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第5話:生徒会室の住人

 東宮高校の生徒会室は、他の部活動の部室があるのと同じ棟にある。

風紀委員会の部屋も同様である。しかし二つの部屋の場所は遠かった。

他の生徒でも簡単に入ってこれるように、親しみを持てるように、そのためにあの場所に作られたのだ。




 「聞いて下さいよー、円嘉先輩っ!」

生徒会室の中はふんわりと甘い香りで包まれている。

円嘉が作って来たマドレーヌを食べているのだ。

淹れたての紅茶も良い匂いである。

「変な声出しちゃって。情けないなぁもう」

円嘉は紅茶を啜りながら言った。

「知らない内に笹頼が風紀委員になってた……」

稚隼はガクッとうなだれる。

円嘉はその様子を見て、何事かと顔をしかめた。

「笹頼って、可愛いって有名な子よね? 稚隼君、知り合いだったんだ」

(あんたも美人って有名だって)

稚隼は心の中で呟く。

「でも何でその子が風紀委員だと駄目なの?」

「だって、生徒会と風紀委員会って何かと対立するって聞いたから。それで笹頼と気まずくなるなんて嫌だ……」

稚隼の言い分を聞いた円嘉はプッと噴き出した。そしてケラケラと笑い出した。

稚隼は一気に表情を変える。

「……何がそんなにおかしいんスか?」

「だ、だって、そんな理由? 稚隼君、意外と可愛いんだねっ」

ウケる、と言ってまだ笑っている。

「そんな理由って失礼な! 俺は真剣です、笹頼とは仲良くしたい」

「ね、稚隼君、笹頼さんのことが好きなの?」


「へ?」


稚隼の顔が真っ赤になる。

そして円嘉から一ミリでも離れるように、身体を逸した。


「な、な、なんでそんなことに?」


「稚隼君、可愛いっ! そんなはっきり反応しちゃって気付いてないなんて」


「ち、違いますから! 違うっ!」

円嘉は笑いすぎて出た涙を拭きながら、うんうん、と頷いた。完全にからかっている。

「……だって俺、クリスマスイヴに笹頼にフラれてるから」

途端に円嘉の顔から笑みが消える。

稚隼はそれを見て、苦笑いした。

「告白してないッスけど、笹頼、すげえ好きな人いるからって……」

「でも好きなんでしょ? 今もまだ」

稚隼は難しい顔をする。

自分でもよく分からないのだ。

しかし、笹頼を特別な感情を持って可愛いと思っていたことも確かである。

(俺、結構本気だったのかなァ)

今更ながら、ため息を吐く。

「大丈夫! 政義も言ってたじゃない、今年からは表面上だけ仲良くするなんてことはしないって。ね?」

「そうですけど……宝条サン信用なんねえもん」

「我等が生徒会長よ? まだ信用しなさい」

(まだ、って)

稚隼は突っ込みたかったが、円嘉がニコニコ笑っていたので無しにした。

(俺、笹頼のこと好きなのか?)

稚隼にまた一つ難問が増えた。




 「待たせてすまないッ!」

 稚隼が円嘉から貰ったマドレーヌを食べていると、生徒会室の扉が勢いよく開けられた。

勿論、宝条がやって来ただけである。

(毎回騒がしいんだよ。もっと静かに入って来れないもんかな)

「政義、五月蠅い!」

「君達が俺が来るのを首を長くして待っていたと思うと、アピールせずにはいられないじゃないかッ」

「何それ」

円嘉は呆れて、そう言った。

稚隼もうんうん、と首を縦に振った。


 生徒会メンバーは、生徒会長・副会長・会計・書記で成り立っている。

基本的には三年生で構成されるが、近年は稚隼のように二年生から生徒会に入るケースも多々あった。

これらの点に関しては、風紀委員会も大して変わらない。


 「はい、どうぞ」

円嘉からお洒落な皿の上にのせられたマドレーヌを差し出されると、宝条は嬉しそうに頬の筋肉を弛ませた。

甘い物が割と好きらしい。

「相変わらず円嘉は料理が上手いなッ」

マドレーヌを頬張りながら、満足そうに言う。

ありがとう、と応える円嘉はいつものことなのか、あっさりしている。

(この二人って、何なんだろ)

先程から自分の自覚無しの恋心の存在に悩む稚隼は、同じような気配を感じとって二人を見た。

(前に聞いたらただの幼馴染みだって言ってたけど……そうは見えないよなァ)

稚隼の目には二人は付き合っているようにしか見えないのだ。

しかも美男美女カップルでかなり羨ましい、とも思っている。

(あ、でも幼馴染み、もう一人いるもんな……)

稚隼は宝条の幼馴染みの残りの一人を思い出した。

葛城一輝(かつらぎかずてる)

生徒会副会長である。

洒落た眼鏡と長い前髪が特徴的である。

背も高く、宝条と大して変わらない。

前髪でよく見えないが、実はカッコいい。

宝条の暴走を宥めることができる人間の一人だ、と稚隼は思っている。


(かずちゃん先輩は多分、自分は宝条政義には敵わないと思ってる)

これは稚隼の直感である。

(そんなことねえのに……)

一輝の気持ちが分かるような気がするので、稚隼は随分前から一輝の味方であった。

しかし一輝が円嘉のことを好いているかどうかは、依然として定かではない。


「なんだ、もう皆集まってるのか」


宝条に続いて生徒会室に入って来たのは一輝である。

(噂をすれば何とやら……)

「美味しそうなものを食べてるね。円嘉ちゃんの手作り?」

眼鏡の奥から穏やかな目が見える。

円嘉は、うん、と言って、一輝にも勧めた。

「遅いぞッ!」

宝条はマドレーヌを頬にぱんぱんになるまで詰めながら言う。

しかし自分自身ついさっき来たばかりなので、円嘉と稚隼に冷たい目で見られていた。

「葛城先輩、その資料何ですか?」

稚隼は一輝が大量に抱えている資料に目をつけた。

茶色い封筒が幾つかある。

「ああ、これ。これは生徒会の予算についての資料だよ」

「ごめん! 取りに行ってくれたの?」

予算については会計である円嘉の仕事なので、その資料を受け取ろうとする。

「それ以外の資料もあるし、たまたま職員室前を通り掛かって受け取っただけだから」

ありがとう、と円嘉は予算について書かれている資料を受け取る。

「それに今年幾ら貰えるか書いてあるんスよね!?」

「う、うん……」


「入学式のアレがどれだけ影響してるか」

円嘉は恐る恐る封筒から資料を抜き出し、読み始める。


「…………」


円嘉の顔が微妙な表情を作る。

「円嘉先輩っ!」

稚隼が急かす。

「……セーフ?」

円嘉は首を傾げながら、そう言った。そして自分の持っていた書類を広げる。

「ほら見て。全然変わってないの」

「ほんとだ」

「でもあれだけ教頭先生怒ってたのに……何か引っ掛かる」

円嘉は頭を悩ませた。

稚隼は呑気にラッキーだと思っていた。

「意外と好評だったんじゃないっスか? アレ」

「まさか! 稚隼君だってあんなに叱られたでしょ」

「そうだけど……」

すると一輝が、ああ、と呟いた。

小さな呟きに敏感に反応した二人は一輝に注目する。

「ここに風紀委員会って書いてある」

「……」

「……円嘉先輩」

沈黙の末、円嘉と稚隼はガクッとうなだれた。一輝は苦々しく笑っている。

「生徒会のは……わあ、やっぱり減ってる!」

「そりゃ当たり前ですよねー」

「仕方ないさ」

円嘉は素早く身を翻すと、キッと宝条を睨み付けた。

宝条は呑気に寛いでいる。

「ちょっと政義! あんたのせいなんだから、何とかしなさいよっ! まずこんな大切な会話に参加しないってどういうこと!?」

「お金の話はよく分からないからなッ! 難しい話は円嘉たちに任せるッ」

「任せるって、そうね、仮にも私は会計よ! だけど生徒会長が関わらなくていい問題でもないでしょ?」

(でも宝条政義が関わって最悪な方向に向かう可能性もなくはないよな)

宝条は聞こえない振りをして、円嘉の言葉を知らん顔している。

その様子に円嘉の怒りはヒートアップしていく。

「円嘉ちゃん。言い争いをしてても状況は変わらないよ。どうするかを考えないと」

一輝が尤もなことを言う。

「そうね、ごめん。でも安心して、アテはあるから」

一輝に笑い掛けた後、円嘉は鬼のような形相で宝条を見る。

そして資料を突出した。


「あんたがどうにかしてくれるの、よ、ねっ!!」


(女って怖い……)

切れた円嘉に、稚隼は身を竦めた。



 (いや、でも笹頼は……)

あの子は違う、そんなの妄信。

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