥の瞳は朝の光で輝いている。
ちらりと猫に目をやり、また川田を見る。川田は猫に似ているなと思った。
「うん」
「じゃあね」
ヒラヒラと振った手はガラスみたいに薄っぺらくて、ちゃんと猫を育てられるのか不安にかられる。
「川田もちゃんと講義受けろよ」
彼はいつものようにキャキャキャッと笑った。もう、その声を煩わしいとは思わなかった。
病院を出た足は大学へと向かっていたが、課題のことを思い出して自分のアパートへ戻った。ダウンジャケットをクローゼットに仕舞ってパソコンを立ち上げた時、鼻歌を歌っている自分に気がつき、その日は大学に行くのを止めた。
課題をしっかり終えた俺は、次の日、いつものように変わらず大学へと向かった。
教室に入り教授が来るのを待っていると、肩をつつかれた。
「見て!みー助とお揃い」
黒髪になった川田が不揃いな髪の毛をいじりながら、後ろの席に座っている。
「みー助?」
「猫の名前!みー助にした」
それ、お前がつけようとした俺のあだ名だろう。
正気かこいつ、と思った。
それを覚えているのかどうなのか、川田はニヤニヤと目を細める。
「終わったらオレの家に集合ね」
そう言われ、返事を待たずして教授が教室にやって来て、講義が始まる。
課題の提出を知らなかった川田は教授に小言を言われても平気な顔をしている。
「すいやせーん」
なにも反省していないかのように頭を下げて軽い口調で言う。
本当にこいつは猫を育てられるのか、やはり心配になる。
そんな言い訳を考えながら、履修をしていた講義を全て終え、川田の家に向かった。
時刻は17時だった。
「いらっしゃい」
川田はカレーの匂いをアパート中に撒き散らしながら、ドアを開けた。
「お邪魔します」
俺は昨日よりも緊張していた。夢を見ているみたいにふわふわしているし、どの現実が起こった時よりもドキドキしていた。
「みぃ、みぃ、みぃ」
"みー助”と呼ばれる猫は、カレーを作る川田の足元でゴロゴロと喉を鳴らしている。
昨日今日で随分と仲良くなったみたいで安心した。
「ほーら、危ないから向こうでみつあきくんと遊んでて」
彼は「飯までちょっと待ってて」と奥の部屋を顎で指し、俺はそれに従って入室した。
「図書館行ってきたよ」
鞄から猫の本を取りだし、机に並べる。彼はカレーを作りながらこちらを見て、「さすが!」と言った。
それを待っている間にペラペラとめくったり、みー助を撫でたりしながら待っていると器を2つ持って川田が机の前に立つ。
本を急いで床に置くと、布団の上に開けっ放しの本があって目に止まった。
「オレ、初めて図書館行ったんだ」
机にカレーを置くと、その本を拾いって表紙を見せてくれた。『初めての猫』『猫の育て方~入門編~』と書かれている。
「あぁ、そうなんだ」
川田は勝手に図書館とか行かないだろうと思って油断した。
俺はみー助に会える口実をなくしてしまったのだ。
「でも全然だめ。読んでも分かんね」
川田は隣のみー助を撫でると、「食えよ」と付け加えてスプーンで俺を指した。
「いただきます」
1口食べる。
甘い。
カレーに甘いという感想は合っていないと思うが、甘い。
子供用のカレーみたいだ。
「辛いの苦手でさ」照れた様子で川田が言う。
「俺も」歯を出して口角を上げる。
その返答に、キャキャキャッと笑った。
釣られて俺も吹き出した。川田の雪みたいな白いニットにカレーのシミが盛大についていたのだ。笑うと怒られると思ったが、川田は細い目をしたまま嬉しそうにカレーを頬張ったので、俺も負けじと食べ続けた。
食べ終えたあと、代わりに皿を洗ってやった。川田はニットのシミに気がついたのか、また白いニットに着替えると、みー助と戯れたり、つけたテレビを見て馬鹿みたいに腹を抱えて笑っていた。
俺は何がそんなに川田のことを恐れていたのか、全くわからなくなった。
薬をしているとか強姦が趣味とかヤクザの息子とか。それは全て噂の話で、本当かどうかは分からない。
いや、ヤクザの息子かどうかは聞いていないから本当かもしれないけど。いや、どうなんだろう。薬は俺がいない所でやってるかもしれないし、やってたかもしれないし、強姦は前科があるかもしれない。
でも、今俺の目の前にいる川田は、辛いのが苦手で部屋の掃除をよくしていて初めて家に来た奴にカレーを振る舞えて猫の為に煙草を辞めた、ごく普通な青年なんだ。
俺は、今目の前で過ごしている川田のことを信じようと、洗った皿を拭きながら決めた。
その後、一通りみー助と遊んで、俺が持ってきた菓子をつつきながら本を読んでいたら、結構な夜になった。
「そろそろ帰る」
「そっか」
持ってきた本を鞄に仕舞い、立ち上がった。
「カレー、ごちそうさま」
「いいってことよ!」
俺が帰るのを、アパートがある路地の入口まで川田はみー助を抱えて着いてきた。
「また来てにゃ~」
みー助の腕を持って、手を振っているように動かす。
可愛い。
「じゃあまた、学校で」
俺も小さく手を振った。
「誕生日おめでとう」
川田が言った。
「え、明日だよ」
「時計見てみ」
携帯で時計を確認すると、2月22日になっていた。彼なりのサプライズだったのだろうか。外が寒いからか照れているのか、川田の白い頬は紅くなる。
「プレゼントとして、みー助の写真撮っていいぞ」
「いいの?」
「いいってことよ!」
携帯で、みー助を撮る。
暗い道で黒い猫を撮るから、川田の白いニットの柄にしか見えないし、それでも頑張って撮る俺が面白いのか、キャキャキャッと笑う川田の事も一緒に撮ってやった。
大学では、真面目な俺とちゃらんぽらんな川田がつるんでいるのがおかしいのか、俺の友人や川田の友人や教授や先輩や女から色々聞かれたが、俺はみー助の事も川田とのことも何も言わなかった。
川田の家にはその後も週に一度、月に一度と行く回数は減ったけど、何度かみー助の様子を見に行った。
俺が家に行く連絡したら必ず返信をくれて、川田の友人と俺を会わすことは無く、家に行くと毎回カレーをご馳走してくれた。
みー助は見る度に大きくなっていて、毛艶も綺麗で、目付きが川田に似てきた。
上手く育てているだろうなと安心した。
そして毎年、俺の誕生日になると、みー助の写真を送ってきた。
「また来てにゃ」
そんな文章を添えて。
卒論を提出する時期になって、川田が大学を辞めたという噂を聞いた。
「何か知らない?」
当時付き合っていた彼女に聞かれた。
川田の彼女と知り合いだったらしいが、誰も真相を知らず、俺に聞いてきた。
「知らない」
本当に何も知らなかった。
「光明くん、川田くんと連絡とってたし遊びに行ったりしてたんでしょ?」
「してたけど、それは………」
みー助が居るから。
3ヶ月前くらいに一度見に行ったけど、そんなことは話していなかった。
「家のこととか、何も言ってなかったの?」
彼女は怪訝そうに聞いてきた。
ふと、俺は川田のことを何も知らないということに気がついた。
中高の話、友人のこと、家族構成、何も知らない。
話題は他にあったし、目の前にいる川田以外のことは知ろうとも思わなかったのだと思う。
「友達なんでしょ?」
友達、なんだろうか?
友達だったんだろうか?
「うーん」と考え込んでいると、諦めた彼女が「まぁいいけど」と言った。
その日は一日川田との関係性を考えたけど、答えは出なかった。
次の日、川田に連絡をしたが一向に返信は来ず、アパートに向かってインターホンを押した。
ぴーんぽーん……
というマヌケな音が聞こえるだけで、川田は出てこない。
帰り道、川田から返信が来た。
「親父が危篤だから実家に帰ったにゃ。大学は辞めたにゃ。みー助は元気だにゃ」
していなかった赤い首輪をしたみー助の写真が添えられていた。
そうか、大学は辞めたのか。
「そっか。みー助と元気でやれよ」
それだけ返信をした。
その後も返信は来なかったし、これで2人のおかしな関係は終わるのだと、想像していた。
だから、その年の誕生日にみー助の写真が添付されたメールが川田から届くとは、思いもしなかったのだ。
それは大学を卒業して会社員になっても、結婚をしても、みー助が亡くなった時も、川田が新しい猫を拾った時も、変わらずに届いた。
メールが届くと数回やり取りをして、また1年後に猫の写真が届く。
何年も学生生活をして、卒業をしてから疎遠になって連絡をしなくなった友人が何人もいる。親友だと思っていた奴ともだ。
それなのに、あの時メールをくれて、一緒に猫のことを考えて、数えるくらいにしか会っていない、何も知らない川田との付き合いが誰よりも長い。
連絡が必ず来るから、いつまで経っても誰に何を言われてもアドレスは昔のままにしている。
それでも、「川田ってなに?」と聞かれたらはっきりと答えられない。毎回濁してしまう。
だから、もしこの関係に名前を付けるのだとしたら、今後は"猫同盟”とでも言っておこうか。
川田は猫みたいなやつだし、今日は2月22日だし、ちょうどいいと思うんだ。
初めてほぼ男しか出てこない物語を書きました。
新鮮でした。




