第6話:生徒会長VS風紀委員長
新学期が始まってから、なんやかんやで一ヶ月が過ぎた。
生徒会の方はというと、宝条は普段と変わらず縦横無尽に校内を駆け巡り、回りに迷惑を掛けている。
いつの間にか、そんな上の尻拭いをするのが稚隼の役目となっていた。これがここ最近、稚隼が生徒会として行った活動である。
元々円嘉から押し付けられた仕事のため、稚隼は嫌々それに従事するしかない。
「宝条サン! 今度は調理部ですか? ったく、なんで無断で冷蔵庫から卵取ってくかなあ!」
稚隼は頭を抱えながら、ゆで卵に噛み付く宝条と向き合った。意外と食べるスピードが遅い。
よく見れば、宝条の左手には塩が握られている。
(……しっかり調理までしてやがる!)
稚隼は乱暴に塩を奪い取り、ずっと困った顔をしながら隣に立っていた調理部員にそれを渡した。
「生徒会長としての自覚あるんスか?」
本来、稚隼はこんな真面目な問い掛けをするようなタイプではない。
どちらかと言えばチャラチャラとしている。
しかし宝条のあまりの自由さに口出しをせずにはいられなかったのだ。
「勿論だッ! これも各部活の状況を知るため! つまり生徒会長として必要な情報収集なんだッ」
「随分と都合の良い情報収集ッスね」
「伊武! 生徒会長は生徒を知ることから始めなきゃいけないッ! 俺は立派にそれをこなしてるんだッ」
(これのどこが立派なんだ!)
稚隼は心の中で目一杯叫ぶ。
いつも通りだったら、この後調理部にひたすら謝罪して、宝条を引きずってでも生徒会室に連れ戻す、という手順になるはずだ。
しかし今回はそう簡単にはいかなかった。
「相変わらずだな、宝条」
一瞬でその場に凛とした空気が流れる。
稚隼が後ろを振り返った先には、一人の男子生徒がいた。その腕には風紀委員会の腕章がつけられている。
(……あ)
稚隼は焦りを感じ、宝条を見やる。
宝条は呑気にゆで卵を食べている。風紀委員だと分からないはずはないのに、堂々と行為を続けていた。
「ちょ、宝条サン! この人風紀委員ですって! 廊下でこんなもん食べてたら……」
「没収、だ」
風紀委員は遠慮なく宝条からゆで卵を回収しようとする。
しかし宝条はそれを離そうとはしなかった。握り潰れそうな力で相手に渡るのを止どめている。
「……離せ」
「断るッ!」
「俺は風紀委員だ、風紀を乱す奴を放ってはおけない。そもそも、この卵は、調理部の、ものだろう!」
「俺は、生徒会長、だッ!」
半分以上食べられたゆで卵を巡って、大の男二人が喧嘩している。あまりの光景に呆気にとられた稚隼は、
(宝条サン、最初に一口で食べりゃ良かったのに)
なんてくだらないことを考えている。
「宝条! いい加減に、しろ!」
「君こそ、早く、諦めろッ」
次の瞬間である。
「あ」
面積の小さいゆで卵は二人に引っ張られたためにグチャグチャに砕け散った。白身と黄身は既にバラバラだ。
宝条たちは一時停止する。
「……」
「……」
「……どうすんですか、コレ。勿体ないなー」
「伊武! 君が食べろッ! 食べ物は大切に、だッ」
「嫌ッスよ! どの口がそれを言うんだか。大体コレ、あんたたちのせいでしょ」
稚隼はジロリと宝条たちを見た。
宝条は不満な顔をしており、風紀委員はどうかしたのか、俯いてブツブツ何かを呟いている。
「じゃあ、調理部に返せばいいじゃないかッ」
「こんな潰れた卵、調理部だって使わないでしょ! 押し付けたら幾らなんでも可哀相だ」
今度は稚隼と宝条が口喧嘩を始めた。
いよいよ収拾がつかなくなっている。
「だーーーっ!!」
「え!??」
稚隼は驚いて肩をビクつかせる。
先程からずっと俯いていた風紀委員がいきなり立ち上がったかと思えば、徐に潰れたゆで卵を宝条の口に押し込み始めたのだ。
宝条は負けじとその手を払おうとする。
(う、うわあ……)
二人は悲惨な状況となっていた。
顔面に黄身を塗り付けたようになっている。
(ほら、どこだっけ? どっかの先住民族みたいになってる……)
稚隼は必死に頭を回転させても、これ程のことを考えることしか出来ない。走り去りたい気もする。
「菊吉さんっ!」
醜い争いをする二人、それをぼんやり見つめる稚隼の後ろから声がした。
(この人、菊吉っていうんだ)
稚隼はそう思った次の瞬間、目を見張らせた。
「あ、伊武君!」
「さ……笹頼っ!!」
そこに立っていたのは笹頼佑季だった。
ハートの形のバレッタをつけて、長めの髪の一房をまとめている。そのため、彼女の清楚さが際立っていた。
勿論、東宮高校の校則で許される範囲内のお洒落だ。
(やっぱ可愛い……って違う! そういや笹頼も風紀委員だもんな)
「たまに子供っぽい所あるんだから」
笹頼はそう言いながら暴れる菊吉の隣にしゃがみ込む。
「菊吉さん、もうすぐ見回り交替時間ですよ」
笹頼が軽く肩に手を置く。
(いいなぁ)
稚隼はそれを羨ましそうに見ていた。
「はっ! どうしてお前がここに?」
我に返った菊吉は回りをキョロキョロと見渡した。
その姿を見て、笹頼は優しく微笑む。
「喧嘩してたんですよ、生徒会長さんと」
「そうだッ」
「宝条サンが威張れることじゃないスよ」
稚隼は偉そうに胸を張っている宝条に的確なツッコミを入れる。
その間に菊吉はズボンやブレザーについた埃を払っていた。予想以上に汚れている。
「俺としたことが……佑季、すまなかったな」
(佑季!!?)
稚隼は目を見張らせた。
笹頼のことを名前で呼ぶ男子など滅多に見掛けないのだ。
比較的仲の良い稚隼自身も未だに“佑季”と呼べたことはない。これは本人にその勇気がない、ということも大きく関係しているが……。
「気にしないで下さい。それが私の仕事なんですから」
ニコッと笑う笹頼の笑顔はとても輝いている。
「宝条!」
菊吉は座ったままの宝条を見下ろすように話し掛ける。
宝条は興味がなさそうにそちらを向いた。
「いいか、風紀を乱す奴は例え生徒会長でも許さない」
菊吉は捨て台詞を残してその場を去って行った。その後ろを笹頼も追い掛ける。
「ねえ、あの人知り合いなんスか?」
二人の姿が見えなくなった頃、稚隼は今更ながらの質問をした。
「崇世は昔から何かと俺を敵対視するんだッ!」
宝条は口の回りについた黄身をブレザーの袖で拭く。
紺のブレザーにはベットリと黄色がついてしまった。
「でも宝条サン、今年は風紀委員会と仲良くするって言ってたじゃ……」
「そうだッ! しかし崇世以外となッ!」
宝条は爽やかな笑顔で、そう言い切った。
(そいつが風紀委員の長なんだよ!)
稚隼は大袈裟にガクッとうなだれてみせても、宝条に心情をアピール出来る方法がなかった。
笹頼は風紀委員会のなかで、菊吉を探しに行く役割を任されたことを嬉しく思っていた。
そのため何度遣いに出されようが、それは全然苦ではなかったのだ。
この辺りが稚隼と宝条の二人とは天と地ほど異なる。
「佑季、次の見回り長は誰だ?」
見回り長とは、見回りの際に風紀委員をまとめる役割のことで、幹部四人の誰かがなることとなっていた。
「本村先輩です」
「朋帆か。あいつは宝条に甘いからな」
「仕方ないですよ、だって……」
言いかけた所で笹頼は黙った。
「なんだ?」
「何でもないです」
笹頼は軽く微笑むと、早く戻りましょう、と菊吉の背を押した。
「それよりも菊吉さん、口の回りが真っ黄色ですよ」
そう言って自らのハンカチを差し出す笹頼の姿は、まるで優しい母親のようだった。
菊吉崇世、三年生。
今年度の風紀委員長。
その風貌は宝条に負けず劣らず秀でている。
凛々しい目元、真直ぐな髪、意志の強そうな口は本人の性格を表しているようだ。
そして彼は宝条政義のライバルである。
その因縁は深い。